マンスリーレビュー

2018年2月号特集経済・社会・技術テクノロジー

イノベーションによる社会課題解決のエコシステムを求めて

未来共創イノベーションネットワークの実績と展望

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2018.2.1
経済・社会・技術

POINT

  • 不確実性の高い先端分野にはスタートアップのスピードと小回りが有効。
  • 課題設定型コンテストでスタートアップのアイデアを発掘し継続支援・育成。
  • 多様な関係者を巻き込む新たなエコシステムへの展開を目指す。

1.革新的テクノロジーで課題解決の鍵を握るスタートアップ

世界人口100億人時代が視野に入る中、20世紀のように政府主導による物量の投入に依存した社会課題解決は現実的でない。知恵・知識を源泉とし無限の持続性と発展性をもつ革新的テクノロジーによるブレークスルーこそが解決の鍵を握る。

ただし、ブロックチェーンやAIなどに代表される画期的な技術革新とこれらを活用した新たなビジネス(イノベーション)は、ある日突然生まれるものではない。幾多の試行錯誤とさまざまな要素技術の組み合わせを通じ、数年から数十年の年月をかけて確立される場合が多い。加えて、初期段階の市場規模は限定的でその成長性も不透明である。作ってみなければ実現・完成できるかどうか分からない、売ってみなければどれだけ売れるかも読めない。これでは、既存事業を守りつつ100億円単位の大型事業開発を目指す大企業は二の足を踏むことになりがちである。

これに対しスタートアップは、小さく始めて段階的にスケールアップする。うまくいかなければ素早く変更・撤退するなど小回りが利きやすい(多産多死)。リスクの高い初期段階で力を発揮し、大企業に先行してビジネス化を実現できるポテンシャルを有している(図)。大企業も、自社開発・リスクテイクの限界を乗り越え、先端分野にいち早く進出する手段として、スタートアップとの連携に注目し始めた。ヒューマノイド分野でグーグルに買収されたSCHAFT(その後ソフトバンクグループが買収)や小型人工衛星分野でウェザーニューズと共同開発に取り組むアクセルスペースなどが代表的な事例といえる。

一方、大企業にも、スタートアップ式の思考・決定・行動プロセスから学び自らの企業文化を再構築する動きが出てきている。代表的な事例はGEをめぐるものだ。前CEOのジェフ・イメルトは、シリコンバレーのスタートアップの経営者たちと対話し、顧客への提供価値を徹底的に重視することで、圧倒的な“スピード感”と“適応力”を実現する経営手法「FastWorks」を生み出した。
[図]スタートアップが得意とする領域

2.「INCFビジネスアイデアコンテスト」の実績

三菱総合研究所は、1年余りの検討・準備期間を経て、2017年4月、「未来共創イノベーションネットワーク(INCF)」を正式にスタートさせた。革新的技術とイノベーションにより、国内外の社会課題の解決策を共創・実現するプラットフォームを目指している。その活動の一環として、INCFが設定した課題に対する解決アイデアをスタートアップから募る「INCFビジネスアイデアコンテスト」を、これまでに3回(準備期間中を含む)実施し、延べ約300社からの熱心な応募を得た。

応募内容はそれぞれ独自性があり、多様な社会課題に対する有効な提案がみられた。特にファイナリスト(決勝進出)20社(個人を含む)の多くは、利用技術や方法論の具体性・先進性も高く、課題解決の道を開くビジネスアイデアだと評価できる。

社会課題解決に大きな可能性をもつスタートアップ

以下では、過去3回のコンテストで高い評価を受けたビジネスアイデアの提案者を紹介する。技術の出所と使い方で分類すると、おおよそ「身近な課題解決(ニッチ市場)に先端技術を活用」「大学などでの研究成果を活用」「異業種の先端技術を転用」の3パターンに整理できる。

1) 身近な課題解決(ニッチ市場)に先端技術を活用

【ウェルネス】株式会社オー 第1回最優秀賞受賞
体内時計を可視化して睡眠を改善するサービス。体内時計を見える化できるウェアラブルデバイス(腕時計型)を独自に開発するとともに、認知行動療法による睡眠改善サービスをアプリで提供する事業スキーム。提案者は、大手広告代理店勤務を通じ、会社員のメンタルヘルスケアの重要性を認識。国民の20%が睡眠の悩みを抱え、その比率が年々増加する日本の現状を打開する有効な策として期待される。
【教育】株式会社テンアップ 第3回特別賞受賞
VR(仮想現実)技術を活用して達人・プロの思考回路、無意識の知見を疑似体験学習するプログラム。提案者は、学習塾の経営者としての経験から、「偏差値の高い大学への進学」と「社会人になってからの成功・評価」が必ずしも一致しない現実を踏まえ、暗記や詰め込みではなく、物事の本質的な考え方を疑似体験により学習する方法を開発。不足が指摘されるイノベーション人材を育成する効果が期待できる。
【水・食料】ユリシーズ株式会社 第2回決勝進出
食品製造の品質管理サービス。生産現場にIoT機器とクラウドシステムを導入し、工程のデジタル化・自動化を実現。提案者は、両親が経営する航空機向けの機内食工場で非効率な品質管理手作業を目の当たりにしてきた。管理工程の抜本的改革により、国際的な品質管理基準(HACCP)対応と食品業界の生産性向上への寄与が期待される。

