マンスリーレビュー

2023年8月号特集3人材経済・社会・技術

ビッグデータを活用した人材スキルの可視化

2023.8.1

経営イノベーション本部大内 久幸

人材

POINT

  • 欧米では最新技術による「スキルベース組織」への移行が焦点に。
  • 労働市場全体を包括したビッグデータの整備が必要。
  • スキルベースの人材活用が日本のキャリアシフトを加速させる。

欧米で注目されている「スキルベース組織」

日本企業は近年、職務(ジョブ)実績に基づいて給与を定める欧米流の「ジョブ型人事(職務給)」に注目している。DXとGXの進展に対応したビジネス変革、ワークスタイル改革、柔軟な働き方へのニーズの高まりなどに応えるための方策として、多くの企業でジョブ型人事の検討がなされ、実際に導入も進んできた。

しかし、従来型の雇用慣行と整合させるのに苦心した結果、「日本版ジョブ型雇用」という言葉に象徴されるように、試行錯誤の末に落としどころを見いだせずにいる企業も依然多い。

流動性が高い欧米の労働市場でジョブ型人事は定着していた。ところがDXやGXなどを背景に組織・人材マネジメントに柔軟かつ迅速な変化が求められる中で、職務を明確に定義しつつ一定期間の雇用契約を締結する硬直性がデメリットとして目立つようになった。

こうした状況から、欧米では従業員をジョブや役割を超えて「多彩な技能(スキル)をもった総合的な人格(whole person)」と捉える考え方が支持され始めている。

2022年秋に米国で開催された「HRテクノロジー・カンファレンス&エキスポ」でも、スキルベースでの人材可視化が主な焦点となった。従業員のスキルに基づいて成り立つそうした組織形態は「スキルベース組織」と表現される。

HRビッグデータでスキルベース組織を実現

スキルベース組織の実現に欠かせないのが、労働市場全体における職業、スキル、賃金といった情報を統一的な体系のもとに集約した「HRビッグデータ」の活用である。日本企業も古くから各社固有のスキルや汎用スキル、コンピテンシー(成果につながる行動特性)など、さまざまな視点でスキルなどの可視化を進めてきた。

ただし、これらは個別企業が特定時の情報を収集・整備したものにすぎない。長期雇用を前提とした企業内の人材マネジメントには有用だが、求められるスキルの非連続的な変化や、外部労働市場と連動した流動性向上には対応し切れない。

他方、労働市場全体を包括するHRビッグデータを個々の企業が持つHR情報と結びつければ、企業は社内の人材育成はもとより、外部からの人材獲得を、統一された情報体系のもとで行えるようになる。従業員のキャリアパスやキャリアごとの報酬をスキルベースの定義に沿って提示でき、さらにはスキルの市場価値を基準とした学習・人材開発(L&D)や採用につなげることができる。

HRビッグデータの活用イメージを図に示す。
[図] HRビッグデータの活用イメージ
[図] HRビッグデータの活用イメージ
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出所:Lightcast社の資料などから三菱総合研究所作成
欧米や一部アジア諸国では、オンライン求人広告をクローリング※1することで、数万にのぼるスキル項目を体系化し、その内容を常時アップデートする動きが進んでいる(図の左側)※2。各国の労働市場において、現在需要の高いスキルや、そのスキルに対して設定されている報酬水準などについて、過去からの推移を含めて把握可能なデータが、単一の情報体系のもとで整備されている。

スキル可視化がキャリアシフトを加速

「スキルベース組織」の考え方は、一見すると日本企業の多くが採用してきた職能型の人事制度に通じる。しかし現在の欧米で浸透しつつある「スキル」はいわゆる職能とは異なり、知識、資質、能力、資格などを含む幅広い概念だ。企業が求める多種多様なスキル情報を、細かな粒度のまま体系化・可視化する取り組みは合理的といえる。

こうした情報体系は、日本企業の組織・業務体系をスキルベースに転換する上でも有用だ。自社内のジョブや役割をスキル体系とひもづければ、外部労働市場との連携を図りながら、それぞれのジョブや役割をスキルベースで定義できる(図の中央)。この結果、「その役割にはどのようなスキルが必要か、活用できるか」について、雇用する側とされる側双方の理解が深まる。企業を超えた人材移動を促す土壌形成に必要不可欠である。

欧米でHRビッグデータ活用が浸透する一方、日本ではジョブ型人事導入の議論が始まったばかりだ。政府は三位一体の改革にも掲げる職務給の導入推進と併せ、労働市場全体を包括したスキルベースのHRビッグデータ整備・活用を進めるべきである。そうすれば企業が求める人材の効率的確保・能力開発を通じてキャリアシフトが加速され、需給ギャップ解消にもつながる。

※1:ウェブ上を巡回して情報を収集すること。

※2:例えば、米国HR領域のスタートアップのLightcast社は3万5,000件を超えるスキルを31のカテゴリー、400超のサブカテゴリーで定義しており、そのデータは経済協力開発機構(OECD)や世界経済フォーラムの労働市場分析に活用されている。

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