コラム

カーボンニュートラル時代の原子力エネルギー・サステナビリティ・食農

原子力政策の議論を円滑に進めるカギとは?

原子力利用に対する「信頼」の観点から

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2024.8.6

社会インフラ事業本部小野寺将規

吉永恭平

カーボンニュートラル時代の原子力
東京電力福島第一原子力発電所の事故後、エネルギー政策における原子力の位置づけおよびその利用の議論では、原子力利用に対する「社会からの信頼の確保」が議論の出発点として位置づけられてきた。こうした中、中長期的なエネルギー政策の指針「エネルギー基本計画」の改定に向けた議論が始まっている。焦点となるのは2040年の電源構成と、原子力発電、再エネなどで脱炭素を加速できるかだ。本コラムでは、原子力利用を考える上で重要な「信頼」に焦点を当て、原子力利用政策の議論の進め方について考えたい。

原子力利用政策の具体化に向けたポイントとは

日本の中長期的なエネルギー政策の方針を示す計画であるエネルギー基本計画改定※1の議論が始まった。2023年に閣議決定した「GX(グリーン・トランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」※2では、「原子力など(中略)を最大限活用する」や「次世代革新炉の開発・建設に取り組む」ことが記されるなど、国内原子力利用の機運が高まっている状況の中での改定となる。

福島第一原子力発電所(以下、1F)の事故後、エネルギー基本計画や原子力委員会の「原子力利用に関する基本的考え方」※3などにみられるように、社会からの信頼の獲得は原子力利用政策の具体化の前提として位置づけられている。例えば、現行のエネルギー基本計画では、「福島復興はエネルギー政策を進める上での原点」とし、「(福島の復興・再生への取り組みなくしては、)今後のエネルギー政策に対する国民の信頼回復はなし得ず(以降略)」※4などの言及がみられる。

従って、原子力利用政策の具体化に向けて、社会からの原子力業界(政府、事業者など)への信頼の確保は政策の具体化の点で、重要な一側面を担う。ではその信頼の確保には、どのような取り組みが必要だろうか? 2022年に当社が提言した「カーボンニュートラル時代の長期的な原子力利用の在り方」※5では、原子力業界への信頼の醸成は「(原子力業界が)国民と共通の価値観を持つこと、すなわち、原子力利用の是非の判断において重視する要素が一致することが重要」と述べた。原子力利用政策の具体化が進みつつある今だからこそ、原子力利用に対する信頼に着目し、丁寧に政策を進めていく必要があるのではないか。

原子力利用の是非の判断で、何を重視?

原子力利用の是非の判断において国民が重視しているものは何だろうか。計4,700名の国民(都道府県ごと各100名)を対象とした当社アンケート調査(2023年8月実施)では、原子力発電をどの程度利用すべきか(利用しないを含む)、およびこの判断において重視した要素について確認した。この結果を図表1に示す。

全体の傾向として、「電気料金への影響」「原子力発電の安全性」「放射線の人体への影響」など、個人にとって身近な点を重視することが分かった。他方「国の判断」「原子力産業による雇用創出や地域の活性化の可能性」※6など個人との結びつきが弱いと考えられる点は、相対的に「重視する」の選択割合が低い結果となった。
図表1 原子力発電の再稼働や新規建設(建て替え)の是非の判断において重視すること
(「重視する+やや重視する」の回答割合の降順で並び替え)
原子力発電の再稼働や新規建設(建て替え)の是非の判断において重視すること(「重視する+やや重視する」の回答割合の降順で並び替え)
出所:2023年8月に実施したアンケート調査を基に三菱総合研究所作成

「どの程度原子力発電を利用すべきか?」によっても重視する要素は異なる

全体的な特徴のみならず、回答者個人が考える原子力利用の程度に応じた特徴もみられた。同アンケートでは、「あなたは、さまざまな電源がある中で、2030年度に原子力発電が全電力量のうち何%程度をまかなうべきだと考えますか?」として、回答者個人が考える原子力利用の程度(発電比率)も調査した。

