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注目されるASEANエネルギー市場の攻略法とは?

7億人の巨大経済圏で日本が勝ち抜くポイント

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2024.8.20

エネルギー・サステナビリティ事業本部鈴木響子

環境・エネルギートピックス

POINT

  • 脱炭素を目指す東南アジアはエネルギー投資ニーズが旺盛
  • 東南アジアのエネルギー市場における制度構築支援の競争は激化
  • 日本企業の競争力強化のためにはボトムアップ型の「制度構築」支援が重要に

膨大なエネルギー投資が必要な東南アジア

東南アジア諸国連合(ASEAN)は、人口が約7億人に達する巨大な経済圏である。過去20年間、エネルギー消費の年間成長率が3%に達し、人口やGDPの増加率(1.5%)を上回る勢いで増加している※1。急速な経済成長に伴うエネルギー需要増加への対応に加え、脱炭素化目標の達成を目指すASEAN諸国は、特に炭素排出量が多い電力セクターの計画に関する大規模な見直しを進めている。

脱炭素化の実現には言うまでもなく膨大な資金が必要である。世界経済フォーラム(World Economic Forum)はASEAN全体での脱炭素化に向けたエネルギー投資額として、STEPS(現行および発表された政策に基づく現実的なシナリオ)では年間約750億USD、より野心的なSDS(持続可能な開発目標を達成するためのより野心的なアプローチを用いるシナリオ)では年間1,500億USDが必要と想定している。足元の投資額では脱炭素目標の達成はおろか、STEPSの達成にも程遠い状況である。

特に電力セクターに関しては、脱炭素化に向け、再生可能エネルギー導入が急がれる一方、電力供給の信頼性確保に向けた多面的な対応も重要な課題となっている。ASEAN全体で国境をまたいだ電力融通・システム統合を進めるASEAN Power Grid構想の実現が急がれており、今後一層域外から膨大な民間投資を呼び込む必要があり、それを裏支えする政策が求められている。
図表1 各シナリオにおける2030年に向けたASEANクリーンエネルギー投資額想定
各シナリオにおける2030年に向けたASEANクリーンエネルギー投資額想定
出所:World Economic Forum, “Energy Transition-How to achieve a just and responsible energy transition in ASEAN”を基に三菱総合研究所作成
https://www.weforum.org/agenda/2024/01/how-to-achieve-a-just-responsible-energy-transition-asean/(閲覧日:2024年5月17日)

欧米先進諸国による脱炭素市場戦略の加速

脱炭素分野はルール形成がカギを握るため、巨大な市場でいち早く覇権を握るための国家間競争の核心となりつつある。欧米諸国はこの認識のもと、単なるODA(政府開発援助)ではなく民間投資を加速させるための戦略的支援にシフトしている。

欧州連合(EU)では、発展途上国を対象としたインフラ投資戦略として「EU Global Gateway」を掲げ、エネルギーや脱炭素を含むさまざまなテーマのインフラ案件に、2021年から2027年までに最大3,000億EURの官民投資を動員する方針※2を打ち出している。エネルギー部門では、EUと欧州投資銀行(EIB)が共同で設立したグリーン投資基金「GEEREF(Global Energy Efficiency and Renewable Energy Fund)」によりアジアに特化した投資ファンドが設立された※3

また米国は、USAID(米国国際開発庁)が「Clean Power Asia」プログラムを開始し、2016年から2021年の間、東南アジアのエネルギーセクターを中心に7億USD超を投じた。この取り組みは、その後「Southeast Asia Smart Power Program (SPP)※4」などに引き継がれ、2021年から2026年までの間に20億USDの投資プロジェクトを動かす目標を立てている。2023年6月にはASEAN Center for Energy(ACE)と協定を締結し、米国とASEANとの間でエネルギー協力行動計画(APAEC)策定に向けた連携が始まった※5

欧米の動きの特徴は、政府資金や民間プロジェクトを通して脱炭素分野の「ルールメイク」を先導しようとしている点である。特に欧州は同分野での規制づくり・制度構築にたけており、米国はASEAN Power Gridといった大きなコンセプトの議論を主導している※6。日本は多くの場面で後れを取っているといっても過言ではない。このような状況下で日本が競争に打ち勝っていくには、政府主導の技術・政策支援に加え、東南アジアに進出して圧倒的な存在感を放っている日本企業のエンゲージメントを活かしたボトムアップの制度構築支援が必要だ。

国際支援、枠組みの動向は?

