コラム

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言ヘルスケア

日本に求められる戦略的な医薬品開発支援

パンデミックへの対抗手段「MCM」の整備に向けて(1)

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2024.9.27

ヘルスケア事業本部平川幸子

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)での経験と反省を踏まえて、政府はさまざまな対策を講じてきたが、さらに、新たな感染症発生に備えた感染症危機管理体制の強化の検討が進められている。その中で重要なテーマが「感染症危機対応医薬品等(MCM:Medical Countermeasures)」である。感染症パンデミックなどの危機に対し、医療的な対抗手段となる重要性の高い医薬品などを指す。本コラムではMCMに焦点を当て、その利用可能性を確保する上での課題と、日本が目指すべき進路について考察する。

感染症危機対応医薬品整備の必要性

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応は、日本の感染症対策についてさまざまな課題を示唆するものとなった。特に危機時に必要となる医薬品の開発・製造などについては、欧米の先進国と比べ後れをとったことが、危機管理上の問題であると考えられる。先進国ではファイザー社(米国)、モデルナ社(米国)、アストラゼネカ社(英国)が、新型コロナ発生報告後、1年以内という驚異的なスピードでワクチンの開発に成功し※1※2、日本は輸入交渉の末、全国民分のワクチンを輸入した。一方、日本国内のワクチン開発には約3年を要した※3

今後発生する可能性のある感染症パンデミックの危機から国民の生命を守るためには、パンデミックに対抗する医薬品などを適時適切に利用可能にすることが求められる。

そこでCOVID-19発生後、日本では感染症危機発生時に医療的な対抗手段となる重要性の高い医薬品など(感染症危機対応医薬品等:MCM:Medical Countermeasures)の整備に向けて、厚生労働省の厚生科学審議会などで議論が重ねられている。MCMの議論は、さまざまな感染症についてリスク評価を行い、リスクが高いと考えられる感染症に対抗する医薬品(治療薬・ワクチン・診断薬など)をあらかじめ備蓄することや開発の準備をしておくことが想定されている。具体的には、パンデミックリスクの高いインフルエンザやコロナのほか、エボラ出血熱、天然痘、エムポックスなど、さまざまな感染症への備えが検討されている。

COVID-19は、緊急輸入により全国民分のワクチンを確保できたが、今後も同様に対応できるとは限らない。輸入対応のほか、研究開発・国内製造など、さまざまな対策を講じる必要がある。

分析・戦略の不足〜COVID-19発生前の日本の課題

COVID-19以前の動向を振り返ると、米国は、COVID-19発生前から保健福祉省(HHS)を中心として「公衆衛生危機医薬品調達事業(PHEMCE)戦略実行計画」を策定し、省庁横断で対策が講じられていた。具体的には、この計画に沿って、食品医薬品局(FDA)がリスクを評価し優先度の高い脅威・疾病を特定した上で、MCMを特定し、生物医学先端研究開発局(BARDA)によって開発企業へのファンディングや備蓄の推進が行われていた。ここで重要なのは、脅威を俯瞰(ふかん)した戦略があった点と、リスク評価の上で対策の優先順位が決定されていた点の2つであると考えられる。

これに対し、COVID-19発生前の日本の新興・再興感染症対策は、新型インフルエンザが中心であった(図1)。代表的なものとしては、2005年にWHO(世界保健機関)から、加盟国へ新型インフルエンザ対策のための備蓄を求めたことに対して実施されていた抗インフルエンザウイルス薬の備蓄4,500万人分、鳥インフルエンザワクチンの備蓄3,000万人分などが挙げられる。日本ではさらに新規モダリティ(治療手段)の開発・生産のため細胞培養法に注目し、「新型インフルエンザワクチン開発・生産体制整備事業」として、1,000億円以上が充てられた※4。そして、これらの方針は2024年5月の厚生科学審議会においても、継続される方針となっている※5

