マンスリーレビュー

2017年9月号特集スマートシティ・モビリティヘルスケア

民間起点で地方創生の推進を

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2017.9.1
スマートシティ・モビリティ

POINT

  • 地方創生の持続的推進の決め手は「仕事づくり」。
  • 地元企業の働き方改革、新事業展開が雇用を創出する例もみられる。
  • 民間の未来志向、地域視点、ビジネス感覚が地方創生を成功に導く。

1.地方創生の決め手は「仕事づくり」

2014年12月、わが国の人口急減・超高齢化に政府一体となって取り組み、自律的で持続的な地域社会を創生することを目指す「まち・ひと・しごと創生法」が施行された。こうした国のビジョンと戦略に基づき、各地方公共団体でも2060年を展望した人口ビジョンと当面5年間の目標や施策をまとめた「地方版総合戦略」を策定、全国各地で地域の実情に沿った地域性のある事業の展開を目指している。

とはいえ、出生率向上をはじめ人口問題対策は短期的に目に見える効果を期待できるものではない。地方の人口減少が地域経済の縮小を招き、それが人口減少を一層進行させるという「負のスパイラル」に歯止めをかけるには、まず地方定住、すなわちいま住んでいる人の地方離れを防ぐことが必要である。

地方定住の主役、既に地方に住む現役世代と次代を担う若者の定住に欠かせないのが、生活の基盤となる「仕事」であることは言うまでもない。働き甲斐のある仕事があり、暮らし続けたいと思える住みよい環境があれば、外からの転入も期待できる。つまり、人は「仕事」で住む場所を決める、「仕事」が人を動かす。2014年から動き出した「まち・ひと・しごと」創生を持続的に推進するための決め手は、各地域での「仕事づくり」であるといっても過言ではない(図1)。
[図1]「まち・ひと・しごと」創生は、仕事づくりで持続的な推進へ

2.暮らしの基盤となり働きがいのある仕事づくりへの取り組み

地元企業が仕事をつくり、地方定住・移住を実現する事例もみられる。

●長野県飯田市——地域密着の中核企業などが地元雇用を支え、産業集積を拡大

飯田市には製造業が集積しているが、その中でも同市出身者が創業したセンサーやモーター、航空宇宙防衛関連の精密機器などの生産と開発を行う多摩川精機は、かねてより地域振興、地域密着を掲げて海外不進出宣言をするなど地域の経済、雇用を支えてきた。同社は戦前、東京でモーター製造に着手したが、その4年後には飯田工場を開設、以降は従業員を次々に独立させて協力会社としている。創業目的である農業中心の郷里発展に向けて、地元の精密機械工業の振興を推進してきた。

2006年には飯田の次世代産業として航空宇宙産業への展開を掲げた「飯田航空宇宙プロジェクト」を立ち上げ、市内および近隣38社の機械加工企業と共に共同受注、品質保証システム構築、難削・難加工などに取り組んできている。さらに関係者の一層の底上げを目指して高度技術者の育成、新たな研究開発に対する支援、試験・評価機能の強化に対応する環境整備を進めるため、市内に信州大学と共同研究講座を開設するなど「知の拠点」を形成し、新産業の育成を牽引している。

●宮崎県宮崎市——地元ICTベンチャーが雇用拡大を推進

2007年に宮崎市で設立されたeコマースのベンチャー企業のアラタナは「宮崎に1000人の雇用をつくる」ことを経営理念に掲げて事業を展開しており、設立10年で従業員は130人に達している。

同社は市内の企業集積推進・次世代育成にも取り組んでおり、「宮崎IT3000」という人材誘致プロジェクト(宮崎市内にICT関連従業者を3000人増やそうという取り組み)も主導している。

宮崎市では県や市が企業誘致を進めてきたところ、空港の近さ、物価・賃料の安さ、人材確保のしやすさなどが評価され、アラタナはじめデルやGMOインターネット、AKMテクノロジといったICT関連企業の集積が進展し、10年間で1700人もの雇用が創出された。サーフィンなど宮崎でしかできない暮らしを求めるUターン者も集め、宮崎市内だけでなく通勤圏内の周辺市町にも若者、子育て世代が増加している。こうした中で、アラタナをはじめ、成長分野における新たな企業集積がさらなる発展を目指して取り組んでいる。

