マンスリーレビュー

2020年4月号特集経済・社会・研究開発

大きなスコープで社会課題解決ビジネスに挑む

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2020.4.1
経済・社会・研究開発

POINT

  • ビジネスによる社会課題解決と民間企業の参画は世界の流れ。
  • プラチナ研とINCFを統合し、大きなスコープで課題解決の共創を目指す。
  • 新しいキーワードはマルチステークホルダーとコレクティブ・インパクト。

1.ビジネスによる社会課題解決の機運高まる

国連が2015年に提示したSDGsでは、先進国も含め世界共通の17項目の社会問題・達成目標に対し、公的セクターだけでなく民間企業の資金力・アイデア・展開力などを活用して「誰一人取り残さない」解決を目指すことが期待されている。企業経営や投資の世界でもCSVやESGなど、社会課題への取り組み、幅広いステークホルダーとの共存共栄を目指す考え方が主流になってきた。

三菱総合研究所は、2010年に「プラチナ社会研究会(プラチナ研)」※1 を、2017年に「未来共創イノベーションネットワーク(INCF)」※2 を立ち上げ、各方面に参加、協力を呼び掛けてきた。両活動とも、20世紀の工業社会での経済発展に伴って生じた社会課題に対し、産官学の知恵を結集して21世紀型の解決手法を開発し、量の充足よりも質(Quality of Life)の改善を目指す動きである。「プラチナ研」は超高齢化社会における地域の課題解決とプラチナ社会実現を掲げる一方、「INCF」はイノベーションとビジネスで社会課題を解決するオープンなエコシステムの構築を標榜している。

2.社会課題の見極め

プラチナ研とINCFに共通するキーワードは、「社会課題」と「共創」である。

INCFでは、「社会課題抽出」から始まり、「解決策の収集」「共創による事業開発」「社会実装」に至る課題解決実現プロセスを設定している。最初のステップは、現に発生している各分野の「社会問題」、いわゆる困りごとを出発点に、その影響範囲と原因などを広く深く分析・理解することから始まる。「誰の」「どのような」問題なのかという観点で整理・分類し、各問題の相互関係を見える化することが、解決のヒントを見いだす糸口となる。現在の社会「問題」を出発点に、将来に向けて解決を探る方向や優先度を織り込んで、取り組むべき社会「課題」として設定する。

INCFは、「100億人が豊かに暮らせる持続可能社会」を目標に、「ウェルネス」「水・食料」「エネルギー・環境」「モビリティ」「防災・インフラ」「教育・人財育成」の6分野の社会課題をリストアップして、毎年公表してきた※3。今後は、現に発生している社会問題にとどまらず、今後の技術発展や社会変化によって将来発生しうる社会問題を先取りし、未然防止や影響緩和への方策を課題として抽出することを目指す。三菱総合研究所の創業50周年記念研究とも連携し、先端的技術が、問題の発生源となりうると同時に課題の解決策をもたらす関係を明らかにしていきたい。

3.社会課題解決と事業共創

オープンイノベーションを標榜するINCFでは、課題解決のアイデアを広く募るコンテストに加え、特定の社会課題・テーマに関心のある会員を中心に解決の方向を議論する“SIG”(Special Interest Group)と具体的な解決策を設計し事業化を図る“WG”(Working Group)の2種類のチームで活動してきた。3年近くの経験から得られた実感は、共創の「場」を提供し希望者が集うだけでは、社会課題解決に直結する事業には届かないことである。解決策の設計から事業化・実装までには、「考案」「開発」「展開」「受益」「評価」など多様な機能・役割が求められるが、これらをせいぜい10社程度で構成するSIGとWGで完結させることには限界がある。

複雑化する社会課題解決の核心を捉え、効果のある対策を事業化するプロセスには、より多くの主体(マルチステークホルダー)の参加・関与が欠かせない。例えば、教育・人財育成分野では、AIなど先端技術を活用した学習カリキュラムや個別学習指導サービスが続々と開発されている。が、それを実装するプロセスには、制度改革・規制緩和など行政の支援、効果の評価における学校の協力が必要であり、さらには受益者たる子どもやその親の意識改革も重要な役割を果たす。異なるミッションをもつ多様な属性のプレーヤーが集い、知恵を出し合うことが重要である。

後述のとおり、INCFとプラチナ研は1年後を目指し合流・一体化を計画しているが、これもこうした学びを踏まえた動きである。

4.マルチステークホルダーによる取り組み

以下では、INCFおよび三菱総合研究所が関わりながらマルチステークホルダーによる社会課題解決に取り組みつつあるケースを2件紹介する。いずれもビジネスとしてのスケールアップはこれからであるが、望ましい未来像の共有と多様なステークホルダーの参画による事業共創に踏み出した事例である。

