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第四次産業革命⑤ -AI・ロボット・IoEが生み出す5つの変革- 人と技術は共進化

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2017.5.16

地域創生事業本部 主席研究員白戸智

経済・社会・技術

機械による労働代替の実現時期は?

AI(人工知能)・ロボットの社会影響を語るとき、多くの人が思い浮かべるのは、英国オックスフォード大学マイケル・A・オズボーン准教授の労働代替予測であろう。AI・ロボットは、現在の単純労働者の仕事を奪い、街には失業者があふれる。産業が生み出す富は、AI・ロボットに投資をする投資家に集中し、国家間、国家内で貧富の差が拡大し、その対策としてベーシック・インカムなどの新たな富の分配施策が必要となる。これが一つの未来予測シナリオである。
 オズボーンの、単純労働からの代替は、一面の真実であろう。既に米国において、ファストフードの注文の機械化などに代表されるような、「絵に描いたような」労働代替が始まっている。しかしながら、機械による完全な労働代替、いわゆるシンギュラリティ(技術特異点)が実現するまでには、技術的に見る限りはまだかなりの時間を要する。
 代替が徐々に浸透していく期間は、おそらくもう少し複雑な過程をたどる。例えば、機械による労働代替が進んでも人間同士のコミュニケーションは代替が難しい分野であり、対人サービスを伴う仕事において、人が果たす役割が、高度なコミュニケーションを伴う“付加価値型サービス”にシフトするだろう。また、ICTの力で十分なデータが得られるようになったホワイトカラーや研究者は、それを使ったよりクリエイティブな仕事にシフトしていくことだろう。
 さらに、第一次産業革命では、工場労働者という新たな就労形態が生まれ、産業革命によって失われる職業もある一方で、トータルでは雇用は大きく増大した。第四次産業革命でも、これまでに無い産業・職業は当然生まれてくるはずだが、それらはまだ姿を見せていない。本コラム後半でも幾つかの新たな産業の例を予想したが、現時点で全ての新たな産業を予測するのは不可能である。
 こうした労働と産業構造という二つの面の変化を考えれば、現段階では一概に労働代替による悲観的な予測ばかりを先行させるのは、やや偏った見方といえるだろう。当面進むのは、条件が整ったところからの虫食い的な労働代替と、それを避けるように進む人間の仕事の高度化、新たな産業の登場による雇用創造であり、これらが渾然一体に進む世の中を想定する必要がある。企業・産業の新陳代謝(入れ替わり)に対する社会的な備え、将来の雇用変化に対応できる教育制度などを整えつつ、新たな時代に適応する必要がある。

AI・ロボット・IoEによる社会変革の5つの視点

AI・ロボット・IoEが社会に与える影響は、産業、雇用面だけにとどまらない。第四次産業革命で製品・サービスは、より個人の生活に寄り添ったものとなる。好きなところで働けるようになったり、高齢者や身障者の「動けない」「見えない」「聞こえない」などのたくさんの「ない」の解消にも大きな力となるはずである。これらは個人の生活の質(QOL)の向上につながる。
 AI・ロボット・IoEのもたらす社会影響シナリオについては、「①人間の代替」「②人間と機械の協調」「③人間の能力の拡張」「④人間の活動空間拡大」「⑤新たなリスクへの対応」の5つの視点が想定される。
 ②~④はいずれも、人間の可能性を広げるプラスの側面の影響である。⑤については、新たな技術が既存のリスクを低減するプラスの側面と、新たな技術が新たな脅威をもたらすマイナスの側面の両方を有している。上記5つの視点に沿って、AI・ロボット・IoEという新技術と、人間との関係を俯瞰しておこう。
図1 AI・ロボット・IoEの社会影響を考える5つの視点
図1 AI・ロボット・IoEの社会影響を考える5つの視点
出所:三菱総合研究所

