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第7次エネルギー基本計画を政策融合の契機に

「CN×CE融合」“計1兆円”の付加価値還流へ
2024.5.1
志田 龍亮

政策・経済センター志田龍亮

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OPINION

日本のエネルギー政策の方向性を決める「第7次エネルギー基本計画」の策定が始まる。ここで注目したいのは資源循環政策との融合だ。「エネルギー」と「資源循環」の政策融合は、エネルギー・経済安全保障のリスクを低減させるだけでなく、脱炭素コストを抑え、さらには年1兆円もの付加価値を国内に還流させるポテンシャルを有している。個別最適の壁を破れるかがその実現のカギとなる。

新・目標年で変わる日本のエネルギー政策

2024年は「転換」の年だ。国際政治面では台湾、ロシア、インド、米国など多くの国・地域で大型選挙が予定される。国内経済面では物価や賃金のトレンドを背景に日銀は金融政策を変更し、17年ぶりの利上げを決定した。

同時に、2024年は日本のエネルギー政策の転換点でもある。今年は3年ごとの検討が義務付けられている「エネルギー基本計画」の見直しが行われる年であり、第7次策定に向けた議論が間近に迫っている(図1)。
図1 2020年カーボンニュートラル宣言からの動き
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出所:各種資料を基に三菱総合研究所作成
第7次エネルギー基本計画で策定される温室効果ガス削減目標は、日本の国際公約※1に対応した形で、2025年末の国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)に提出される見込みだ。これまでと異なるのはターゲットイヤーが「2030年」ではなく、「2035年以降」となることだ。これまで日本のエネルギー政策は中間目標年として2030年、最終目標年として2050年を置くことが多かったが、今回新たなチェックポイントが設けられることになり、移行に向けたシナリオをより明確に描く必要が出てくる。

脱炭素化の理想と現実のギャップが拡大する中、どうシナリオを描くのか。ここではそのポイントとして大きく3点を挙げたい。

(1)国際情勢の混迷

まず1点目は国際情勢の混迷だ。現行(第6次)のエネルギー基本計画は2021年10月に閣議決定されたものであり、その後のウクライナ侵攻、中東でのハマス・イスラエル軍事衝突などにより国際社会の分断傾向は以前にも増して深刻になった。今年11月の米国大統領選挙の結果も国際情勢に大きな影響を与えるだろう。エネルギー・経済安全保障の重要性は第6次計画でも触れられていたが、第7次では現実に即したより具体的な議論が求められるであろう。

(2)電力需要見通しの変化

2点目は電力需要見通しの変化だ。人口減少、省エネ進展、住宅用太陽光発電の普及などに伴い日本での電力需要※2はここしばらく減少トレンドにあった。しかし、2024年1月に電力広域的運営推進機関(OCCTO)が公開した今後10年間の見通しは、昨今の海外からのデータセンターの大型投資、半導体工場の新規立地などに伴い電力需要は久しぶりに増加傾向に転じた(図2)。対日投資の増加は経済・雇用面では喜ばしいものの、脱炭素電源が不足する日本でこうした新規需要に対してどのように対応するかは大きな課題だ。
図2 電力需要見通しの変遷(電力広域機関による見通し)
出所:電力広域的運営推進機関 各年度需要想定を基に三菱総合研究所作成

(3)資源循環政策との融合

3点目は資源循環政策との融合だ。当社はかねてから「カーボンニュートラル資源立国」※3を掲げており、エネルギーと資源循環 、より政策的な表現で言えばCN(カーボンニュートラル)とCE(サーキュラーエコノミー)の融合が、資源に乏しい日本における持続可能社会の実現のカギであると発信してきた。20兆円のGX経済移行債の用途の1つに資源循環が位置づけられることになったが、現状はエネルギーと資源循環政策の融合は緒に就いたばかりであり、第7次エネルギー基本計画の中で明確に位置づけることが重要だ。本コラムではこの「CN×CE融合」をテーマとして詳述する。

年1兆円の付加価値還流をもたらす政策融合効果

重要なのはCN・CE融合の相乗効果を具体的に把握し、他対策と比較した優先順位を明確にすることだろう。当社は2050年に向けて、現状維持ケース(BAU※4)、カーボンニュートラルを目指すケース(CN)、カーボンニュートラルに加えサーキュラーエコノミーを実現するケース(CN×CE)の3つのシナリオを想定し、エネルギー需給モデルを用いてその違いを分析した(図3)。その結果、(1)エネルギー・経済安全保障の向上、(2)脱炭素化対策費用減少、(3)国内への付加価値還流、といった面での意義が浮かび上がってきた。
図3 2050年脱炭素化に向けた3つの想定シナリオ
図3画像
注:欧州委員会、IPCC、RITEなどの各種文献より設定。