一方で、前述のようにワクチン開発への日本の対応は出遅れた。COVID-19発生後、政府の戦略文書※6などでは、ワクチン開発が遅れた理由の1つとして、「戦略的な研究開発費不足」が言及されている。しかし真の理由は「研究開発費の一極集中」であり、本質的な課題は戦略的な資金配分の前提になるはずである「分析・戦略」の不足ではないか。有限なリソースを有効に活用するためには、まず明確な戦略に基づいて科学的にリスク評価した上で、研究開発や備蓄などに対し、文字通り戦略的に資金配分することが不可欠である。
図1 備蓄や研究開発費が新型インフルエンザに偏重したCOVID-19発生前の主な対策と今後の方向性(案)
備蓄や研究開発費が新型インフルエンザに偏重したCOVID-19発生前の主な対策と今後の方向性(案)
出所:厚生科学審議会感染症部会(2024年5月27日)資料※5を基に三菱総合研究所作成

パンデミック対策が直面する3つのアンバランス

ここではパンデミック対策で見られるアンバランスについて言及し、有限なリソースを戦略的に活用するための方策を提案したい。具体的には以下の3点に着目し、1つずつ解説する。

(1)投資(研究費)のアンバランス
(2)公共セクターと民間セクターのアンバランス
(3)国内とグローバル(国際協調)のアンバランス
第1に、ワクチンと治療薬の投資のアンバランスである。感染症関連の研究開発は、疫学研究、必ずしも創薬につながらない幅広い基礎研究、創薬を目指した研究、治験など幅広い。また、感染症パンデミックを抑えるには、「ワクチン・治療薬・診断技術」の3つを柱として備えることが重要である。

ワクチンに関してはCOVID-19の発生後、国産ワクチンの開発・生産体制の強化を目指し、「ワクチン開発・生産体制強化戦略」(2021年6月閣議決定)が策定され、1兆円近い予算を投じ、総合的な政策パッケージが講じられた。

しかし、現在の研究事業を俯瞰(ふかん)すると、ワクチン開発支援ばかりに集中し治療薬開発などへの支援が進んでいないというアンバランスが生じている。

感染症関連の研究開発支援事業、全体としてワクチン・治療薬を含め、それぞれが上市に至るまでのシームレスな支援体制をとれるよう、事業構成の再検討が必要である。
第2に、公共セクターと民間セクターのアンバランスである。COVID-19発生時、日本では官民連携が不足し、国内のワクチン研究・開発・製造の潮流に乗り遅れたのではないか。国内で国産の医薬品・ワクチン開発を促進するためには、製薬企業の参入が不可欠である。特に危機時は、政府と製薬企業が連携することで、スピード感を持った開発が可能となる。

一方、感染症パンデミック時のワクチン開発は、製薬企業にとって大きなリスクを伴う判断である。

欧米ではCOVID-19発生時に、臨床試験を実施する費用への公的支援のほか、試験参加者の募集とデータ収集、ワクチン製造能力の拡大などさまざまな対策を官民が連携して講じることで、前例にないスピードでCOVID-19ワクチン開発を進めた成功事例が存在し、その有用性が示されている。日本では官民連携の成功事例が少なく、まだ議論が進んでいない。その点にフォーカスし、日本における官民が連携した事業のあり方を目指していくことを提案したい。
第3に、国内とグローバル(国際協調)のアンバランスである。現在の日本の計画では、ワクチンや治療薬を危機の際、確実に国民へ供給するために、国内開発・国内生産を目指す方向が示されている。しかし現在の多くの感染症は世界の中・低所得国で発生しており、国際的に解決すべき課題である。また、医薬品開発についても一国だけで開発が完結することはより困難となり、今後一層の国際連携を進めるべきである。