事例1:東京メトロ×TRUNK

東京メトロとスタートアップのTRUNK(2015年設立、従業員20人※4)が協働し、育児中の女性を対象にプログラミングのスキルを提供する事業を展開している。

両社はINCFのSIGで、「人生100歳時代のキャリアはいかにあるべきか」を議論し、望ましいキャリア形成を阻害する社会課題の構造を互いに理解してきた。この課題解決のための事業モデルをオープンに議論しながら、自社が貢献できそうなことを検討したことが事業創出に結びついた。

この事業は、出産・育児により離職した女性が再就職・復職するためのプログラミングスキル養成講座を提供するものである。東京メトロはこれまで、通勤時の混雑緩和という社会課題の解決策として、コワーキングスペースを運営することでリモートワークを支援していたが、これを育児中の女性のスキル学習の場としても活用できるという着想を得た。TRUNKはそれまで、主として学生の就活環境の改善を目指し、企業が求めるITスキル学習を提供してきたが、そのノウハウを育児中の女性に活用することで今回の事業につながった。将来的には、ここで育成した女性の就職斡旋(あっせん)を事業機会にすることを目指している。

女性の活躍の場の拡大が求められて久しいが、欧米のレベルには及ばない。出産・育児に伴う制約が緩和されることで、女性の職業生活における活躍が促進されるだけでなく人口減少対策という大きな課題解決への寄与も期待できよう。

事例2:NTTドコモ・淡路市×Moffほか

スタートアップ企業のMoff(2013年設立、従業員20人※5)が、兵庫県淡路市、大手通信事業者NTTドコモ、関西看護医療大学・関西総合リハビリテーション専門学校に三菱総合研究所も加わるコンソーシアムと連携し、介護の予防に取り組むマルチステークホルダーの好事例※6(図1)。

少子高齢化により医療費・介護費が自治体の行財政を圧迫する中、「健康寿命の延伸」は多くの自治体の共通テーマであり、抜本的な取り組みが期待されている。淡路市では、住民が「いきいき100歳体操」に参加することが、健康状態改善を通じて医療・介護費抑制につながるかを検証する実証事業を行っている。ここではMoffが開発した三次元モーションセンサー付きウェアラブルデバイスを用いて運動の効果を測定・データ化、NTTドコモはデータ利活用促進サービスのノウハウを提供する。関西看護医療大学などからは医療・介護の専門的な知見が提供されている。今後、データに基づく合理的で効果的な施策立案を推進するサービス展開を目指した取り組みだ。

NTTドコモと当社は、INCFとプラチナ研の合流に先がけ、プラチナ研の「介護・医療、健康づくり分野における官民データの利活用分科会」を起案し、課題の本質的理解を進めながら淡路市のモデルを他の自治体にも横展開する事業の企画・立案を検討している。
[図1] マルチステークホルダーによる社会課題取組事例(医療・介護費抑制、健康寿命延伸)

5.課題解決プラットフォームとしての進化

プラチナ研とINCFは、地域の具体的な課題に直面する自治体、技術・生産・販売のインフラを擁する大企業、最先端技術に強いスタートアップや研究機関などが参加し、状況に応じ政府各省庁とも連携するネットワークを形成している。異なる強みをもつ多様なプレーヤーが参加する「共創の場」において、事務局を務める三菱総合研究所は、会員間の情報・意見交換と協働を促進する触媒の役割から一歩進めて、より能動的に参画・推進するプロデューサー的な役割を目指している。

私たちは、マルチステークホルダーによる取り組みを一層強化、加速する観点から、1年後をめどに二つのプラットフォームを統合することを決定し、準備に着手した(図2)。目指すのは、単なるスケール=規模の拡大ではない。スコープ=視野を広げ、参加者の多様化・多層化によるシナジーを効かせて、課題解決事業創出の成功可能性、スピードとインパクトを一段と高めるのが狙いである。例えば、ある地域での課題解決事業のノウハウを共通点の多い他地域に応用し横展開することは、事業の成長と社会インパクト拡大の両面に大きな効果をもたらすものと期待される。

狙いはそれにとどまらない。最初に述べたとおり、社会課題への取り組みは、世界の企業経営や投資の大きな潮流となっている。投資家がESGなど社会的・公共的な視点を投資判断に織り込むことは、企業の行動にも大きな影響を及ぼす。多様なプレーヤーが、連携の有無を問わず、共通の課題解決を目指してそれぞれ行動すれば、全体としてより大きな社会インパクトが生まれる。SDGsのような大きな取り組みにおいては、それらの集積としての「コレクティブ・インパクト」が重視される。

私たちも、プラチナ研とINCFの統合を契機に、将来を含む広い視点で社会課題を捉え、マルチステークホルダーによる取り組みとネットワークを通じた横展開で、グローバルな課題解決に向けたコレクティブ・インパクトの創出に寄与していきたいと考えている。 
[図]  未来共創イノベーションネットワーク(INCF)とプラチナ社会研究会

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