① 人間の代替

機械による人間の代替は、これまでよく指摘されている領域である。工場労働者や販売員などの、いわゆる単純労働の領域の代替が早いといわれていたが、近年の急激な技術進歩により自動車ドライバー等も代替候補となってきている。工場などと異なり現場ごとに環境が異なるため代替が難しいといわれてきた、建設、農業、介護などの分野でも、徐々に機械で代替可能なケースが増加している。
 これらの職業は、現在多くの雇用を吸収しており、機械による労働代替が実現した場合には、雇用に深刻な影響を与える可能性もある。一方で、現在の工場労働、建設、農業、介護等は、3K(きつい、汚い、危険)であるとして若者に嫌われる側面も有しており、今後2030年に向けては雇用の確保が課題となる。機械による代替は正負の側面を有していると考えるべきであろう。
 急速に進みつつある高齢化・人口減少を考えれば、日本にとっては、第四次産業革命による雇用減少は、当面メリットの方が大きい可能性がある。
 完全なるシンギュラリティが実現され労働が全面的に代替される日が訪れるとすれば、まったく新たな世の中の仕組みが必要になるかもしれないが、それまでは、社会として産業構造変革を必然と受け止め、円滑な労働移動を図るなど、適切な対応をしていくことが求められる。
図2 視点1:人間の代替
図2 視点1:人間の代替
出所:三菱総合研究所

② 人間と機械の協調

シンギュラリティがすぐに実現しないのであれば、当面は人間と機械の協調の期間が続くこととなる。
 こうした協調は既に実現している分野もある。法律関係の業務で過去の判例等をAIが検索したり、医療の診断時に可能性の高い病名の候補をAIが提示したりといった使い方では、事実上無限の記憶容量と、先入観に依らず、かつ高速な検索能力を持つAIの特性がよく活かされる。医療に関しては、例えば画像診断などでも、AIによる診断の方が医師による判断を正確性で上回ることもあるが、その場合でも、顧客とのコミュニケーションを含めた総合的技量が要求される医師がAIに取って代わられるわけではない。
 日本の企業に多い総合職のホワイトカラーの業務も、機械との協調で変革されていく可能性が高い。これまでのホワイトカラーの労働時間の多くを占める業務資料の作成が機械化されることにより、その時間を企画、判断などの、より高度な業務に振り分けることができる。
 製造業などの業務も変化する。例えばBtoC製造業では、顧客の購入履歴、SNSでの発信、対象商品以外の消費性向などのビッグデータをAIで分析することにより、これまで以上に顧客と密接な関係を構築し、それに基づいた製品開発が実現する。これを受けた製造プロセスも、製造・流通に関するあらゆるデータが連続的に取得され、解析されることにより、生産の効率性やコストを大幅に改善することが可能となる。
 人間と機械の協調は、多様な分野での労働生産性改善とともに、顧客満足度の上昇などを通じて生活の質(QOL)の向上にも貢献する。
図3 視点2:人間と機械の協調
図3 視点2:人間と機械の協調
出所:三菱総合研究所

③ 人間の能力の拡張

AI・ロボット・IoEを人間の能力の拡張に使う用途も、期待される分野である。
 例えば、製造業における組付け作業や、設備産業における施設点検等の際に、眼鏡型のウェアラブル機器で作業指示や図面等を対象物と重ねて投影することにより、複雑な作業を間違いなく実施できる。また、製造現場において、これまでは無人化が大きな流れだったが、今後、顧客のニーズを入れたカスタマイズ生産が拡大すれば、機械の効率性と人の手による微妙な感覚が融合した製品づくりなども期待される。
 人の生活の中で求められるさまざまな判断にも新技術が貢献する。Pepper(ペッパー)などのロボットは今後家庭での普及が進み、家族のよき相談役となるだろう。スマホに代わる新世代の携帯端末やウェアラブル機器が日常生活に寄り添うことで取得したデータをもとに、家族の好みに沿った生活提案等を行う、コンシェルジュ的な機能も進化していく。
 人間の身体能力の拡張にも、新技術が貢献すると期待される。AIが小型化されれば、補聴器、老眼鏡など身近な器具の機能向上も期待できるし、HAL(Hybrid Assistive Limb)などで実用化されている歩行支援ロボットは今後軽量化、装着感の向上、コスト低減が進み、高齢者、身障者の日常生活支援で大きな役割を果たすだろう。脳研究の進展しだいでは、記憶の領域でも機械による支援が受けられ、認知症患者のQOL向上などにも貢献できる可能性がある。
 スポーツも多様化していく。これまでのスポーツの枠を超えた新たなスポーツ・アクティビティも出現し、体を動かすことへの興味を新技術が加速することで、先進国共通の大きな課題である生活習慣病の改善にもつながっていく。
図4 視点3:人間の能力の拡張
図4 視点3:人間の能力の拡張
出所:三菱総合研究所

