コラム

3Xによる行動変容の未来2030最先端技術

知能機械の機能拡張は人間に何をもたらすか?

AIの質的拡張と、それを支えるハードウェア技術

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2024.8.2

先進技術センター齋藤達朗

3Xによる行動変容の未来2030
生成AIの出現で、これまで「専門家の道具」だったAIが一気に誰もが使えるツールになりました。さらにAIを搭載することで、複雑な動作にも柔軟に対応できる知能化した機械=知能機械の進展とその活用により、生産性の向上や労働力不足の解消が期待されます※1※2。このような知能機械の社会実装に向けては、搭載されるAI自体の機能拡張がますます重要になっていきます。知能機械の社会実装に欠かせないAIの質的な拡張と、それを支えるハードウェア技術の進展について解説します。

知能機械の進化に欠かせないAIの質的拡張

生成AIに代表されるAI技術の進展で、情報を中心とした産業活動や、情報処理に関わるオフィスワークの大幅な効率化・高度化が期待されています。一方で効率化・高度化する対象を情報処理だけでなく、物理的な作業に拡張するためには、移動や動作ができる機械にAIを搭載する「機械の知能化」が求められます※1。AIにより、柔軟かつ複雑な動作が可能になった機械を「知能機械」と呼びます。

知能機械による物理的作業の効率化・高度化を図っていくには、そこに搭載されるAIによって機械の機能をより拡張していくことが不可欠です。AIによる機能の拡張といっても、作業の自動化、安定化、あるいは高速化のような特定の作業を代替・補助する量的な機能拡張もあれば、利用者の意図や周りの状況に応じて対応やその程度を柔軟に意思決定・調整するような質的な機能の拡張も考えられます※2。後者の質的な機能拡張は、例えば作物の栽培における水やりや、肥料散布、収穫のように、天候や土壌など前もって決めることのできない要素に応じて機械が柔軟に対応しなくてはいけない作業などに求められます。

知能機械の機能拡張を図るためには、そこに搭載されるAI自体も機能拡張が必要です。図1に示すように、AIの質的拡張に求められる要素は、従来の量的拡張とは異なります。例えば、私たちの作業を代替・補助するために用いられる従来の計算は、特定の条件での使い方を前提として、より高度な処理やより正確な処理ができるように拡張していきました。一方でAIによる質的拡張のためには、上述の作物の栽培作業などのように、特定の条件における作業の正確さだけでなく、多少正確でないとしてもより多くの事象に臨機応変に対応できるような柔軟さの拡張が求められます。インプットされる情報だけで見ても、数字データはもちろん、日本語・英語・フランス語などのさまざまな言語情報、あるいは音や図、概念、人やものの動きなど、さまざまな情報に対応することが必要となります。さらに、これらの情報を単一で理解するのではなく、例えば言語情報と顔や手の動きを組み合わせて理解・表現する人間同士のコミュニケーションのように、複数の情報を複雑に組み合わせて理解することで、AIはより柔軟に機能することが可能となります。
図1 AIの質的拡張とその特徴
AIの質的拡張とその特徴
三菱総合研究所作成
つまり、AIの質的拡張にはさまざまな情報を複雑に組み合わせる「柔軟さ」という、これまでの量的拡張とは違う軸での進展が求められます。

質的拡張を決定づける「パラメータ数」とは?

AIがこのような「柔軟さ」を獲得するためには、扱える機能の種類を増やし、それを複雑に組み合わせることが重要になります。そのためには、情報を処理する際の「調整できるつまみ」の数を増やすことが重要となります。例えば絵を描く場合、色が2種類だと白黒の絵になりますが、色を調整するつまみをたくさん増やすと色の表現が豊かな絵が描けます。

