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バイデン政権発足から100日を経て:気候変動対策を振り返る

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2021.6.8

サステナビリティ本部山口建一郎

高橋尚子

環境・エネルギートピックス
米国の大統領にとって、就任後100日目が最初の評価ポイントと言われる。就任直後の熱狂も薄れ、また閣僚などの体制が固まるためであろう。バイデン政権も2021年4月29日に発足から100日を迎えた。気候変動対策の観点からこれまでの政権の対応を振り返り、今後の展望について考察する。

積極的な気候変動対策への期待

2020年11月の選挙で勝利したバイデン政権は、「2050年までに温室効果ガスの実質排出ゼロを達成する」ことを公約の1つとするなど気候変動対策に積極的である。大統領就任初日にパリ協定に再加入し、脱炭素化に向けて劇的に政策を転換するのではないかという期待を抱かせた。

これに対し、議会と最高裁判所の保守共和党勢力が障壁になるだろうと想定された※1。しかし、2021年1月に行われたジョージア州上院選挙で現職の共和党議員2人が共に敗れ、上院の構成は民主党と共和党が50人ずつとなった。上院の議決が同数の場合には、議長である副大統領が1票を投じるため、両党同数は民主党多数と同義である。つまり、気候変動対策に積極的な与党民主党が上下院で多数派となったことで障壁の1つが取り除かれたようにも思われ、気候変動対策の積極策への転換に対する期待はより一層高まった。

連邦政府の立法プロセスに基づく気候変動対策の限界

ただし、依然として立法プロセス上の制約は残る。米国上院では、全議員の5分の3の同意を得ない限り、議事を中断できるというフィリバスター(議事妨害)が規則上認められている。フィリバスターが適用されない立法プロセスもあるが、その場合でも民主党票の全てを獲得しないと上院で過半数に達しないため、全ての民主党議員がキャスティングボートを握ることになる。雇用促進・経済復興などと比べて気候変動対策は民主党内でも見解が多様であり、党内が一枚岩とならないことも想定される※2。従って、議会で成立する気候変動対策法案は、極めて微妙な利害関係の調整に基づくものに限られることになろう※3※4

以上を考慮すると、バイデン政権の気候変動対策は議会での決議を必要としない行政的な措置を中心としたものにとどまる可能性が高い。バイデン政権によるパリ協定への復帰は議会審議を経ない行政的な手続きであった。また、パリ協定に基づき米国が提出した国家目標(NDC)※5には「2030年までに温室効果ガスを2005年比50~52%削減」という数値目標が記載されており、併せて2050年までにネットゼロ排出とすることにも言及している。ただしここに示されている対策は、自動車燃費などの基準や脱炭素電源などに関する支援といった行政的手段に限定されており、全米規模での排出量取引制度や炭素税といった、議会での立法プロセスが必要な政策は明記されていない。加えて、現状の最高裁判所では共和党政権により任命された保守派裁判官が圧倒的多数を占める状況にあり、上記の行政的な措置すら裁判所の判断によって覆る可能性がある。

多様なアプローチによる気候変動対策の進展

一方、米国の気候変動対策は、連邦政府の立法プロセスによらない、さまざまなアプローチでの進展をみせている。

はじめに、各州政府による独自の気候変動対策の進展が挙げられる。例えば、人口約4,000万人の最大州であるカリフォルニア州は、2030年の温室効果ガス排出量を1990年比40%減とする大幅な削減目標を掲げており、排出量取引などの独自の気候変動対策を実施している。

また、産業界も気候変動対策に積極的な動きがある。例えば、企業に温室効果ガス排出削減目標設定を求めるScience-Based Targets(SBT)イニシアティブには多くの米国企業が参加し、バリューチェーン全体の温室効果ガス排出量の削減対策などに取り組んでいる。

さらに、世界的な潮流として気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)の提言に基づき、企業が気候変動対策に関する情報開示を積極的に行うようになっている。米国国内でもTCFDに賛同している企業数は急増しており、今年に入り米国証券取引委員会(SEC)も専門のタスクフォースを創設し、気候変動やESGに関する企業情報開示の在り方について検討を進めている。

何よりもバイデン政権が、政権発足直後から諸外国と協調して気候変動対策に積極的に取り組む姿勢を示したことは、国際社会からの信頼回復という点で大きな意義を持ち、全世界的な気候変動対策の進展に弾みをつけるものとなっている。バイデン大統領が就任初日にパリ協定復帰を宣言し、就任1週間後に出した行政指令※6により米国主催の気候サミット(Leaders' Summit on Climate)が開催されたことが、2030年までの温室効果ガス排出削減目標を2013年比46%減とする日本の政策目標の引き上げを導出したとも言える。

以上に示したとおり、バイデン政権における気候変動対策は、連邦政府の立法プロセスを経ずにさまざまなアプローチを通じて対策実施へ向けた国際的な機運を醸成していると言える。バイデン政権は今後も積極的な気候変動対策への取り組みを進める姿勢を崩していないことから、引き続き気候変動交渉の場での米国のリーダーシップを回復し、企業の脱炭素化への動きを進める意向があるものと考えられる。
三菱総合研究所は、米国をはじめ急速に展開する国内外の気候変動対策の動向を適時に把握した上で、脱炭素へ向けた諸対策の調査・提言を行っている。加えて、TCFDやSBT対応など、民間企業の気候変動対応コンサルティングの実績を重ねている。最新の国際潮流把握、脱炭素対策やノウハウに対する知見の蓄積、国内外ステークホルダーとの幅広いネットワークを武器に、政府機関、民間企業による脱炭素・カーボンニュートラルへの転換を支えていきたい。

※1:環境・エネルギートピックス「2020年米国大統領選挙が気候変動対策に与える影響」(2020年11月18日)

※2:例えば民主党議員の中で、産炭州ウェストバージニア州選出のマンチン上院議員は化石燃料を許容する「現実的な」気候変動対策を志向しており、急激な脱炭素政策に反対する可能性が高いと想定される。
マンチン上院議員のウェブサイト 
https://www.manchin.senate.gov/about/issues/energy(閲覧日:2021年5月19日)

※3:フィリバスターが適用されず、単純過半数で可決される議事の1つが財政調整措置である。バイデン政権の最初の成果である1.9兆ドルの新型コロナウイルス対策パッケージ「米国救済計画法」はこの規則を適用して成立したが、上院での議決は50対49で、民主党議員は全員賛成、共和党議員は欠席1人以外は全員反対であった。なお下院では賛成220(全て民主党議員)、反対211(共和党議員全員と民主党議員1人)であり、両党間の溝の深さを象徴している。

※4:バイデン政権同様に進歩的な気候変動対策を掲げ、バイデン氏以上に議会の支持を得ていたオバマ政権においても、連邦政府による気候変動対策が顕著に進まなかったことは記憶に新しい。オバマ政権と比較すると、バイデン政権の民主党の議会での優位はわずかであり、2022年11月に開催予定の中間選挙での共和党の巻き返しが懸念される中、積極的な気候変動対策には慎重にならざるを得ない。

※5:米国を含む各国のNDCは気候変動枠組条約事務局の関連ページよりダウンロードが可能である。
https://www4.unfccc.int/sites/NDCStaging/Pages/All.aspx(閲覧日:2021年5月17日)

※6:行政指令14008号(Executive Order on Tackling the Climate Crisis at Home and Abroad)
https://www.whitehouse.gov/briefing-room/presidential-actions/2021/01/27/executive-order-on-tackling-the-climate-crisis-at-home-and-abroad/(閲覧日:2021年5月21日)