マンスリーレビュー

2019年1月号特集経済・社会・技術

新年の内外経済の展望

同じ月のマンスリーレビュー

タグから探す

2019.1.1
経済・社会・技術

POINT

  • 2018年の世界経済は堅調も、三つの潮流の顕在化で不確実性が上昇。
  • 2019年は米中経済を中心に成長減速へ、危機発生時の国際協調に不安。
  • 平成の課題克服と未来への挑戦で、持続可能な日本再生に向かう元年に。  

1.2018年を振り返って

世界経済:顕在化した三つの潮流

2018年は、世界経済を中長期的に左右しかねない三つの潮流が顕在化した年となった。第1は米中の覇権争いである。古くはアテネとスパルタの争いにさかのぼるが、覇権をめぐって新旧大国は衝突を繰り返してきた。2018年は世界の覇権をめぐる米中対立の幕開けの年と位置付けられるだろう。第2は民主主義・資本主義のほころびである。格差拡大など既存政治に対する不満の蓄積が、ポピュリズム的政策への支持拡大と政治の内向き化に拍車をかけた。新興国の一部では権威主義的な統制経済体制で急成長を遂げる中国を範とする動きもみられる。第3はデータをめぐる主導権争いである。競争力の源泉としてデータの価値が高まる一方で、IoT機器を通じたデータ流出、フェイクニュースによる世論操作など新たなリスクも顕在化した。国家主導で国民の情報を吸い上げる中国に対し、欧米ではGDPR※1の施行やデジタルプラットフォーマーへの規制強化など、国外・地域外へのデータ流出を防ぐ動きが本格化した。

これら三つの潮流が顕在化する中で、先行きに対する不確実性の高まりが際立った1年であったと総括できよう。

米中対立:貿易にとどまらない対立軸

不確実性の最大の要因は、年明け以降に深刻化した米中貿易摩擦にある。7月から9月にかけて米中間の貿易総額の過半に高率関税をかけあう事態にエスカレートし、1990年代以降は低下傾向にあった世界の平均関税率が上昇に転じた。

さらに、ペンス米副大統領が10月に行った対中政策に関する講演は、米中間の対立軸が貿易だけにとどまらないことを内外に印象づけた。中国は不当な手段で技術力、軍事力、新興国に対する支配力を高めており、国際秩序そのものを脅かしているという米国側の強い警戒感が示された。対する中国は、3月の全国人民代表大会において習国家主席の任期を撤廃し権力集中を加速させた。人口減少が本格化する2035年までにイノベーション力強化や中所得層拡大など「社会主義の現代化」を進めておきたい中国側の狙いがうかがえる。

リーマンショックから10年:経済の立ち直りと負の遺産

2018年はリーマンショックから10年の節目の年でもあった。大規模な金融緩和のもとで先進国のマクロ経済が回復した一方で、格差拡大など社会には大きな爪痕が残る。南欧や米国ではリーマンショック時の就業機会の喪失によって失業が長期化し、働き盛り世代の男性の就業率がいまだにリーマンショック前の水準を回復できていない。社会の格差が許容範囲を超えると、既存の政府や議会に代わる新しい政治を求めるうねりへと変化し、ポピュリズム的政策が支持される温床にもなる。既存政治への反発は米トランプ政権誕生の原動力となり米国の保護主義化を招いた。一方、中国は国家資本主義的な統制経済体制を強化。リーマンショックの負の遺産と米中の覇権争いは一見無関係にみえるが、底流ではつながっている可能性がある。

選挙の年:政治を揺るがす社会の分断

2018年は政治イベントも相次いだ。米国中間選挙は下院では民主党が過半数を奪還したものの、上院では共和党が過半数を確保。与党に厳しい結果となりがちな中間選挙としては共和党も善戦した。下院選の投票結果を細かくみると、白人と非白人、都市と地方などで投票先の政党がくっきりと分かれ、米国社会の分断の深刻さを裏付ける結果となった。