2) 大学などでの研究成果を活用

【水・食料】株式会社セツロテック 第2回三菱総研賞受賞
畜産業のイノベーション。徳島大学で研究された受精卵エレクトロポレーション法により、手作業で行われていたゲノム編集の生産性を飛躍的に向上。食肉業界における生産性向上をはじめ、繊維・水産養殖・ペット業界などでの活用が期待される。
【教育】北村拓也氏(広島大学大学院) 第3回三菱総研賞受賞
日本では珍しい学習工学分野でラーニングアプリケーションを研究。情報セキュリティーをテーマに、受講者がシステム上のAIエージェントに“教える”ことで受講者自身の理解を深めるeラーニングシステムを開発。各受講者が教え込んだAIエージェント同士が習得度を競う仕組みを導入するなど、これまでにない手法を実装。

3) 異業種の先端技術を転用

【水・食料】株式会社プラントライフシステムズ 第2回最優秀賞受賞
持続性の高い「高収益農業」の仕組みを構築。自動車業界で自動運転やカーナビの技術開発を行っていた提案者が、同技術を農業分野に転用し、AIによる作業指導と作物成長コントロールを実現。同時に、独自のアルカリ培地を併用することで、トマトの収量(約3倍)と糖度を同時に向上させるシステムを開発。さらに需要者とのネットワークを通じ需給調整も可能なことから、農業全体の収益性向上が期待される。
【環境・エネルギー】ジグエンジニアリング株式会社 第2回決勝進出
産業廃棄物から有価金属と電力エネルギーを回収する選別プラントを開発。北海道大学で学んだ石炭選別技術と資源会社でのプラント設計経験を活かし、石炭選別で使われていた「古い」技術を転用して、安価に高精度な資源選別を行うことに成功。膨大な有価金属が眠る都市鉱山への活用が期待される。

3.三菱総研の役割=メンタリングで成長支援

昨今、ベンチャー支援体制の急速な充実に加え、クラウドをはじめとするIT技術革新、個人レベルの先端技術活用環境の大幅な改善が、優秀なスタートアップを後押ししている。こうしたスタートアップの価値を正しく理解・評価し、必要な事業環境やビジネスプラン構築を支援することが三菱総合研究所の役割である。

INCFビジネスアイデアコンテストでは、審査過程に加えてファイナリスト採択後のメンタリング(相談・指導)を重視している。先端技術からローテクまで幅広い技術分野、課題解決につきものの制度・規制などについて、当社の多様な専門家と経験に富むビジネスコンサルタントが協力・補完し、審査やメンタリングを行う。また、第三者の客観的な目で、各スタートアップの経営チームの特性・弱点を理解し(表)、彼ら自身が気づいていないユニークな魅力・本質的な価値を引き出す一方、苦手な面を補うことにも努め、起業家・ビジネスパーソンとしての成長を応援する。
[図]スタートアップのタイプ別特性と弱点

4.イノベーションによる社会課題解決のエコシステムへの進路

一連の活動を通じ、イノベーションによる社会課題解決の糸口として、スタートアップからのアイデア募集が有効であることは確認できた。INCFは彼らの支援・育成を通じ、より大きな成果を追求していく。

社会課題解決に関心を示すのはスタートアップにとどまらない。グーグルやテスラなど社会課題解決と先端技術を組み合わせて大きく成長した新興勢力に加え、既存の大企業も、自らのCSV戦略・収益事業の一環として社会課題解決に関心を示し始めている(ネスレ、ユニリーバなど)。加えて、いまや世界の投資資金の4分の1を占めるESG投資や社会的インパクト投資の興隆も、イノベーションによる社会課題解決をバックアップする流れといえそうだ。

当社は、引き続き大きな視野に立って、解決すべき社会課題の重要度(インパクト)や優先順位を構造化して社会に提示し、イノベーションによる解決を訴求していく。INCFの事務局として国内外のスタートアップ、大企業、官公庁、大学、金融機関など多様な関係者を巻き込み、ビジネスとイノベーションで社会課題の解決を図る触媒の役割を果たしたい。これらを通じてINCFのプラットフォームを育成し、オープンイノベーション~課題解決実現のエコシステム「共創」を目指す。