①イギリス:企業主導で開発・活用される就業継続型リスキリング
イギリスでは、教育システムの特性上、大学への進学を志向する就学者の比率が欧州諸国の中では高いとされている。このため1980~90年代には、後期中等教育から高等教育水準で職業教育(特にエンジニアリングなどのSTEM※1系)を選択する若年者が減少し、産業の中核を担うミドルスキル人材の空洞化が課題となった。
新卒一括採用のないイギリスでは、特に若年層のスキル形成は大きな課題と認識されてきた。後期中等教育終了後に就労しながら社外の能力開発プログラムに参加し、スキルアップを可能とする学び直しのための仕組みとして、企業の主導性、雇用主へのスキル開発インセンティブ、受講者全体のスキルアップ(提供講座に占める高スキル講座比率の向上)の3つの要素を盛り込んだ「アプレンティスシップ・スタンダード(apprenticeship standard)」を2017年にスタートさせた(図表1)。
アプレンティスシップ・スタンダードは、次のような特徴を持っている。
- 就業中の労働者が職場外での学修(週所定労働時間の20%)を可能とする仕組み
- 能力開発プログラムは事業主のグループによって、産業界のニーズに基づいて作成される
- 訓練内容は難易度により区分され、学修期間も異なる
- 教育プロバイダー選定・契約は事業主の裁量とされるほか、負担金制度により事業主に訓練受講に向けたインセンティブを付与
能力開発プログラムの受講を希望する者は、雇用主にその旨を申請し、雇用主との調整の後、雇用主の裁量によって教育プロバイダーの選定と契約が行われる。この、雇用主による裁量性の高さは、アプレンティスシップ・スタンダードに先立って導入された「アプレンティスシップ・フレームワーク(apprenticeship framework)」が有効なリスキリング支援策とはならなかったことへの反省に基づいている。同フレームワークは能力開発プログラムの選定を労働者自身に委ねたことから、産業界の人材ニーズにかなう能力開発とは必ずしも結びつかず、企業経営者にとって若年従業員の学び直しを支援するメリットが薄かった。
アプレンティスシップ・スタンダードでは、週所定労働時間の20%を訓練に充当することとなる。能力開発プログラムの開発は、雇用主のグループ(trailblazerと呼ばれる)が行う。雇用主グループには、達成目標やその評価方法の設定に関する裁量が与えられ、教育プロバイダーや資格授与機関の協力を得て、内容が作成される。
2017年4月から、雇用主に対する負担金制度が開始され、給与支払総額の0.5%相当額の支払いを義務付けた。訓練の実施に対する公的補助についても、教育プロバイダーに訓練コースの費用を支払う方法から、雇用主が用途を決定する方式への転換が図られていることに加え、負担金からの公的補助受給資格に2年間の時効を設けることで、早期の制度利用を促す仕組みとしている※3。
アプレンティスシップ・スタンダードの導入後、イギリスでは能力開発プログラムの利用総数は減少したものの、能力開発プログラム総数に占める高度な能力開発プログラム利用数は増加しており、全体として、訓練レベルが上方にシフトしている。背景には、教育省による能力開発プログラムの許可数のコントロールがあるとされ、職業訓練全体のレベルアップを政策的に誘導している結果と考えられる※4。
②ドイツ:地域産業の人材ニーズ実現に向け、企業主導で高等教育機関を設立
バーデン・ヴュルテンベルク州デュアル大学(Duale Hochschule Baden-Württemberg:DHBW)は、ハイテク化(メカニクスからエレクトロニクス、メカトロニクスなど)が進む中で、産業人材に従来の職業教育よりもより高度な知識・スキルの習得機会を提供する必要性から、1974年に開設された(図表2)。ダイムラーやボッシュなどの企業が主導し、趣旨に賛同する企業を「パートナー」とする私立の教育機関である。その後、2009年には完全に州立大学化され、2022年現在は産官の約9,000の企業・機関が「パートナー」として参画している。