欧州では、イタリアではポピュリズム的な政策を掲げる五つ星運動を含む連立政権が誕生したほか、ドイツでも地方議会選挙で極右政党AfD※2が議席を拡大した。欧州でも、難民問題への反発などをめぐる社会の分断・不安が続く。

日本経済:数々の記録更新も自然災害が多発

2018年の日本経済は、指標の上では数々の記録を更新した。景気回復局面が12月まで持続すれば戦後最長の景気回復期間(73カ月)に並ぶ。有効求人倍率は9月に44年8カ月ぶりの高水準を記録した。景気回復は地方経済にも波及している。訪日外国人数は2018年に3千万人を突破、最低賃金も全都道府県で初めて750円を超えた。その一方で、多くの自然災害にも見舞われた。平均気温は中長期的に上昇基調にあり、記録的豪雨を「異常」気象といえない時代になりつつある。

2.2019年の展望

世界経済は減速局面へ

世界経済は2018年までは総じて拡大基調をたどってきたが、2019年は成長減速局面に入るだろう。米中貿易摩擦によるコスト上昇が双方の経済の重石となるなか、米国では減税効果剥落、中国では投資減速も予想され、世界経済の4割を占める二大経済の減速が見込まれる。さらに、英国のEU離脱が協定合意なしで実施されれば英国はもとより欧州経済全体も減速を免れない。

世界経済のベースシナリオは、緩やかな減速とみるが、「緩やか」にとどまらず景気後退まで落ち込むリスクも高まっている。注目すべきポイントは次の四つだ。

ポイント①:米中対立

第1は米中対立の激化、長期化の可能性である。2019年1月の実施が予定されていた対中制裁関税(2,000億ドル分を10%→25%)は90日の猶予期間が設けられたが、3月以降に発動される可能性は十分にある。対中制裁関税は、中国への打撃のみならず米国自身にも跳ね返ってくる劇薬である。今後、追加関税の対象が全輸入品に拡大されれば米国消費者物価への波及は免れず、米国経済の好調をけん引してきた消費に大きくブレーキがかかる。これら米中経済の下振れにより、世界全体のGDPは▲0.5%ポイント程度下振れする可能性がある(当社試算)。

もっとも、米中対立の本質は短期的な貿易摩擦ではなく先端技術や安全保障も絡む総合的な覇権争いである。中国は2030年頃までに経済規模で米国を上回る可能性があるほか、科学技術でもAIや量子コンピューターでは実力伯仲、次世代高性能コンピューティングや商用ドローンでは中国が優位にあることは米国自身が認めている※3。軍事力でも中国の台頭により米国の絶対的な優位性が揺らぐ一方、新興国に対する投資では一帯一路構想を進める中国が先行している。これらを踏まえると、米中対立は今後20~30年にわたる長期戦の様相を呈する公算が高い。

ポイント②:中国経済

第2は中国経済が減速からハードランディングに転じる可能性である。2019年は中国にとって試練の年となる。1人当たりGDPは1万ドルの大台を突破するとみられるが※4、米中対立は今後一段と色濃く中国経済に影を落とすであろう。今後、政府は追加的な財政・金融政策による景気下支えに動く見込みだが、財政赤字も膨らむなか大規模な経済対策は打ちにくい。経済が減速するなかで利払いすら利益で賄えない企業の債務が増大しており、過度な経済対策はこうした不良債権や過剰生産能力など中国が抱える構造問題を悪化させかねないジレンマがあるためだ。経済の舵取りを誤れば、中国社会安定の目安とされる6%成長を下回るリスクが高まる。

ポイント③:国際金融市場

第3は国際金融市場における調整・混乱のリスクである。米国の政策金利は、現在は景気に対して緩和的な水準にあるが、2019年中に2回利上げが実施されれば景気に対して中立的とされる3%近傍に近づく。米国の株価収益率(シラーPER※5)は既に1929年の世界大恐慌直前に並ぶ割高な水準にあり、金融政策の局面変化が株価の大幅調整の契機となる可能性がある。米国の拡張的な財政政策などから長期金利が一段と上昇すれば、新興国からの資金流出圧力が強まるリスクにも警戒が必要である。

