マンスリーレビュー

2018年8月号特集スマートシティ・モビリティ

誰もが「利用できる」から「利用したくなる」公共施設へ

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2018.8.1
スマートシティ・モビリティ

POINT

  • PPP・PFI導入により利用者満足度を高める公共施設が増加。
  • 「公共施設ならではの体験価値」を提供する第三世代の施設も出現。
  • 第三世代への進化の鍵は「コンセッション」と「技術イノベーション」。

1.利用者満足度を高める公共施設が増加

着実に進行する人口減少・少子高齢化を背景に、国・地方の財政は厳しい状況が続く。他方、高度経済成長期に整備した公共施設が更新時期を迎えており、国・地方自治体は、対応するための予算の確保に日々苦心している。このような状況を見越し、約20年前の1999年に「民間の資金・経営能力・技術的能力の活用により、効率的・効果的に社会資本を整備し、国民に低廉・良好なサービスを提供」することを目的としたPPP・PFI制度が導入された。これに伴いさまざまな分野の公共施設などの整備・運用に民間企業のリソースやノウハウが活用されるようになり、2016年度までに累計で609事業、契約額で5.4兆円に到達している。

従来の公共施設では、誰もが「利用できる」ように、「低料金」「バリアフリー化」「アクセスしやすい場所への立地」など、利用者の公平性に配慮した整備・運営を優先してきた。これに対し、PPP・PFIを導入した公共施設では、従来の公共施設において不足していた、利用者の利便性・快適性を重視した整備・運営が行われている。具体的には、公共施設に本来期待される機能に、「利用者のさまざまな要望に応えるためのサービスの充実」「利用者が楽しく過ごせるためのエンターテインメント性向上」などの付加価値を加え、利用者の満足度を高める工夫を凝らした施設が増えている。ここでは、代表的な事例を二つ紹介する。

【事例1】天王寺公園エントランスエリア「てんしば」(大阪市)

大阪市は、市が所有する天王寺公園のエントランスエリアにある公園「てんしば」を対象に、都市公園法に基づき公園施設の設置、管理を行う事業者として民間企業の近鉄不動産(株)を選定し、2015年に民間企業による整備・維持管理・運営が開始されている。同社は、公園中央に芝生広場を整備するとともに、その周囲に配置した商業用区画の賃貸収入によって公園に掛かる一切の費用を賄っている。これにより、大阪市の費用負担を削減できたことに加え、来園者の多くが利用するカフェやレストランのほか、「ペット連れの来園者が気軽に立ち寄れるペットショップ」「子供連れの来園者向けの幼児玩具メーカーが運営する遊び場」など、多様な要望に応える店舗を立地させることができた。この結果、同園の年間来園者(2015年10月~2016年9月)は425万人に達している。

【事例2】農林公園ろまんちっく村(宇都宮市)

宇都宮市は、農林業への理解を深め、食文化や健康づくりに親しむ施設として農林公園を1996年に開園し、2008年よりこの施設の指定管理者として民間企業の(株)ファーマーズフォレストを選定した。同社は、県産食材を使ったさまざまな料理を提供するレストランなどの運営を始めるとともに、「ファーミングエンターテインメント」と銘打ち、遊びながら農業を体験できるアクティビティの提供を開始した。従来の施設でも行っていた飲食サービスや農林業体験に「ここでしか味わえない地元の新鮮な食材」「楽しみながらできる体験農業」などの要素を加え、利用者の満足度を高めることに成功した。この結果、来園者は年々増加し、2017年には年間145万人(併設の道の駅含む)を超えた。

2.第三世代の公共施設に求められる体験価値

PPP・PFIの普及は、誰もが「利用できる」ことを目指した公共施設(第一世代)から、利用者の「満足度を高める」ことを目指す公共施設(第二世代)への移行を後押しすることとなった。他方、民間施設は、利用者の満足度を高めるだけではなく、その先を目指している。民間施設では、多様化する利用者のニーズ・価値観を受け止め、集客力を向上するために、さまざまなサービスを複合的に提供する施設形態(複合施設)が主流となっている。さらに、民間の商業施設では、複合施設で提供する商品・サービスを効率的に販売する「モノ消費」だけでなく、そこでしか体験できない「コト消費」と商品・サービスを結びつけることにより、集客力を拡大している。

公共施設においても、利用者の利便性向上を意図した「公共施設の複合化」「公共施設内への商業施設の併設」などが行われてきた。しかし、前段の民間企業のような取り組みは限られている。民間企業における「コト消費」を活かした集客ノウハウを公共施設に取り込むことによって、誰もが「利用したい」と思う公共施設、いわば「第三世代」の公共施設を作り出すことができるのではないか(表1)。

というのも、公共施設には、民間施設が通常扱わないコンテンツに特化した施設(博物館・歴史的文化財・科学館など)があるためである。これらの施設は、民間単独では提供できない、公共施設独自の体験価値を提供できる可能性を秘めている。このポテンシャルを再認識し、官・民それぞれの強みを活かした連携を実現できれば、第三世代の公共施設を生み出すことができるはずである。また、公共施設独自の体験価値を享受する人から追加料金を徴収し、誰もが利用できる部分(第一世代の機能)の運営に充てることができれば、公共施設の本来機能の持続可能性が高まる。