この結果をもとに、アンケート回答者4,700名を①原子力発電を利用すべきでないと考える人々(発電比率0%:反対層)、②政府目標よりも低い発電比率にすべきと考える人々(発電比率5%~15%:消極層)、③政府目標と同程度の発電比率にすべきと考える人々(肯定層)、④政府目標水準以上に利用すべきと考える人々(発電比率25%以上:積極層)の4つのスタンスに分類し、「重視する要素」について分析を実施した(図表2)。

図表2に示す通り、①反対層や②消極層は、「放射線の人体影響」「放射性廃棄物の処理処分の見通し」「1F廃炉の進捗」など、原子力固有の課題と言える要素を重視していることが分かる。

一方、③肯定層や④積極層は、「電気料金への影響」「エネルギー自給率」「電力の安定供給」など、原子力利用の価値と言える要素を重視している。なお、「安全性」は、いずれの層においても共通で重視されている要素であるということも分かった。
図表2 (回答者が志向する)原子力発電比率別の「重視する要素」
(発電比率別の、「重視する+やや重視する」の選択割合(%))
(回答者が志向する)原子力発電比率別の「重視する要素」 (発電比率別の、「重視する+やや重視する」の選択割合(%))
出所:2023年8月に実施したアンケート調査を基に三菱総合研究所作成

原子力利用の議論で「おいてけぼり」を出さない

原子力利用政策を進める政府・事業者が国民から信頼を獲得するには国民と重視する要素が一致することが重要であるが、重視する要素は多様にあり、全ての国民と重視する要素が一致した政策や施策を実装することは困難である。ただし、国民が原子力利用の是非の判断において重視している要素や、スタンスに応じて重視する要素に特徴が存在することについて把握することは、原子力政策を具体化するための「議論の進め方」の参考となるのではないか。

エネルギー基本計画改定の議論が活発化している現状で、例えば、再稼働推進、次世代革新炉建設などの積極的な原子力利用の推進に偏りすぎた政策議論の展開は、「電気料金への影響」「エネルギー自給率」「電力の安定供給」などを重視する人々(すなわち原子力利用に価値を見出し、利用促進を是とする④積極層に相当するスタンスの国民)とは重視する要素が一致し建設的な議論が期待できるだろう。

一方、「放射性廃棄物の処理処分の見通」「1F廃炉の進捗」などを重視する人々(すなわち原子力固有の課題を理由に原子力を利用すべきでないとする①反対層・②消極層に相当するスタンスの国民)に対しては響かず、信頼が得られないどころか、逆に④積極層の国民と①反対層・②消極層の国民の対立を助長しかねない。

原子力利用政策の具体化を進める上で、原子力固有の課題に対する取り組み状況の積極的な発信や、固有の課題と原子力利用政策との関係性についての説明など、相反するスタンスを有する国民の双方とバランスよく議論することで信頼を醸成し、おいてけぼりにしない意識で政策議論を展開していくことが重要だ。

※1:エネルギー基本計画は、2003年に初めて策定され、その後おおむね3年ごとに見直しが行われている。現在最新の第6次エネルギー基本計画は2021年10月に閣議決定された。

※2:GX実行会議「GX実現に向けた基本方針~今後10年を見据えたロードマップ~」を指す。(令和5年2月10日閣議決定)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/pdf/kihon.pdf(閲覧日:2024年8月5日)

※3:原子力委員会「原子力利用に関する基本的考え方」を指す。
https://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/kettei230220.pdf(閲覧日:2024年8月5日)

※4:「第6次エネルギー基本計画」より。
https://www.enecho.meti.go.jp/category/others/basic_plan/pdf/20211022_01.pdf(閲覧日:2024年8月5日)

※5:提言 カーボンニュートラル時代の長期的な原子力利用の在り方(ニュースリリース 2022.10.7)

※6:原子力事業は、原子力施設が立地する地域の住民等が国のエネルギー政策に協力することと引き換えに、経済的なメリット等を享受するという構造がある。すなわち、地域の住民等と政府の信頼関係の構築・維持はいうまでもなく重要であるが、本アンケートでは原子力施設立地県と非立地県の間で回答の傾向に大きな差異はみられなかった。

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