コラム

カーボンニュートラル時代の原子力エネルギー・サステナビリティ・食農

「トリチウム水」って何?

汚染水対策の最新状況と今後の課題
福島第一原子力発電所事故後の原子力

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2018.6.20

原子力安全事業本部村上佳菜

カーボンニュートラル時代の原子力
福島第一原子力発電所では、放射性物質を含む汚染水を浄化設備で処理し、処理後の水をタンクに貯蔵しています。

汚染水に関するニュースでは、「凍土壁」「サブドレン」「トリチウム」など、あまり聞き慣れない用語が出てくることが多く、わかりにくい面があるかもしれません。「福島第一原子力発電所の汚染水問題とは?」「『トリチウム水』とは?その性質や現状は?」を中心に、汚染水をめぐる状況を解説します。

1.福島第一原子力発電所の汚染水問題とは?

①なぜ汚染水が発生するのか?

原子力発電所では通常、運転に伴い発生した放射性物質のほとんどが原子炉圧力容器内の燃料棒の中に閉じ込められています。しかし、福島第一原子力発電所では事故により燃料棒が溶融し、原子炉圧力容器およびその外側にある原子炉格納容器内で発生した「燃料デブリ」(※1)に含まれる放射性物質(セシウム、ストロンチウム、トリチウムなど)が燃料デブリの冷却水と触れ、「汚染水」となりました。さらに、その汚染水が原子炉格納容器の中だけでなく原子炉建屋内やタービン建屋内などにも広がりました。現在もなお、原子炉建屋内には地下水が日々流れ込んでおり、汚染水は流入した地下水の量だけ新たに発生しています。
図1 福島第一原子力発電所における原子炉建屋内の汚染水の状況
図1 福島第一原子力発電所における原子炉建屋内の汚染水の状況

出所:参考文献(※2)を基に三菱総合研究所作成

②汚染水への対策状況は?

汚染水対策は、「汚染源に水を近づけない」「汚染源を取り除く」「汚染水を漏らさない」の三つの基本方針に沿って行われています。

一つ目の「汚染源に水を近づけない」とは、新たな汚染水の発生を抑制するため、原子炉建屋内へ流入する地下水量を減らす対策です。

いわゆる「凍土壁(凍土方式による陸側遮水壁)」とは、この「汚染源に水を近づけない」ための対策の一つです。土壌を凍結させた氷の壁を設置することにより、原子炉建屋に流入する地下水を減らすことを目的としています。あわせて、地下水の上流側に井戸(サブドレン)を設置し、原子炉建屋内に流入する前の地下水をくみ上げることで、原子炉建屋内に流入する地下水を減らす対策もとられています。凍土壁の設置や地下水のくみ上げなどの対策を行ったことで、それ以前は1日あたり490t発生していた汚染水が、現在は110tまで低減されました(※3)

二つ目の「汚染源を取り除く」とは、汚染水を浄化設備で処理することで、汚染源である放射性物質を除去する対策です。

汚染水からセシウム、ストロンチウムを重点的に除去した後、多核種除去設備(ALPS(アルプス))を用いて大半の放射性物質を除去しています。ALPSで浄化処理を行った水(以下、「処理水」)は、タンクに入れて福島第一原子力発電所の敷地内に貯蔵されています。なお、この処理水にはALPSでも取り除くことができない放射性物質の「トリチウム」が含まれていることから、タンクに貯蔵された処理水は「トリチウム水」とニュースなどで呼ばれることがあります。

最後の「汚染水を漏らさない」とは、汚染水や処理水の漏えいによる周辺環境への影響を防止する対策です。

その一つとして、福島第一原子力発電所の1~4号機の海側に「海側遮水壁」と呼ばれる鋼鉄製の杭の壁を設置することにより、1~4号機の敷地から放射性物質を含む地下水が海に流出するのをせき止める対策がとられています。

また、処理水がタンクから漏えいするのを防ぐため、漏えいのリスクが低い型のタンクを使用しています。

図2 三つの基本方針に基づく汚染水対策イメージ
図2 三つの基本方針に基づく汚染水対策イメージ
出所:参考文献(※2)を基に三菱総合研究所作成

2.「トリチウム水」とは?その性質や現状は?