このような官民連携を加速化させるドライバーと考えられるのが、「コンセッションの導入」と「IoTなどの新技術」である。
[表1]民間活力の導入による公共施設の進化

3.民間による自由なサービス設定に有効なコンセッション方式

従来のPPP・PFIとコンセッション方式の違いは、公共施設の運営主体が官か民かという点である。従来のPPP・PFIでは、運営主体が国・地方自治体であるため、公共施設の運営に民間企業のノウハウを取り込めるものの、あらかじめ合意した運営内容を変更するためには、国・地方自治体との協議が必要となる。このため、公共施設の集客力や収益性を高めるアイデアが新たに見つかったとしても、その都度協議の時間を要し、場合により実現できない可能性もある。これに対し、コンセッション方式は、利用料金を徴収する公共施設において、施設の所有権を公共に残したまま、運営権を民間企業に設定するため、運営権を取得した民間企業は、公共施設のサービス内容などを自由裁量で設定・変更することが可能になる(表2)。このため、コンセッション方式は、従来のPPP・PFIに比べ、民間施設で開発が進んでいる「コト消費」の中で良いアイデアがあれば、公共施設の運営に速やか、かつ柔軟に組み込むことができる。ここでは、コンセッション方式により実現した「第三世代」の公共施設の事例を紹介する。

【事例】重要文化財「旧奈良監獄」の保存・活用(法務省)

旧奈良監獄は、明治政府が監獄の国際標準化を目指して建設した五大監獄の一つである。高い歴史的価値をもつとともに、「ロマネスク様式を基調とした煉瓦(レンガ)壁の統一した外観」「左右対称の整然とした配置」などの意匠も優れた建造物であり、2017年2月に国の重要文化財に指定された。この建造物を所管する法務省は、コンセッション方式による保存・活用に向け、2015年度に民間企業を対象にサウンディング調査※1を実施し、海外では監獄を活用したホテルがあり、潜在的なニーズがあることを把握した。この結果を公表したうえで公募を行ったところ、応募した全てのグループからホテル事業の提案があった。最優秀提案者としてソラーレホテルズアンドリゾーツ(株)など8社から構成されるグループが選ばれ、「監獄に泊まる」という、ほかの施設では体験できない価値を提供するサービスが実現することとなった。2017年8月に最優秀提案者と法務省の間で基本協定が締結され、2021年4月に全施設がオープンする予定である。
[表2]従来のPPP・PFIとコンセッション方式の違い

4.技術イノベーションで革新的サービスを付加

公共施設が提供する独自の体験価値は、民間企業のアイデアだけでなく、民間企業が取り組む「技術イノベーションによる革新的サービス」からも生み出すことが可能である。先駆的な公共施設では、ICTを活用し、施設利用者だけが利用できる独自サービスを提供している。

【事例】スマートスタジアム(さいたま市大宮公園サッカー場)

Jリーグの大宮アルディージャのホームスタジアムである大宮公園サッカー場では、NTTグループの協力によりWi-Fiアンテナを高密度に設置し、「つながる、ひろがる、楽しめる」をコンセプトとしたICTサービスを提供している。その一つが、施設利用者限定の高密度Wi-Fiサービス「ARDIJA FREE Wi-Fi」である。施設利用者は、公式アプリを用いて「スタジアム限定のライブ映像の視聴」「周辺地域のグルメ情報・クーポンの入手」「フードデリバリーの注文」などの限定サービスを利用できる。また、施設内の各所に配置されたデジタルサイネージを通じて、施設利用者はクラブ・施設からの告知や地域の店舗情報などを入手できる。

国内では、この事例のほかに、茨城県立カシマサッカースタジアム、市立吹田サッカースタジアム、宮城球場、横浜スタジアムなどの複数施設においてスマートスタジアム化が進められている。実際に、公共施設内でICTを活用した新サービスの提供を希望する民間企業は多い。コンセッション事業に先立ってサウンディング調査を行う際に、公共施設へのICT関連機器を民間企業が独自に設置することを要請する企業も少なくない。この背景には、民間企業における技術イノベーションを活用した革新的サービスの開発スピードに、国・地方自治体が追い付いていないことがある。

また、ICT以外にも、公共施設内で「新たな体験価値」を提供できるさまざまな新技術が存在する。例えば、「施設内を自動運転車両で移動(一般利用者が入れない公共施設の裏側を動線に加える)」「公園内を空飛ぶ車両で移動(新たな目線から自然的景観を楽しむ)」など、公共施設ならではの革新的サービスが想起可能である。このような革新的サービスの開発を、国・地方自治体が常にキャッチアップし、予見的に公共施設の整備・運営に組み込むことは困難である。このような時こそ、コンセッション方式を活用し、民間企業による最先端の取り組みを導入できる環境を整えておくべきである。