④ 人間の活動空間拡大

2016年の夏、ポケモンGOが世間の注目を集めた。VR(仮想現実:Virtual Reality(バーチャル・リアリティ))機能搭載のPlayStation(プレイステーション)発売なども含めて、“VR元年”という呼び方も広まっている。
 VRは人が仮想の空間の中で活動しているように感じる技術であり、類似したものではAR(拡張現実:Augmented Reality(アーグメンテッド・リアリティ))があるが、こちらは現実空間の画像に文字や仮想的な画像等を重ねたものである。前者はゲーム等の用途で開発が進み、後者は産業用などでの開発が多かったが、3Dコンピューターグラフィックス(CG)の解像度があがり、実画像との差が小さくなるにつれて両者の境界はあいまいになりつつある(ここでは両者を一体的にVR技術として扱う)。
 VR技術の進展に伴い、既にバーチャル・ショールームやバーチャル美術館が実現している。関連機器の価格低下、ウェアラブルデバイスの進化等が進んでいくと、日常生活の多くの場面が、VRで代替可能となる。現在のテレビ会議はVR技術を活用したものとなり、観光等もVRで多くのことが体験できるようになる。90年代の 「SecondLife」(セカンドライフ)」のようなコミュニティスペースも新技術でのグレードアップが実現するだろう。2030年ないしその10年後くらいには、仮想現実の空間は現実空間と同じような規模に成長し、その中だけで生活する人々の出現も予想される。
 一方、一昨年2015年はApple Watchの出現などをもって、ウェアラブル元年とする声もあった。ウェアラブル機器の出現は、見方を変えれば人の生活と一体となった記録機器の出現である。運動、購買、コミュニケーションなどの人生の全てが記録(ライフログ)される世の中になったのである。Googleなどの企業はこうした記録をマーケティング・広告などに活用しているが、これからは個人がこうした記録を積極的に活用する時代になる。ライフログは個人の委託のもと、企業に蓄積され、個人に対してはコンシェルジュ・サービスなどの提供、企業に対してはユーザー・エクスペリエンスに基づく製品開発やマーケティングの原資となる。仮想空間上ではライフログデータに基づく故人の存続も可能となる。人類は過去にさかのぼった「記憶空間」という、もう一つの活動空間も手に入れることになるのである。
図5 視点4:人間の活動空間の拡大
図5 視点4:人間の活動空間の拡大
出所:三菱総合研究所

⑤ 新たなリスクへの対応

犯罪や交通事故の減少にもかかわらず、テロ・リスクや異常気象など、日常生活で感じるリスクは日々高まっている。これに対し、例えば防犯カメラ画像のAIによるリアルタイム解析、ドローンによる災害被害状況の調査など、新技術が新たな対策を提供している。トリリオンセンサー(起業家のJ. Brysek氏が予言する、毎年1兆個のセンサーが生み出され活用される世界)が実現すれば、都市内の常時監視や、災害時のリアルタイム対応が可能となるだろう。
 一方で、こうした新技術が新たなリスクも生み出す。防犯カメラは安全を提供する一方で、個人のプライバシーの侵害にもつながる。全てのものをつなぐIoEは、いったんそれが故障した場合には予測不能な機能障害をもたらす。AIやロボットの反乱、という古典的なテーマについても、完全な絵空事といっていいのか、専門家の意見は分かれている。
 新しい技術は、既存のリスクに新しいソリューションをもたらすのと同時に、以前よりさらに複雑な新しいリスクを追加する。
 こうした新しいリスクに対する対策も、また新しい技術を使ったものとなるだろう。現実空間、情報空間、仮想空間、記憶空間など、人間の活動領域が拡大し、また、それぞれの活動領域が融合していく。新時代のセキュリティは、これらの空間を総合的にカバーするものとなっていく。物理的なセキュリティサービスと、情報セキュリティサービス、プライバシー保護などが融合し、個人や企業に対するセキュリティサービスは、今よりさらに重要性を増していく。
図6 視点5:新たなリスクへの対応
図6 視点5:新たなリスクへの対応
出所:三菱総合研究所