HRTechが新時代のひとの可能性を拓く

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2017.12.1
経営コンサルティング

POINT

  • HRTechによって人材領域でもデータにもとづくマネジメントが広がる。
  • 導入が進む新卒採用分野では、AI診断がひとの判断を上回る。
  • 人生100年時代に向けて、ひと、組織、社会で得られる成果は大きい。

1.HRTechで進化を続ける米国、働き方改革にとどまる日本

ビッグデータや人工知能(AI)など、進展著しいデジタル技術を駆使したイノベーションがさまざまな領域で広がりを見せている。例えば、FinTech(金融)は、決済手段の多様化と手数料低下をもたらした。株式投資をしている方の中には、ロボットアドバイザーがリスク許容度に応じて最適なプランを見繕ってくれた経験をお持ちの向きもいるはずだ。また、EdTech(教育)は、学習手段の多様化と費用低下をもたらした。アプリを使って語学などを習得している方なら、習熟度に応じて問題やカリキュラムが最適化された経験があるのではないか。

いずれもデータを駆使するアプローチが得意な米国が牽引役である。米国における「HR(Human Resource) Tech」の歴史は長く、世界最大級のHRTechイベントである「HR Technology Conference & Exposition」は1998年から毎年開催されている。最近は人材マネジメントを最適化するHRTechに注目が集まり、候補者の発掘からマッチング、履歴書解析、心理・性格・スキル診断など、さまざまなサービスがリリースされている。

近年の米国におけるHRTechのトレンドは、人材がもつ可能性を引き出す関係性づくり=エンゲージメントである。社員の健康に関与する従前からの動きに加え、今後の動向を占う象徴的な事例として、GEやAdobeなどによる評価制度改革が挙げられる。具体的には、納得感が高まりにくい、年1回の評価を廃止し、年間を通じて継続的に上司と部下がコミュニケーションする機会(タッチポイント)を設定。頻繁にコミュニケーションを取り、期中から部下の成果の実現を支援することが上司の役割と再定義された。まさに、組織としてエンゲージメント強化を企図した取り組みである。

日本は今、国を挙げて「働き方改革」に取り組み始めたところだ。しかしながら、長時間労働の是正や柔軟な働き方の推進といった取り組みの実態は、従前からあるワークスタイル改革の延長線上にとどまっている。エンゲージメントを強みとしてきた日本の現場は疲弊しており、このままではHRTechを駆使する米国企業に逆転されてしまうかもしれない。

2.新卒採用分野から広がる効果と課題

先行する米国に比べ、これまで国内ではHRTechのサービスを提供する企業も、導入する企業も少なかったが、国内企業向けサービスのリリースが相次ぎ、導入企業も増えつつある。中でも、採用領域でのHRTech導入が拡大している。HRTechの導入が採用領域から進んだのは、エントリーシートや筆記試験、面接評価など、分析に必要となるデータが各社とも数年分蓄積されており、すぐに着手できたからである。

三菱総合研究所は株式会社マイナビと共同で「エントリーシート優先度診断サービス」を開発し2016年10月にリリースした。このサービスは、各社が蓄積したエントリーシートなどの選考データをあらかじめAIが学習することで、企業ごとに優先的に採用すべき学生の特徴を理解し、採用選考プロセスでの意思決定を支援するものである。

一つの企業へのエントリー数は、万単位に達することもある。膨大な量のエントリーシートを限られた期間内で評価しなければならない。人海戦術的に分担したとしても評価者間で評価基準を統一的に運用するのは難しい。また、同一評価者の中でも、複数のエントリーシートを繰り返し読む中で常に一定の基準で評価し続けるのは困難である。HRTechの導入により、全ての学生に対して平等な評価基準で、かつ高速に評価することが可能になる。事前にモデルを学習しておけば、たとえ1万件のエントリーデータでも、その評価には1時間もかからない(表1)。

HRTechによって統一性と高速性は格段に高まったとしても、精度はどうだろうか。ある企業では、AI診断による選考通過者と、従来フロー(人による読み込み・選別)による選考通過者の同時比較検証を行った。1次・2次・最終面接の通過率を比べると、いずれもAI診断が大きく上回った。