三菱総合研究所作成

(1)エネルギー・経済安全保障の向上

図4は3ケースでの1次エネルギー供給とエネルギー自給率を示したものである。CN×CEケースでは、プラスチックをはじめとした石油製品の再利用や、水素・バイオマス・SAF※5などの利用が進むことなどにより化石燃料輸入量の減少につながっている。また、脱炭素化に伴い、太陽光・風力といった変動電源が増加することや、車両の電動化が進むことで系統用や車載用の蓄電池のニーズが今後大きく高まる。現在主流のリチウムイオン電池に用いられるリチウム、コバルト、ニッケルといった元素は枯渇・偏在といった問題が存在する。金属資源のリサイクルは経済安全保障上のリスク緩和にもつながる。
図4 試算結果:1次エネルギー供給・エネルギー自給率
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三菱総合研究所作成

(2)脱炭素化対策費用の減少

図5はCNケースとCN×CEケースにおける限界削減費用曲線※6を示している。横軸には2050年時点でのGHG削減率が示されており、より多く削減するほどより多くの対策費用が必要にとなっている。他方、CNケースとCN×CEケースを比較すると、後者の方が低い位置にあり、政策融合に伴う限界削減費用の減少が見てとれる。特に90から100%削減にかけては、大気からのCO2回収(DAC)など高コストな対策導入が不可欠になるため限界削減費用の上昇が大きい。国内対策だけで100%削減を目指すのかという論点もあるが、いずれにせよ資源循環を組み合わせることで対策費用の減少が期待できる。
図5 試算結果:限界削減費用
図5画像
三菱総合研究所作成

(3)国内への付加価値還流

最後に国内への付加価値還流について触れたい。日本は多くの原燃料を海外からの輸入に頼っているが、資源循環により輸入量の削減が期待できる。例えば鉄スクラップの輸出分を国内電炉で粗鋼原料として利用する、プラスチックや繊維で焼却処理していたものを原料として再利用することで、鉄鉱石、原料炭、ナフサ、衣服などの輸入量が減少する。これらの付加価値還流は合計すると年間約1兆円規模のポテンシャルを有しており、国内経済への好影響が期待される。

個別最適の壁を越えられるか

このような効果が期待できるにもかかわらず、また、一部の対策では社会費用で見た場合は経済合理的であるにもかかわらず、なぜ現状ではCNとCEの融合が進んでいないのか。

その答えの1つが、各プレイヤーの個別最適の問題だ。図6はプラスチック素材(マテリアルリサイクル)を例に資源循環の有無を単純化して図示したものだ。先ほど触れたように資源循環進展により、ナフサの輸入量が減り日本全体の社会費用は減少し、温室効果ガスの排出量が削減される。しかしながら、例えばプラスチックユーザーからすると焼却処理から再生利用に移ることによって費用増になってしまい、循環推進のインセンティブがない。むしろ資源循環を取り入れないことが短期的な費用を最小化する「個別最適」な選択になってしまう。

第7次エネルギー基本計画では、資源循環施策を脱炭素化施策に組み込むことで、上記のような個別最適の壁を破ることが必須だ。企業が直面するCNとCEのトレードオフの最適点はどこなのか? 業界の壁を超えた情報連携の絵姿は? 対策に係るコストの負担の在り方は? ──実現のための具体方策について「インサイト」にて提言する。
図6 CNとCEの融合を阻む個別最適の構造
(プラスチック素材・マテリアルリサイクルでのイメージ図)
図6画像
三菱総合研究所作成

※1:国が決定する貢献(NDC: Nationally Determined Contribution)。

※2:OCCTOの発表する電力需要は流通需要であり、住宅用太陽光などの自家消費が増えると減少することになる。(真の電力需要は減少していないが、電力流通設備を流れる需要は減少。)

※3:カーボンニュートラル資源立国実現に向けて(MRIマンスリーレビュー2023年2月号 特集1)

※4:Business As Usualの略。気候変動において、特に対策を実施しなかったシナリオを指す。

※5:Sustainable Aviation Fuelの略。持続可能な航空燃料。

※6:GHG(温室効果ガス)の排出を1単位量削減するのに必要な費用を限界削減費用と呼ぶ。限界削減費用曲線とは、図5のように限界費用と排出削減の関係をグラフ化した曲線を指す。

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