このデュアル大学は、すでに職業人育成システムとして定評のあったドイツの「デュアルシステム」の考え方を、高等教育水準に適応したという点で特徴的である。
- 職業訓練(実践)と高等教育(理論)の組み合わせ
- 学術教員と実務家・専門家の双方で構成される教員
- パートナー企業と社会機関の積極的な連携
- 訓練生手当による経済的自立
- 短期間の学位取得による早期のキャリア反映
製造、ハイテク産業などの集積が進むBW州では、パートナー企業の事業展開、人材ニーズに応じてDHBWの対象学科を拡充し、パートナー企業での実習対象業務も合わせて拡充していくことで、地域における産業ニーズに合致した人材を、安定的に育成することに成功しているほか、DHBWの職業マッチング実績から、高等教育進学先としての注目度も上昇し、州外からの進学者の増加など、地域における人材獲得力の向上にも寄与している。
BW州では、DHBWが地域産業の人材ニーズを満たすことで、地域産業の集積を加速、グローバルプレーヤーとなる企業を多く生み出すことに貢献した。有力な企業が地域に増加するに伴って、DHBWのパートナー企業も充実し、教育訓練内容も向上し、より高度な教育を受けた人材が地域の産業界に送り出され、さらに州外からも人材を呼び寄せるというサイクルができている。
③スウェーデン:企業と社会の協働によるアウトスキリングとマッチング支援
スウェーデンは、かつて鉄鋼などを産業の主力としてきたが、その後、機械工業やハイテク産業へと成長の柱を移行させていった。社会経済環境に応じて、産業構造を迅速・柔軟に適応させていく点にスウェーデン経済の強みがあるとされる。そして、こうした産業構造の転換を実現しているのが、就労と学習(リスキリング・リカレント)の往還を特徴とする「移行的労働市場」であり、これを可能にする「積極的労働市場政策」と呼ばれる施策群である。
こうした流動的な労働市場で、成熟産業で人員整理の対象となる従業員に対してリスキリングの機会を提供し、成長産業への転職を支援していく仕組みを「アウトスキリング」と呼ぶ。スウェーデンの積極的労働市場政策では、このアウトスキリングの仕組みを武器に、成熟産業から成長産業へと人材を移動させることで、社会全体の持続的な成長を可能としている。ここでは、このアウトスキリングの仕組みを実際に担っている、再就労支援NPOについて紹介する。再就労支援NPOを中心としたスウェーデンのアウトスキリングの特徴は以下のとおりである。
- 労使共同出資のNPO(失業保険金庫)を起点とした労使交渉、再就労支援プログラム、失業給付の一貫支援を実施
- 再就労支援プログラムは、能力開発と転職マッチングがセットで提供される
- 長い解雇予告期間を能力開発と再就労活動に用いることで、処遇上昇を伴う労働移動を実現
- 上記のメカニズムを用いて成熟産業から成長産業への労働移動を実施し、経済、個人の成長を果たす
「2層目のセーフティネット」として、整理解雇がなされる際、解雇予定の労働者が再就職するため、解雇予告期間中(就業年数に応じて最長1年間)にNPOによる再就職支援が実施される。再就職支援を行うNPOは、職種などに応じて複数設置されており、例えば主としてブルーカラーを対象とした「TSL(Trygghetsfonden TSL)」や、ホワイトカラーを対象とした「TRR(TRR Trygghetsrådet)」がある。
政府からの財政的支援はないが、TRRを例に取ると、加盟企業の賃金総額の0.3%の拠出金によって運営されている。こうしたNPOでは、再就職支援だけでなく、失業時の収入の補填も行う。TRRの再就職支援実績は高く、解雇実施日には91%が次の職場を得ており、66%が前職以上の処遇を得ている※8。
NPOによる転職マッチングが不調であった場合は、図表の3層目に移行し、職業訓練を行いつつ、転職先とのマッチング支援を受ける。