色に限らず、つまみを増やせば増やすほど柔軟な表現・理解ができるようになります。このつまみの数はAIではパラメータ数と呼ばれます。AIの質的拡張に向けては、このパラメータ数が重要となります。例えばChatGPTのような生成AIでは、パラメータ数に応じて多くの機能の性能が連続的に上がることが知られています。さらに図2に示すように、AIの機能の中には、ある一定のパラメータ数より大きくなると突然新たに獲得できる機能があることが知られています(機能の創発)。
図2 AIのパラメータ数増加による質的拡張の例
AIのパラメータ数増加による質的拡張の例
出所:Wei, Jason, et al. "Emergent abilities of large language models." arXiv preprint arXiv:2206.07682 (2022).を基に三菱総合研究所の解釈で整理
https://arxiv.org/abs/2206.07682(閲覧日:2024年6月7日)
この機能の創発については、パラメータ数と創発される機能の難易度との関係も不明で、具体的に得たい機能がある場合、それがどのパラメータ数で得られるのかもわかっていません。つまりAIの質的拡張に向けて新たな機能を獲得し、より柔軟に表現や理解をしていくためには、パラメータ数を大きくしていくことが重要となります。

半導体をはじめハードウェア技術の進展がカギ

最近ではOpen AI社がAI半導体開発を検討していることが話題にもなりましたが、パラメータ数を大規模化するためにはハードウェアの演算能力の向上が必要になります。パラメータ数の大きなモデルを使うということは、多くの調整ができるつまみを準備することになります。そのつまみの調整のためには、多くの計算ができる半導体が必要です。図3に主要なAIのパラメータ数とそのために必要なハードウェア能力の一例を示します。パラメータ数の増加に伴い、高い演算能力と記録能力が必要になっていることがわかります。
図3 パラメータ数の増加を支えるハードウェア能力
パラメータ数の増加を支えるハードウェア能力
出所:Cerebras HP、Cerebras Makes It Easy to Harness the Predictive Power of GPT-Jを基に三菱総合研究所作成
https://www.cerebras.net/blog/cerebras-makes-it-easy-to-harness-the-predictive-power-of-gpt-j(閲覧日:2024年6月7日閲覧)
このようにAIが扱うパラメータ数を増加させるためには、ハードウェア技術の進展が重要です。現在は大きく下記の3つを軸とした半導体技術の開発が進んでいます。

①AI特化型半導体の開発
②メモリ半導体の大容量・高速化
③半導体チップ間接続の大規模・高速化

演算能力の向上に向けては、従来の「ムーアの法則」に代表されるようなトランジスタの集積化も重要です。さらに演算能力を向上させるために、1つのチップの中の演算の単位を小さくして、多くの演算が同時にできるような、AI処理に特化した半導体の開発が進んでいます。また、より多くの演算結果を記録するために、メモリ半導体を縦方向に積み重ねて高速・大容量にする技術が進展しています。これらの半導体チップをたくさん組み合わせて高速でやり取りができるように、チップ間の接続技術も高度化が進んでいます。

より柔軟な知能機械を実現するため、これら3つの技術を組み合わせることで、パラメータ数の加速度的な大規模化によるAIの質的な拡張を進めています。

知能機械が生活に溶け込む時代に

今回紹介したAIによる知能機械の質的な拡張により、すでに文字情報はもちろん、音や画像など五感を用いた入出力もできるようになってきています。今後はAIの知能はさらに柔軟になり、知能機械は私たちの生活に溶け込んでいくと考えられます。もしかしたら、将来は子どもたちが学校に行くと、語学はロボットが教え、音楽は人間が教えるというような人と機械との共同作業が当たり前になっているかもしれません。

また、今回はAIのパラメータ数の大規模化に向けた3つの半導体技術の進展を中心に説明しましたが、今後も演算能力と記録能力のさらなる向上が求められます。そのためには特に③として紹介した、より多くの半導体チップを接続する技術が重要です。たくさんの情報を高速にやり取りする接続方法が技術的な課題となるため、さらなるブレイクスルーが望まれます。一方で、より効率的に機能するソフトウェア技術やPCなどのデバイスで動くような小規模なAI活用技術も進展しています。これらのハードウェア技術とソフトウェア技術を組み合わせることにより、AIはいつでも・どこでも・どんな形でも使えるようになるはずです。

さらに、センサーなどの機能の拡張とともに、物理的にも知能機械はより複雑な動作や柔軟な制御が可能になっていきます。長期的には、人が意識せずに知能機械を扱えるような将来像が期待できます。

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