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生活者1万2千人アンケートが示す日本のウェルビーイング

第2回MRI版ウェルビーイング指標アンケート調査結果

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2023.8.30

政策・経済センター淺井優汰

ヘルスケア

POINT

  • 社会や地球の持続可能性に対する悲観的な見方が第1回から拡大
  • 所得が低いほど、将来への希望を持ちにくく、ウェルビーイングは低い
  • 「将来への希望」こそがウェルビーイングに最も寄与する点は前回から変わらず
三菱総合研究所(以下MRI)は、2022年3月に公表したニュースリリース「ポストコロナ社会のウェルビーイング」で、ウェルビーイングのあり方を示した。また測定する枠組み「MRI版ウェルビーイング指標を公表した。この時、第1回となるMRI版ウェルビーイング指標アンケート調査を実施し、日本のウェルビーイングの状況を詳細に測定・分析した。

この指標は、ポストコロナのウェルビーイングを人間・社会・地球の3層構造で捉えているのが特徴である(図表1・詳細はコラム最後の参考資料Aを参照)。「人間」が享受する主観的な幸福に加えて、人間が生活する上で無視できない「地球」、課題が複雑化する中で合意形成の困難を伴う「社会」の豊かさに支えられて初めて、人間の豊かさが実現するということを示した。
図表1 3層構造で捉えるウェルビーイングの基本構造
3層構造で捉えるウェルビーイングの基本構造
出所:三菱総合研究所
MRIはウェルビーイングの時系列変化を追うことを目的に、2022年9月に2回目のウェルビーイングアンケート調査を実施し、前回調査の2021年9月との変化について分析した。

具体的には、MRIの「生活者市場予測システム(mif)」が持つアンケートパネルを用いて、生活者1万2千人へのアンケート調査を実施し、ウェルビーイングの状況を浮き彫りにすることを試みた(生活者アンケートの詳細は、参考資料Bを参照)。なお、前回調査と比較する際、今回は70代以上のシニアパネルを2千サンプル追加している点には留意が必要である。

アンケートでは、ウェルビーイングの状況を把握する上で、「人間」関連指標では「重要度」と「満足度」、「社会」「地球」関連指標では「重要度」と「実現度」の二つの尺度について回答を求めている。加えて、「重要度」と「満足度/実現度」のギャップを計測することでウェルビーイングをめぐる状況を包括的に把握した。

ウェルビーイングの全体像

社会や地球の持続可能性に対する悲観的な見方が第1回から拡大

図表2は、生活者1万2千人全体のウェルビーイング構成指標のうち、「人間」関連9指標の重要度と満足度、および両者のギャップを集計し、前回2021年9月の調査と比較したものである。

全体として、重要度、満足度ともに前回と同様の傾向を示している(図表2-1)。重要度については、「A. 生活の自立」に関連する指標の重要度が他の重要度と比して高い。満足度については、「所得と資産」「将来への希望」の満足度が低めに出ている。また、「身体の健康」「精神的な健康」「所得と資産」「将来への希望」のギャップ(重要度と満足度の差分)が大きい。

注目されるのは、重要度の上昇に比して満足度の上昇が抑制された結果、「精神的な健康」を除く上記3指標のギャップが前回比でさらに拡大していることである(図表2-2)。なお、年代が高いほど重要度、満足度はともに高い傾向にあり、今回新たに追加した70代以上のシニアパネルを除いた場合でも、3指標のギャップは前回調査から一層拡大しているという結果が得られている。
図表2 「人間」関連指標のアンケート結果
「人間」関連指標のアンケート結果
注:グラフ上の集計値は、いずれも5段階評価を1~5の数値に置き換えたものの平均値を示す。
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2021年9月、2022年9月に実施、回答者はそれぞれ、1万人、1万2千人)
「社会」「地球」関連指標もまた、前回調査と同様、「E. 安全・強靭」に関連する指標の重要度がその他と比して総じて高くなっている(図表3-1)。また、「財政の持続性」や「自然環境の保全」など、持続可能性に関する指標の重要度も高く、安全と持続可能性に対する注目度が高い状況が見てとれる。

