コラム

経営戦略とイノベーション経営コンサルティング

長期ビジョンで企業変革を実現する 第1回:変革スイッチとしての長期ビジョン

タグから探す

2019.7.2

経営イノベーション本部藤澤広洋

宮川貴光

山越理央

経営戦略とイノベーション
ここ数年、長期ビジョンの策定に取り組みたいという企業が増えている。長期ビジョンの重要性を認識するきっかけは各社さまざまであるが、戦後最長の景気回復が続く中で、現在のビジネスモデルの継続性に不安を感じて長期ビジョンに関心を持つ企業は多い。

本連載では、長期ビジョン策定における三菱総合研究所(以下、MRI)のアプローチをご紹介したい。当社のこれまでの経験から、長期ビジョンの策定は、大きく五つのステップに分けることができる。これから長期ビジョンを策定する方々の役に立つよう、成功のポイントやつまずきやすい落とし穴について、ステップごとに全5回に分けて解説していく。
図1 長期ビジョン策定の5ステップ
図1 長期ビジョン策定の5ステップ
出所:三菱総合研究所
第1回は、なぜ今長期ビジョンが重要なのかという点を解説した上で、長期ビジョンを策定するタイミングや策定体制の考え方を説明したい。

VUCAの時代の中、長期ビジョンの重要性が増している

近年、企業を取り巻く環境を表す言葉として、「VUCA(ブーカ)」が注目されている。VUCAは、Volatility(不安定性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった言葉である。企業にとって環境変化が激しく、かつ予測が難しくなっており、将来の経営環境を見通すことが困難になっていることを表している。
図2 VUCAの構成要素
図2 VUCAの構成要素
出所:Bennett, Nathan and Lemoine, G. James (January 2014), What VUCA Really Means for You, Harvard Business Reviewを元に三菱総合研究所作成
この「VUCAの時代」に的確に対応できている日本企業は少ない。理由の一つに、多くの企業が、3-5年スパンの中期経営計画を経営の中心に位置付けてきたことがある。

一般に、中期経営計画は6カ月程度かけて策定し、四半期から半期ごとに進捗をモニタリングしていくことが多い。事業環境が現在よりも安定していた時代は、事業の着実な成長を図る有用なツールとして機能していた。

しかし、激しい変化が突発的に起きるVUCAの時代には、中期経営計画の運用では変化への対応が難しい。これまで通り中期経営計画を策定しても、期間中に目まぐるしく変わる事業環境に対して、後追いの対応に終始してしまっている企業が実に多い。

変革のスイッチ:自社らしさを見つめ直し、変化を仕掛けるための長期ビジョン

VUCAの時代に求められるのは、「変化の後追い」ではなく、主体的な「変化への取り組み」だ。自社の存在価値を起点に、自社として実現したい社会像や会社の姿を描き、その実現に向けて能動的に変化を仕掛けていくことが求められる。インパクトのある変化を仕掛けていくには、個別事業レベルの既定路線での仕掛けではなく、全社視点のダイナミックな仕掛けが重要となる。

そのためにも自社の存在意義に立脚した長期の事業構想をはっきりと設定することが必要である。これまでの事業展開の中で培ってきた自社ならではの勝ちパターンをひも解き、自社らしさをあらためて定義する。将来にかけて新たに備えるべき価値を設定し、自社らしさを強化していく戦略ストーリーを描くことが重要だ。

変革のスイッチをいつ押すか:策定開始のタイミングを慎重に見極める

多くの企業の長期ビジョンでは、VUCAの時代へ適応するための「変革」が大きなテーマとなる。

変革は、社内の既存勢力からの抵抗を引き起こしやすい点に注意が必要だ。意外に思われるかもしれないが、主要な事業部や伝統的な管理部門といった社内の主流派が抵抗勢力となることが多い。それらの部署は、これまでの成功体験から、そのやり方を維持しようとする慣性が働きやすいことがその理由だ。

社内の主流派を巻き込み、変革を志向する長期ビジョンを打ち立てるには、取り組み開始のタイミングが非常に重要となる。変革に取り組む姿勢を社内外に大きく印象付けるため、社内の既存勢力を含めて変革の気運を高め、かつその後骨抜きにされないための最適なタイミングを慎重に選ぶことが必要だ。MRIでは、過去の経験から主に三つタイミングが有効となると認識している。
図3 長期ビジョンの策定開始に最適なタイミング
図3 長期ビジョンの策定開始に最適なタイミング
出所:三菱総合研究所
図3の①~③のいずれも、このタイミングを逃してしまうと、せっかく作った長期ビジョンが骨抜きにされてしまう恐れがある。自社の状況に即して適切なタイミングで開始することがポイントとなる。

変革のスイッチを探すのは誰か:現在のリーダー/次世代のリーダー/その両方

初めて長期ビジョンを策定しようとする企業では、経営層が過去に明確な方針を打ち出せず、現場にはビジョン待望論がまん延しているという状況によく出くわす。そのような企業の経営層の多くは長期ビジョンを決して軽んじておらず、むしろ必要性や重要性を十分に認識している。

経営者から従業員に至るまで変革の必要性を認識していても、なぜ動けないのか? その要因は大きく二つある。

第一に、経営層の成功体験の呪縛だ。日本企業に多い生え抜き経営者は、自身の成功体験をベースに経営のかじ取りを行うことが多い。VUCAの時代に起こる“突発的で前例のない劇的な変化”に対して、過去の成功経験を無理に当てはめようとして失敗することが多い。

第二に、現場に与えられたミッションの制約だ。日常的に顧客や市場からの評価にさらされる現場では、自社の提供価値を変革していく必要性を感じてはいても、会社全社としての視座を持つことや社外の情報に触れる機会が不足していることが多いし、そもそも事業の枠を超えて検討する権限が与えられていない。

これまで動けなかった組織で長期ビジョンを策定するには、タイミングと同様に、細心の注意を払って策定体制を設計することが必要だ。通常、長期ビジョンの策定体制としては、下記のうちいずれかを取ることが多い。それぞれの策定体制には下記の通りメリットと留意点が存在する。(図4)
図4 長期ビジョンの策定体制とそれぞれのメリット・留意点
図4 長期ビジョンの策定体制とそれぞれのメリット・留意点
出所:三菱総合研究所
企業がどの体制を採用するべきかについては、個社の状況によって異なる。重要なのは、経営層と現場とのパワーバランスを考慮し、経営層の変革方針が伝わりやすい策定体制を採用することである。

MRIでは、長期ビジョンの期間にわたって活躍が期待され、10-20年後に経営幹部として会社をけん引していると期待される人材が次世代リーダーとして参画する体制(②or③)を推奨することが多い。将来の長期ビジョンの推進役として経営幹部を育成できることに加え、現場の声を反映しやすくなり全社を挙げた長期ビジョン策定に対する気運を高めやすいというメリットがある。

なお、次世代リーダーとして期待される人材は30代半ば~40代前半のエース級であることが多く、所属部署との業務調整が必要となる。もちろん、長期ビジョンが会社の将来を考える上で重要なミッションであるとの認識に立ち、トップダウンでの調整も重要だ。

連載一覧

関連するナレッジ・コラム

関連するセミナー