このような問題意識は、近年の日本の開発援助が主導する国際支援イニシアチブにも表れている。例えば、ベトナムでは「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」構想の下、エネルギーセクターにおける課題解決のための取り組みが始まっている。官民が連携して「AZEC/GX推進ワーキングチーム」を立ち上げ、事業者の関心事項および問題意識に即した制度整備・改善についてベトナム政府側への具体的な政策提案を行うといった内容である。ベトナムに限らず、ASEAN大ではASEANビジネス諮問委員会と経団連やERIA(Economic Research Institute for ASEAN and East Asia:東アジア・ASEAN経済研究センター)による「AZECを支援する賢人会議(AZECアドボカシーグループ)」も設置されている。さらにアジアの脱炭素市場に対する資金誘致と事業基盤確立を目的とし、日本開発銀行(JBIC)がグリーンファイナンスを推進しており企業連携やファイナンスの強化が進められている。

日本が主導するASEANにおける協力体制は、民間企業からの制度的な課題提起がその根幹をなし、制度構築支援と投資促進の両視点から重層的なイニシアチブが形成されている。これらをうまく活用し、より実ビジネスに結びつくような制度構築支援を行い日本のプレゼンスを拡大していくことが求められている。
図表2 エネルギー分野で日本が主導する主な多国間枠組み
エネルギー分野で日本が主導する主な多国間枠組み
出所:各種報道を基に三菱総合研究所作成

制度構築支援への民間企業参画がカギ

エネルギー分野における海外進出を検討する際には、一般的に事業環境の調査からパートナー探索、事業計画、実証など、数々の段階を踏んだ検討が求められるが、制度インフラ※7に起因する障壁や非効率性は、実際に事業を始めてみて改めて浮き彫りになることも多い。当社は、東南アジアの脱炭素化・エネルギー転換分野における日本企業の事業展開をサポートすべく、AZECワーキンググループへの参画やASEANエネルギーセンター(ACE)への出向者派遣を通して、同地域における政策協調や制度構築支援のほか、民間企業の制度側へのエンゲージメント促進にも尽力している。また、政策協調の枠組み構築に参加することで、民間企業が安心して投資できる環境を整え、現地でビジネスを行う企業が目下注目しているトピックや今取り組むべき課題にいち早くリーチし、視座の高い戦略支援を行うことを目指している。
図表3 三菱総合研究所が提供する海外進出支援サービスの全体像
三菱総合研究所が提供する海外進出支援サービスの全体像
三菱総合研究所作成
先に述べたとおり、欧米諸国による積極的な支援競争と投資拡大を背景に、東南アジアの脱炭素・エネルギー市場で日本企業が優位に立ち続けることはますます困難になりつつある。このような状況下では、企業側も日本政府が推進するAZECのようなルール形成・政策支援枠組みを活用・支援し、制度構築へのエンゲージメントを高めることが極めて重要となる。ルール形成の段階から投資先の国と密接に連携し、現地政府との対話チャネルを有効に活用することで制度的ボトルネックを特定しながら事業仮説の検証を繰り返すことができるからだ。ルールメイクを先導する欧米諸国の企業に打ち勝っていくには、このような事業者側からのボトムアップ型政策支援アプローチにより、強固なビジネスモデルと官民連携体制を築いていくことが今後必要不可欠となる。当社はこの観点から、日本企業の事業展開戦略、日本政府の支援スキーム、そして現地での制度改善をうまく機能させるべく、その橋渡しとなるサポートを引き続き強化していく。

※1:World Economic Forum, “How to achieve a just and responsible energy transition in ASEAN”
https://www.weforum.org/agenda/2024/01/how-to-achieve-a-just-responsible-energy-transition-asean/(閲覧日:2024年7月1日)

※2:Deutsche Welle, “EU unveils €300 billion global infrastructure plan”
https://www.dw.com/en/eu-unveils-global-gateway-300-billion-global-infrastructure-plan/a-59986009(閲覧日:2024年7月1日)

※3:「Armstrong South East Asia Clean Energy Fund」では1,000万EUR、「Renewable Energy Asia Fund (REAF)」にはフェーズI、IIを通じて計2,840万EURが投じられ、フィリピン、インド、インドネシアなどの国々で再生可能エネルギーインフラプロジェクトを推進している。PitchBook, “Armstrong South East Asia Clean Energy Fund (ASEACE) Overview”
https://pitchbook.com/profiles/fund/13497-04F(閲覧日:2024年7月1日)

※4:United States Agency for International Development, “USAID Southeast Asia Smart Power Program”
https://www.usaid.gov/asia-regional/fact-sheets/usaid-southeast-asia-smart-power-program(閲覧日:2024年7月1日)

※5:United States Agency for International Development, “USAID Energy Program Signs Agreement with ASEAN Centre for Energy to Advance Regional Clean Energy Priorities”
https://www.usaid.gov/asia-regional/press-releases/jun-22-2023-usaid-energy-program-signs-agreement-asean-centre-energy-advance-regional-clean-energy-priorities(閲覧日:2024年7月1日)

※6:ASEAN Centre for Energy, “Status of Southeast Asia Interconnectivity under ASEAN Power Grid”
https://www.unescap.org/sites/default/d8files/event-documents/Status%20of%20South-East%20Asia%20Interconnectivity%20under%20ASEAN%20Power%20Grid_Nadhilah%20Shani%2C%20ASEAN%20Centre%20for%20Energy.pdf(閲覧日:2024年7月1日)

※7:ここでの制度インフラとは、安定したエネルギー供給、気候問題への対応、市場の公正性等を確保するための規制、政策、市場設計、エネルギー管理システム等を指す。

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