ポイント④:EU

第4はEU内の不協和音がフラグメンテーション(分裂)に向かう可能性である。英国では政府のEU離脱協定案に対する国内の反発が強く、無秩序離脱の可能性が高まっている。その場合、英国のGDPは▲1.7%ポイント、EUは▲0.3%ポイント下押しされるとみられる※6。加えてドイツ与党CDU※7の党首を辞したメルケル首相の求心力低下も予想され、EUはリーダー不在となる見込みだ。仏マクロン大統領への期待もあったが2018年末に発生した大規模な反政権デモで足もとが揺らいでいる。5月予定の欧州議会選挙でも極右勢力の議席拡大が予想されているが、リーダー不在の中で内向き志向の勢力が増せば、EU統合深化の動きが停滞するばかりでなく、最悪のシナリオとして第2、第3のEU離脱国が出てくる可能性も排除できない。

危機をコントロールできるか

2019年に金融・経済危機が発生した場合、その影響が深刻化しかねない理由がある。まず、先進国の金融・財政政策の発動余地は少なく、景気後退のインパクトを和らげるための十分な刺激策を期待できない状況にある。また、米国をはじめ主要国の内向き化によってG20をはじめとする国際協調体制も機能不全に陥っており、危機時に各国が足並みをそろえて対処できるか不透明な状況だ。

2019年の日本経済:年後半に不安材料

2019年の日本経済は、所得・雇用環境の改善を背景に1.0%(年度は0.7%)と潜在成長率並みの成長を見込む。ただし、世界経済の成長減速が予想されるなかで10月には消費税率引き上げも予定されており、年後半に不安材料を抱える。

本格化する日米2国間交渉の行方も今後の日本経済を左右しうる重要な要素だ。先立って成立した米韓FTA改定やUSMCA※8で盛り込まれた輸入数量割当が、日本の自動車などにも適用される可能性は排除できない。仮に米国向け自動車輸出が半減すれば日本企業全体で7兆円の減益要因となる。より本質的な対策としては、2018年末以降に発効するCPTPP※9(TPP11)や日EU・EPA※10の追い風を活かし、自由で公正なルールに基づく貿易の枠組みを日本として主張していくことが重要になる。

ポスト平成、持続可能な日本再生に向かう元年に

平成の30年間、自然災害やバブル崩壊の後遺症への対応に多くの年月を費やした。足もとで経済情勢は改善したものの、少子高齢社会への対応、財政の健全化、国際競争力の回復※11などの重い課題が次の時代へと先送りされたことは否定できない。

半面、ポスト平成の時代には、自由貿易の推進と社会の分断回避を両立している数少ない国として、日本が国際社会で再評価される可能性は高い。G20や皇位継承など国際社会で脚光を浴びる2019年、個人や企業が意志をもって新しい時代を切り拓く一歩を踏み出せれば、持続可能な日本再生に向かう元年となるだろう。
[図]2019年の世界経済

※1:EU一般データ保護規則。2018年5月から施行。

※2:ドイツのための選択肢。

※3:U.S.-China Economic and Security Review Commission "2017 ANNUAL REPORT"

※4:日本が1万ドルを突破したのは1983年。中国の一人当たりGDPを地域別にみると高所得地域(北京市、上海市、天津市、江蘇省、浙江省の平均)は18,500ドル、低所得地域(チベット自治区、広西チワン族自治区、貴州省、雲南省、甘粛省の平均)は6,000ドル。

※5:シラーPER とは、株価の割高感を分析するために用いられる指標。実質化した株価を、物価変動を考慮した過去10年の一株当たり利益(EPS)の平均値で除して求められる指数。

※6:Felbermayr et al. (2017) "Economic Effects of Brexit on the European Economy"

※7:ドイツキリスト教民主同盟。

※8:米国・メキシコ・カナダ協定(新NAFTA)。

※9:環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定。

※10:日EU経済連携協定。

※11:IMDの国際競争力ランキングによると、日本の総合順位は1989年の1位から一時は27位まで低下。最新の2018年では25位。