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2021年11月号特集1サステナビリティエネルギー

2050年カーボンニュートラル実現への道筋

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2021.11.1

政策・経済センター志田 龍亮

POINT

  • 2050年カーボンニュートラル(CN)実現は容易ではないが可能。
  • 2030年までは特に「需要側の行動変容」が鍵に。
  • CN目標達成にはグリーン水素活用が重要に。ただし新たな課題も。

2050年カーボンニュートラル実現は可能か

2020年10月末に菅前首相が所信表明演説にて「2050年までにカーボンニュートラル(CN)の実現を目指す」と宣言してから約一年が経過した。発表当初に大きなインパクトのもとで報道されたことに加えて、その後、バイデン政権による米国のパリ協定復帰や、欧州でのガソリン車販売禁止方針など、世界全体の脱炭素化に向けた動きはさらに加速することとなった。現在では2050年までのCNを宣言した国・地域は120を超えており、CNはある種「当たり前」の政治目標となりつつある。

わずか一年で気候変動問題をめぐる環境は大きく変化したが、そのような中で迎える2021年11月1日からの国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)の持つ意義はこれまで以上に大きい。日本が今回提出する予定の新たな削減目標(NDC:Nationally Determined Contribution「国が決定する貢献」)に沿った、具体的な達成への道筋が今後求められるだろう。

人口・経済規模が大きく、火力発電比率が足元7割を超える日本において、CNを達成することは決して容易ではない。しかしながら、当社では政策・技術を総動員し、適切な時間軸のもとで対策を実行に移すことでその実現は可能になると考えている。キーポイントとしては、①需要側の行動変容、②電力部門の早期ゼロエミッション化、③戦略的なイノベーションの誘発、の3点となる。

2030年までに「需要側の行動変容」が必要

3つのキーポイントのうち、時間軸上で最も早期に取り組むべきものは、①の「需要側の行動変容」になる。46%の削減目標を達成する上での最重要な要件であり、2030年に向けて積極的な実践が求められる。

需要側の行動変容とは、「エネルギーを利用する企業や消費者が、価値観の変化やインセンティブなどを契機として脱炭素化に向かう選択をすること」を意味している。

例えば、企業が購入電力を再生可能エネルギー(以下、再エネ)由来に切り替えたり、人々が自動車をガソリン車から電気自動車に買い替えたりといった行動も該当する。

需要側の行動変容は従前のエネルギー政策の議論では注目度が低かったが、近年、民間企業を中心とした再エネ利用ニーズは急拡大している状況にある。また、他と比較して早期に対策可能であることからも、脱炭素化への動きを加速させる重要な役割をもっている。

当社では現状の2030年政府目標である、2013年比温室効果ガス46%削減に対して、需要側の行動変容を契機として、どの程度の追加削減が可能かを独自に試算した(図1)。
[図1] 2030年における「需要側の行動変容」を通じた追加削減
[図1] 2030年における「需要側の行動変容」を通じた追加削減
現状延長ケースは、時系列トレンドと足元の制度状況などから将来の温室効果ガス排出量を推計したものであるが、削減量は2013年比最大28%減にとどまり、目標である46%減には未達となる。

目標を達成するためには、需要側の行動変容を契機とした対策の積み増しが必要となる。需要側のエネルギー選択の変化を通じた「電源構成の変化」、化石燃料からの切り替えを意味する「需要側の電化」、そしてエネルギーの使い方の変化を通じた「省エネの強化」に分類して追加削減効果を試算すると、それぞれ5%ポイント(pt)、4%pt、5%ptとなり、合計削減率は▲42%まで積み増される。

ただ、それでも削減目標である46%までには至らず、さらなるブレークスルーが必要となる。ここでは2つの追加対策として、発電構成の大幅な変化を前提とした再エネのさらなる積み増し、および、カーボンニュートラルLNG(CN-LNG)※1などクレジット取引の活用も含めた火力電源の脱炭素化推進の2つを例示した。

ただし、これは今回のCOPの主要論点の1つでもあるが、後者のクレジット取引の国別の温室効果ガス削減目標への算入には、一部、不明確な点が残されている。クレジット取引を実効的に活用するためには、国際協調のもとでのルールメイキングが不可欠となるだろう。

ゼロエミッション化とイノベーションが両輪

2点目の「電力部門のゼロエミッション化」(前出の②)は2030年以降2050年までにCN達成をする上での最初の必要条件であり、いかに早期に達成するかが重要となる。

当社では、今後、再エネの進展は進むものの、電力安定供給の観点から一定程度の火力系の発電設備は残存せざるを得ないと分析している。電力部門全体でゼロエミッションを達成するためには、火力系電源の脱炭素化を進めることが必須となり、水素発電、アンモニア発電、CCUS(二酸化炭素貯留・有効利用・回収)などの適用を進める必要があるだろう。