①「トリチウム」とはどんな物質なのか?

汚染水対策の三つの方針で、二つ目の「汚染源を取り除く」でも触れましたが、ALPSでも除去できない放射性物質が「トリチウム」です。トリチウムという名前を聞いても、あまりなじみがなくどんな物質か見当がつかないと感じる方も多いかもしれません。

トリチウムは、日本語で「三重水素」と呼ばれる水素の仲間(同位体)です。水素と聞くと、原子核の陽子一つの周りを電子が回っている「軽水素」を想像される方が多いでしょう。水素の仲間には、原子核が陽子一つと中性子一つで構成される「重水素」、そして原子核が陽子一つと中性子二つで構成される「三重水素」の「トリチウム」があります。

トリチウムは、原子力発電所を運転することで発生しますが、自然界でも大気中の窒素や酸素と宇宙線が反応することで生成されています。水分子を構成する水素として存在するものが多いことから、トリチウムは大気中の水蒸気、雨水、海水だけでなく、水道水にも含まれています。

軽水素や重水素は安定な同位体で放射線は出しませんが、トリチウムは12.33年の半減期(元の原子核の数が半分になる時間)でβ線を出してヘリウム-3に変わる放射性同位体です(β線については後述)。
図3 水素の仲間(同位体)
図3 水素の仲間(同位体)
出所:三菱総合研究所

②なぜトリチウムの除去は難しいのか?

トリチウムは、処理水中で水分子の一部となって存在しています。このため、水の中にイオンの形で溶けているセシウムやストロンチウムといった他の放射性物質とは異なり、トリチウムが含まれる水分子のみを化学的な方法により分離し、除去することは容易ではありません。

福島第一原子力発電所で発生した処理水に含まれるトリチウムを含む水分子(下図のHTOやT2O)の濃度は最大でも1Lあたり数百万Bq(※4)です。これは1Lの処理水に含まれるトリチウムがわずか100ng(n(ナノ)は10-9)(重量の割合にして100万分の一よりはるかに少ない)程度であることを示しています。トリチウムを含む水分子だけを処理水から分離して取り出す方法も開発されていますが、このようなわずかな量のトリチウムを大量の処理水から取り出すには、膨大なエネルギーとコストが必要になり、現実的に利用可能な効率的な分離を行うには、さらなる技術開発が必要となります。
図4 トリチウムを含む水分子の構造
図4 トリチウムを含む水分子の構造
出所:三菱総合研究所

③トリチウムの、人体や環境への影響は?

トリチウムは放射線の一種であるβ線を出しますが、このβ線はとてもエネルギーの低い電子であるため紙一枚で遮ることができるほど弱く、外部から被ばくしても人体への影響はほとんどありません。また、水として飲んだ場合でも、特定の臓器に蓄積することはなく、他の放射性物質と比べて速やかに体外に排出されます。そのため、内部からの被ばくの影響も、取り込んだ放射能あたりで見れば他の放射性物質よりも小さくなっています。これまでも水道水などを通じてトリチウムは日常的に私たちの体内に取り込まれていますが、通常の生活を送ることで取り込んだトリチウムによる健康影響は確認されていません。

原子力発電所など国内外の原子力関連施設において発生したトリチウムは、近海に排出されています。日本でもこれまで40年以上にわたってトリチウムが排出されていますが、排出にあたっては濃度上限が定められており、原子力関連施設の近海におけるトリチウム濃度のモニタリングも継続して行われています。近海のトリチウム濃度は、WHO(世界保健機関)が定める飲料水のトリチウム濃度(10,000Bq/L)を下回っていることが確認されています。

④「トリチウム水」の処理・処分の取組状況は?