●徳島県神山町——交流推進の地元NPOが地域に必要なビジネスを誘致

徳島駅から車で40分ほどの山間に位置する人口5000人の神山町では、1999年より地元の団体が国内外から募集した芸術家が滞在制作を行うアーティスト・イン・レジデンスに取り組んできた。この団体は、2004年に「創造的過疎による持続可能な地域づくり」を掲げるNPO法人グリーンバレーを設立し、2007年から徳島県の移住交流支援センターの運営を受託した。そこで、同町が必要とする働き手や起業者(パン屋、ウェブデザイナーなど)を公募する移住支援サービス「ワーク・イン・レジデンス」や、空き店舗をリノベーションして移住者に賃貸するプログラム「空家町屋」を立ち上げた。光ファイバー網も整っていたことから東京の名刺管理サービス企業であるSansanのサテライトオフィス開設を皮切りにプラットイーズやダンクソフト、キネトスコープ社など10社を超えるIT企業、映像制作会社などが続々と進出し、地元雇用も生まれてきている。さらにコワーキングスペースも整備され、クリエイターの交流が集積を拡大している。単に移住をというのではなく、仕事や事業活動ありきで人を集めている点が特徴的である。

●石川県輪島市——福祉のまちづくりを進める事業者が必要人材を誘致

社会福祉法人佛子園は「シェア金沢」や廃寺を活用した「西圓寺」など石川県内を中心に高齢者も子供も障がい者も分け隔てなく暮らせる福祉のまちづくりを進めてきた。高齢化や中心市街地の空き家問題を抱える輪島市からの相談に応じる形で、生涯活躍のまち「輪島カブーレ」の事業化にも取り組んでいる。

佛子園では同事業の実施にあたり、健康づくり、子育て・青少年育成、農業などの専門分野の必要人材を公募、採用している。例えば健康づくり分野では、社会福祉士、社会福祉主事、看護師、栄養士、フィットネス関連トレーナーなどが対象となっている。

「生涯活躍のまち」はアクティブシニアの地方移住促進策として多くの自治体で取り組まれているが、まちづくりを進める事業者が居住者の募集に先立って必要な専門人材を広く募集、誘致している点が特徴的である。

3.民間主導だからできた「仕事づくり」のポイント

これらの事例では、いずれも民間が主体となって雇用を創出し、地方定住・移住に取り組んでいる点が共通している。自治体起点・ひと起点の発想を転換し、民間起点・しごと起点に基づく取り組みは、他地域にも適用できる可能性が高い。

(1) 必要な「仕事/職能」で人材を募集する

神山町のワーク・イン・レジデンスも輪島市の「生涯活躍のまち」も共に、地元が求めている人材を募ったものである。多くの定住促進の場合、移住者ありきで、その移住者が就ける仕事を探すという順番であるが、これらの事例では、地域に必要な看護師、栄養士、ウェブデザイナー、パン職人という人材を募っている。

現在、担い手不足が大きな課題となり、超高齢社会に向けた地域づくりが必要となっている中で、地域の将来の産業、生活に必要な人材を呼び込んでいる。民間だからこそ、こうした求人活動を、共に暮らし働くパートナーの募集として進めることができた。

(2)「働き方改革」を実践する

宮崎市や神山町に見られるように、地方を新たな活躍の場としているICT系の企業やクリエイターの例が目立つ。神山町のサテライトオフィスは、都会にはない就業環境(例えば時間的な制約からの解放)を提供することで従業員の創造性発揮を支援している。加えて、コワーキングスペースは、クリエイター同士の交流を盛んにし集積形成を促進している。宮崎市や神山町でも通勤時間の短縮により家族と過ごす時間が増えたことが喜ばれている。

起業家だけでなく、クリエイターなど専門的技術者を抱えた企業にとって、より高いQOLの実現を図る働き方改革を進める上で、こうした地方での勤務は有効である。

(3)「地域企業が連携」して持続的発展、イノベーションに挑戦する

飯田市や宮崎市の例では、地元企業が自ら当地での事業継続宣言とともに、地域内の他企業を巻き込む形で持続的な発展に向け共有しうる事業展開の目標を掲げ、「この指とまれ」方式の研究開発、人材育成などによってイノベーションへのチャレンジが進められている。

行政が掲げる産業振興ビジョンとは異なり、地域企業各社が主体的に取り組むことで、その実効性が高まっている。
[図2]民間主導だからできた「仕事づくり」のポイント

4.民間起点の「未来を拓く仕事づくり」で地方創生の持続的推進を

ご紹介した事例は、いずれも地域に根差して事業を展開する民間主体の取り組みが大きなエンジンとなっている。そこに共通するのは技術革新や社会課題に対応して未来を拓く仕事を創り、個性ある地域の姿と暮らしに結びつける視点である。それを個社に閉じることなく地域ぐるみで推進している点も注目される。何よりも、ビジネスとして成り立つことが前提となった取り組みであり、持続性も期待できる。

地域に新たなパワーをもたらす仕事、豊かな暮らしが実現すれば、若い人たちにとっても将来を共にするに相応しい働き甲斐がある職場となり地域となることは間違いない。それを地元に根差す企業が未来志向で率先・行動することがポイント。真に持続的な地方創生には、民間がエンジンとなることが必要かつ有効である。

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