また、再エネの導入が進むにつれ出力抑制による無駄が大きくなるため、単に発電設備側だけの脱炭素化を図るのではなく、系統増強、蓄電池活用、需要施設の移転といった対策の組み合わせ、社会コストの低減を図ることも重要となる。

3点目に前出③の「戦略的なイノベーションの誘発」がある。②の電力部門のゼロエミッション化と同様、2050年に向けた必要条件に位置づけられる。CN達成のためには技術・制度両面でのイノベーションが必須になるが、特にハードルが高いのは鉄鋼、化学、セメントなどの素材系産業と想定される。

これらの業種は産業部門の中でもエネルギー多消費型であり、鉄鋼石還元のための石炭コークスの利用、化学品原料製造のための石油精製、セメントの中間生成物であるクリンカ生産など、製造プロセス上CO2発生が避けられないものが多い。

こうした領域で抜本的な脱炭素化を図るためには、製造プロセスそのものを大きく変革する技術的なイノベーションが必須であるとともに、社会実装まで実現させるための戦略的な投資が必要になるだろう。

CNの鍵を握るグリーン水素

これら「電力部門の早期ゼロエミッション化」と「戦略的なイノベーションの誘発」の実現にはそれぞれ多くの対策が必要になるが、その両方に共通する重要な要素が「水素」である。

火力発電代替の1つとして水素発電が有力視されているほか、還元剤にコークスではなく水素を用いる水素還元製鉄、CO2と水素をもとに化学原料を製造する人工光合成などへの期待が高まっている。日本が産業競争力を失わないかたちでCNを達成するためには、CO2排出を伴わずに製造された水素、とりわけ再エネ電力による電気分解で製造された「グリーン水素」と、それを利用する技術の社会実装が鍵の1つになるだろう。

しかしながら、日本国内でのグリーン水素活用の大きな課題の1つとして、国内供給力の不足が挙げられる。図2は当社が試算した、水素の積極的活用を想定したシナリオでの、2050年の水素需給構造を表したものである。
[図2] 2050年における水素積極活用時の需給バランス
[図2] 2050年における水素積極活用時の需給バランス
出所:三菱総合研究所
2050年の水素需要は発電約700万トン、産業部門約700万トン、その他燃料電池自動車含む運輸・民生部門ほかで約600万トンで合計約2,000万トンと算出されており、政府想定での2050年の水素目標需要量と同水準の結果となっている。

一方で、水素供給は約1,500万トンが輸入水素であり、本シナリオ下での国内での水素製造ポテンシャルは最大でも500万トンと約4分の1にとどまる結果となっている。

本試算では太陽光・風力は業界団体目標に相当する大規模な導入量を想定しているが、それでもグリーン水素製造に利用可能なゼロエミッション電力の不足が示唆されている。不足分については輸入水素に頼らざるを得ないが、その場合は「国外でのグリーン水素を安価・安定的に得ることができるか」という新たな課題と向かい合う必要が出てくる。

新たな課題が社会変革のドライバーに

現在は石油、天然ガス、石炭といった化石燃料を中心に語られるS+3E(安全性(Safety)を大前提とした上での、「安定供給(Energy Security)」「経済効率性(Economic Efficiency)」「環境適合(Environment)」)が、CN時代においては水素をはじめとした脱炭素燃料・脱炭素技術にシフトしていく。

安定供給の観点から地政学的な変化に留意することは同じだが、従前のS+3Eとはその中身が異なることに注意する必要がある。この点については特集2「カーボンニュートラルを安定供給と経済成長の呼び水に」でも詳述する。

こうしたCNによりもたらされる新たなパラダイムはエネルギー分野だけにとどまるものではない。詳細は特集3「カーボンニュートラルで加速するサーキュラーエコノミー」にて後述するが、社会影響として無視できないのがサーキュラーエコノミーへの要請の高まりである。脱炭素化が進むにつれて、炭素以外の資源制約が顕在化し、サーキュラーエコノミーに応じた社会様式への変化も加速すると考えられる。

ほかにも、CNは産業構造変化に伴う労働移動・新たなスキルセット獲得や、暮らし方・働き方のデジタル化/スマート化など、多くの領域にて大きな変革を迫るだろう。

現在、脱炭素の潮流は、炭素国境調整措置など通商ルールの中にも組み込まれますます強くなってきている。CNの達成は決して容易ではないが、重要なのは取り組みや課題を「コスト」ではなく「未来への投資」と位置付け、新たな産業競争力につなげていくことにある。CNに伴う社会変革はすでに始まっており、その萌芽は表れている。競争力で劣後しないためにも早期の意識変革とアクションが求められている。

※1:カーボンニュートラルLNG:環境保全プロジェクトなどにより創出されたカーボン(CO2)クレジット(証書)を用いて、天然ガスの採掘・燃焼などにより発生する温室効果ガスを相殺し、使用時のCO2発生をゼロとみなすLNGのこと。