2018年4月時点で、処理水(※5)は、容量が約1,000tのタンクに換算すると1,065基ほどの量(※6)となっています。処理水を貯蔵するタンクの数や敷地は膨大になる一方です。タンクが増え続けるのに伴い、廃炉を進めるための設備増設などが必要となっても、その用地が確保できず作業が遅延するなどの影響が生じる可能性もあります。また、貯蔵し続けることで管理コストがかかり、処理水漏えいのリスクを常に抱えることにもなります。このように、処理水をタンクに貯蔵し続けることにはデメリットがあり、根本的な解決にはならないことから、処理水の処分方法を検討、決定する必要があります。

処理水の処分方法については、「地層注入」「海洋放出」「水蒸気放出」「水素放出」「地下埋設」といった選択肢が検討されています。処分方法の決定にあたっては、技術的な観点(技術的成立性、規制成立性、期間、コスト、作業員の被ばくなど)に加えて社会的な観点(風評被害の発生など)も必要であることから、経済産業省が委員会(※7)を設置し、専門家を交えた総合的な検討が行われているところです。
図5 タンクの大きさ(※8)のイメージ図(身長170cmの人との比較)
図5 タンクの大きさ(※8)のイメージ図(身長170cmの人との比較)
出所:三菱総合研究所
図6 福島第一原子力発電所敷地内の様子
図6 福島第一原子力発電所敷地内の様子

出所:東京電力ホールディングス「2017/6/28(水)「福島第一原子力発電所は、今」~あの日から、明日へ~(ver.2017.6)」
http://www.tepco.co.jp/decommision/news/movie/index-j.html(2018年6月12日閲覧)

3.「トリチウム水」の処理・処分を巡る今後の課題は?

トリチウムが出す放射線が非常に弱く、人体や環境への影響が小さいとはいえ、トリチウムを含む処理水を海洋や大気に放出することを不安に感じる方も多いでしょう。福島県産の農林水産物への影響や風評被害発生の懸念も指摘されています。

トリチウムは、あまりなじみがない物質であり、よくわからないため不安に思われている面があると考えられます。処分方法の説明はもちろんですが、まずはトリチウムそのものや影響についての丁寧な説明が不可欠といえるでしょう。

加えて、処分方法の決定にあたっては、決定後にのみ処分方法を周知するのではなく、決定前においても処分方法の検討・選定の観点、各選択肢のメリット・デメリットを丁寧に周知させるなど、決定プロセスの透明性を高めることも重要です。

処理水が処分されれば、福島第一原子力発電所の廃炉作業が一歩前進することになります。国内外から「再汚染」「負の影響の発生」などと捉えられることのないよう、処分方法の決定プロセスおよびその結論に対し、国民の理解・納得が得られるよう最善を尽くすことが望まれます。

※1 原子炉圧力容器内の炉心燃料が、事故によって原子炉格納容器の中の構造物(炉心を支える材料や制御棒、原子炉格納容器底部のコンクリートなど)と一緒に溶けて固まったもの。燃料デブリ取り出しの現状や今後の取り組みは、当連載コラムの「福島第一原子力発電所の燃料デブリ取り出しにむけて」に記載。

※2 経済産業省資源エネルギー庁「廃炉の大切な話 2018」2018年3月

※3 東京電力ホールディングス株式会社「重層的な汚染水対策の効果について」2018年3月1日(2018年6月1日閲覧)
http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/decommissioning/committee/osensuitaisakuteam/2018/03/3-01-04.pdf

※4 東京電力ホールディングス株式会社、「福島第一原子力発電所の汚染水の状況と対策について」、2017年11月14日(2018年6月1日閲覧)
https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/241491.pdf

※5 ここでの処理水には、ALPSでの浄化処理後の水に加えて、今後ALPSで浄化予定のストロンチウム処理水なども含む。

※6 「廃炉・汚染水対策チーム会合/事務局会議(第53回)資料 滞留水の貯蔵状況(4月19日時点)」2018年4月26日(2018年6月1日閲覧)
http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/decommissioning/committee/osensuitaisakuteam/2018/05/1-00-02.pdf

※7 多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(2018年6月1日閲覧)
http://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku.html#osensuitaisaku_mt

※8 Hitz日立造船株式会社製の工場完成型汚染水貯蔵タンクを想定
http://www.hitachizosen.co.jp/release/2015/04/001667.html