例えば、韓国では、国際ワクチン研究所(IVI)という国際機関を招致することで、国際協調と国内生産を両立しながらワクチン開発を進めている。日本でもGHIT Fund(公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金)などの取り組みがあり、途上国向け医薬品開発における国際連携を推進している。これらの萌芽(ほうが)を活用しながら、国際連携の中で日本の開発力・製造力を今後一層高めていくことが期待される。
図2 感染症パンデミック対策における3つのアンバランスと協調の方向性
感染症パンデミック対策における3つのアンバランスと協調の方向性
三菱総合研究所作成

次のパンデミックに向けて動き出す世界

日本が欧米を追いかけている現状に対し、すでに世界は次の目標を掲げている。その1つが、2021年6月のG7コーンウォール・サミットで打ち出された「100日ミッション(The 100 Days Mission:100DM)」である。100DMは、パンデミック発生(WHO緊急事態宣言の発出)から100日以内に治療薬・ワクチン・診断薬(DTVs)を利用可能にすることを目標とする野心的なイニシアチブである。また、国際基金である感染症流行対策イノベーション連合(CEPI)は、「2022-2026戦略(CEPI 2.0)」で、次のパンデミックに対し、安全かつ効果的なワクチンを100日で開発する100DMを目標に優先順位を定め、各国の製薬企業などに助成するなど、MCMの開発を進めている。

これに対し、日本もCEPIに対し3億ドルを拠出するなど、国際的なMCM開発の一翼を担っているといえるが、現時点でCEPIから支援を受けている日本企業は、NECオンコイミュニティ社の1社のみである※7※8。MCM開発競争に周回遅れとなった感がある状況であるが、パンデミック対策は決して国際「競争」ではなく、国際「協調」である。ただし、真に国際的にプレゼンスを示さなければ、国際協調の中にも入れない。

今後、日本の対策のために、どのようにバランスを図り、戦略的に対応するか、この数年の動きが重要となる。そのための1つの方向性として、上述した「3つのアンバランス」の是正から進めていく必要があるのではないか。

※1:2020年12月2日英国の医薬品・医療製品規制庁(MHRA)がファイザー社およびビオンテック社のCOVID-19 mRNAワクチン(BNT162b2)の緊急使用許可。同年12月11日米国FDAがファイザー社のワクチンの緊急使用許可
ビオンテック社「Pfizer and BioNTech Achieve First Authorization in the World for a Vaccine to Combat COVID-19」
https://investors.biontech.de/news-releases/news-release-details/pfizer-and-biontech-achieve-first-authorization-world-vaccine(閲覧日:2024年9月4日)

※2:2020年12月18日米国FDA緊急使用許可

※3:第一三共株式会社「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する起源株1価mRNAワクチン『ダイチロナ®筋注』の追加免疫における国内製造販売承認取得のお知らせ」
https://www.daiichisankyo.co.jp/files/news/pressrelease/pdf/202307/20230802_J.pdf(閲覧日:2024年9月4日)

※4:厚生労働省「「新型インフルエンザワクチン開発・生産体制整備臨時特例交付金」交付事業(第2次分)の採択結果について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002jegt-att/2r9852000002jes6.pdf(閲覧日:2024年9月4日)

※5:厚生労働省「抗インフルエンザ薬の今後の備蓄 (確保)方針について」
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001257020.pdf(閲覧日:2024年9月4日)
厚生労働省「プレパンデミックワクチンの今後の備蓄の種類について(案)」
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001257021.pdf(閲覧日:2024年9月4日)
厚生労働省「プレパンデミックワクチンの開発体制について」
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001257188.pdf(閲覧日:2024年9月4日)

※6:首相官邸ホームページ「ワクチン開発・生産体制強化戦略」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/tyousakai/dai28/siryou1-2.pdf(閲覧日:2024年9月4日)

※7:厚生労働省「新型コロナウイルスに対するワクチン開発を進めます(第4報)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10322.html(閲覧日:2024年9月4日)

※8:日本企業として日本電気株式会社のノルウェー子会社NECオンコイミュニティがAIを用いたワクチン設計に関する支援を受けている
CEPI「Priority diseases」
https://cepi.net/priority-diseases(閲覧日:2024年9月4日)

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