特筆すべき点は、「災害の抑制」「経済社会ショック耐性」「財政の持続性」「温暖化対策」「自然環境の保全」のギャップ(重要度と実現度の差分)が突出して大きいことである。背景には、地球温暖化の進行で昨今では異常気象が相次ぎ、生活者が災害の発生や地球の持続可能性への懸念を抱いていることがあるだろう。また、コロナ危機対応による財政の急激な悪化を受け、経済社会のショック耐性や社会の持続可能性に対する悲観的な見方が広がっている様子がうかがえる。実際、今回調査のギャップは、ほぼ全ての指標で前回から拡大している。中でも「温暖化対策」「自然環境の保全」「財政の持続性」の拡大幅は大きい(図表3-2)。
図表3 「社会」「地球」関連指標のアンケート結果
「社会」「地球」関連指標のアンケート結果
注:グラフ上の集計値は、いずれも5段階評価を1~5の数値に置き換えたものの平均値を示す。
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2021年9月、2022年9月に実施、回答者はそれぞれ、1万人、1万2千人)

生活者の属性別にみられるウェルビーイングの特徴

所得が低いほど、将来への希望を持ちにくく、ウェルビーイングは低い

次に、性別、所得階層、年齢区分の3つの切り口から、属性別のウェルビーイング観の違いを確認する。

属性別のウェルビーイング重要度と満足度/実現度のギャップを図表4に示す。注目すべきは、所得が低くなるほどギャップが大きくなっていることである。特に、「A.生活の自立」「D. 将来への希望」「F. 多様性・包摂」の所得階層別の格差は顕著である。
図表4 ウェルビーイング要素別の重要度・満足度/実現度のギャップ
ウェルビーイング要素別の重要度・満足度/実現度のギャップ
注:所得階層は、200万円未満(低所得)、200万円以上800万円未満(中所得)、800万円以上(高所得)で区分。
年齢区分は、20-30代(若年層)、40-50代(ミドル層)、60-70代(シニア層)で区分。
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2022年9月に実施、回答者は1万2千人)
総合的な満足度や実現度を属性別に集計した結果を図表5に示す。性別では、女性が男性よりも満足度/実現度を高めに評価する傾向がある。年代別では、上述の通り60・70代生活者の満足度が突出して高い。世帯収入別では、満足度/実現度が年収に比例して高まっている。
図表5 生活者属性別の総合的な満足度・実現度
生活者属性別の総合的な満足度・実現度
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2022年9月に実施、回答者は1万2千人)

ウェルビーイング向上の源泉

「将来への希望」こそが最も寄与する点は前回から変わらず

ウェルビーイングを向上させるには、どの指標を改善させることが必要なのか。ここでは「幸福度関数」を設定し、ミクロ計量経済学の手法に基づき、年齢や年収などを勘案した上でウェルビーイングに対する個別指標の影響度を測る。

全サンプルについて推計したウェルビーイング関数における個別指標の係数値を図表6に示す(ウェルビーイング関数の詳細は、参考資料Cを参照)。投入された36の指標のうち、図表6に示す14指標の係数値が統計的に有意(5%の信頼区間を満たす)と推計された。「将来への希望」が生活者のウェルビーイング向上に最も寄与するとの結果は、前回調査から変わらなかった。急速な少子化や、社会とのつながりの希薄化、国際情勢の不安定化など、日本社会を取り巻くさまざまな社会課題が顕在化するなか、生活者が将来への希望を持ちにくく、それがウェルビーイング向上を阻んでいる可能性が示唆される。

「社会」関連の指標に目を向けると、「経済社会ショック耐性」「財政の持続性」が1%有意となっているのは、注目に値する。政府、企業、生活者のそれぞれが、「レジリエントで持続可能な社会※1」を追求していくことこそが、人々の将来への希望を醸成し、日本のウェルビーイング向上の源泉となりうるだろう。
図表6 ウェルビーイング関数の推計結果(個別指標の係数値)
ウェルビーイング関数の推計結果(個別指標の係数値)
注:「個人と社会の総合的な満足度」を被説明変数、「人間」「社会」「地球」に含まれる個別項目(36項目)の満足度/実現度を説明変数として、順序ロジットモデルを用いて各説明変数の係数値を推計。*印は5%有意、他は1%有意、有意でない項目は非掲載。
出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」アンケート調査(2022年9月に実施、回答者は1万2千人)より三菱総合研究所推計

※1:MRIは、ポストコロナ社会で目指す姿として「レジリエントで持続可能な社会」を掲げ、その究極的な目標をウェルビーイングの最大化と位置づけた。詳細は、三菱総合研究所「ポストコロナ社会のウェルビーイング」を参照。
ポストコロナ社会のウェルビーイング(MRIエコノミックレビュー 2022.3.9)