すでにAIは企業の選考特性を学習し、ひとの判断を上回る成果を実現している(表2)。今後、採用後のワークスタイルやパフォーマンスなど、さまざまなデータの収集・蓄積が進めば、AIが一人ひとりの特徴を学習し、最適なキャリアプランや研修プログラム、活躍が期待される業務へのアサインなどをきめ細かくデザインすることも可能だ。
[表1]採用プロセス(初期)における課題とHRTechの可能性
[表2]AI診断と従来フローによる面接の通過率比較

3.人生100年時代に向けたHRTechの活用展開

HRTechは、導入主体が企業である以上、当該企業の利益追及が必然である。しかし、HRTechが拓く可能性は企業内にとどまらない。

誰もが人生100年時代を迎えると、これまでの80歳程度の平均寿命を前提に、「教育」を受けるステージ、「仕事」で成果を生み出すステージ、「引退」して余生を過ごすステージ、というワンウェイのライフコースは抜本的見直しを迫られる。終身雇用を前提とした社会構造は大きく変わり、社会に出た後も新たなスキルを身につけるために学び直したり、よりパフォーマンスしやすい職場を求めて、主体的にライフコースをデザインし続ける必要がある。こうした多様なライフコースを実現するためには、働くひとに関する多様なデータがライフコースの途上で蓄積・共有・活用されることが前提となる。

HRTechを駆使すれば、人力では捌ききれないほど多様かつ大量のデータでも活用することが可能だ。職場で働くひとは、評価者との相性や主観に依らず、データに基づいて客観的かつ適切に評価されるようになる。スキルや志向・キャリアプランに合った職務にアサインされる機会も拡大する。どんなスキルを新たに身につければ、より魅力的な職務に就けるか、自分の可能性についてデータに基づいて客観的に判断できるようになる。

こうした取り組みが各企業で進み、HRTech活用の土壌が広く形成されていけば、企業の垣根を越えて社会全体でデータを共有し合う、HRデータのオープンプラットフォームの構築も可能だ(図)。これまでA社で働くあなたのデータはA社に蓄積され、B社に転職すると活用できなかった。オープンプラットフォームが構築できれば、A社に蓄積されたあなたのデータをB社が活用できるようになる。あなたはB社での新たなデータの蓄積を待たずに、以前のデータに基づいて客観的な処遇をしてもらえるようになる。さらにデータを開示し、最も魅力的な運用プランを提示した職場を選ぶことも可能だ。あなたのデータを分析したC社が新たなスキルを身につける研修プログラムと セットで、魅力的な職務をオファーするかもしれない。

各企業に閉じた最適化にとどまらず、参加企業間、さらには社会全体へと最適化の範囲が広がれば広がるほど、ひと、組織、社会が得られる成果は大きい。ひとがもつ能力、可能性は無限大である。これまでのやり方にはまだまだ貴重な人的資源の無駄遣いが多いのではないだろうか。
[図]HRデータオープンプラットフォーム

4.HRTechの一層の活用展開に向けて

HRTechによってデータに基づくマネジメントの可能性が広がる一方で、課題も想定される。デジタル化が急速に進展し、データの爆発的増加が引き起こされた結果、データサイエンティストに対する需要が逼迫した、マーケティング領域と同様の事態に早晩見舞われる可能性がある。特に人材領域では、給与や勤怠といった定量データだけでなく、評価面談結果などの定性データも数多く取り扱う。そのため、今後のデジタル化の進展によって新たに生まれるデータ群も含め、これらをマネジメントする人材の育成・確保に加え、試行錯誤する組織能力も備える必要がある。

また、HRTechのように進化を続ける新しいテクノロジーをどのように使いこなすかという視点も重要だ。データは増え続け、AIも進化を続ける。ある時点では精度が不十分でも、データが充実し、学習を繰り返すことで、ある日突然、精度が備わる可能性がある。ひとと新しいテクノロジーとの関係は、固定的に捉えるのではなく、柔軟かつ動的に捉え直し続ける必要がある。

ブロックチェーンやシェアリングなど、新しいテクノロジーを社会で使いこなすことで、近年の日本は後れを取りつつある。人生100年時代を迎える、ひと、組織、社会ではHRTechの使いこなしが重要だ。

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