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経営戦略とイノベーション経営コンサルティング

長期ビジョンで企業変革を実現する 第3回:自社に対する理解を深める

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2019.8.29

経営イノベーション本部藤澤広洋

宮川貴光

山越理央

経営戦略とイノベーション
本連載では、長期ビジョンの有効性と、その策定プロセスに関して紹介してきた。今回は、第2回に続き、MRIの考えるビジョン策定におけるポイントを整理する。 
図1 長期ビジョン策定の5ステップ
図1 長期ビジョン策定の5ステップ
出所:三菱総合研究所

(1)「自社らしさ」をビジョンに組み込む

将来の環境変化に目をむけた後は、自社の現状について理解を深めるプロセスに移る。
現状評価のプロセスでは、VRIO※1などに代表される内部環境分析をベースに、現在の市場環境における自社事業の競争優位、課題について分析していくが、長期ビジョンの策定においては、「自社らしさ」を探索・導出することが重要となる。

「自社らしさ」とは、企業が長きにわたり蓄積・継承されてきた、「企業としての特徴・性格」であり、社風や文化として表現される、その企業に属する組織・従業員がもつ「共通の価値観」である。例えば、トヨタ自動車の「カイゼン」や、リクルート創業者・江副浩正氏が掲げた「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」のように、社是や創業者の言葉として明文化されているものや、企業独自の行動特性・習性として暗黙的に継承されているものも存在する。
図2 自社らしさ
図2 自社らしさ
出所:三菱総合研究所
この「自社らしさ」を無形資産として把握・評価し、ビジョンに反映させていくことが、ビジョンの実行段階において成果に大きく寄与する。

(2)「自社らしさ」がビジョン実現に機能する理由

これまでMRIが支援したプロジェクトにおいて、「自社らしさ」をうまく反映できたビジョンは、実行段階においても頓挫することなく、掲げた目指す姿にむけて着実に歩みを進めているケースが多い。その理由として、以下2点が考えられる。

①「自社らしさ」=自社が培った「勝ちパターン」の型である

「自社らしさ」には、企業がこれまで成功を収めるなかで培った、ある種の思考・行動パターンが組み込まれている。長期ビジョン策定後、その実現にむけ、企業は新たな挑戦を進めることとなるが、その挑戦には多くの困難・障壁が伴う。立ちはだかる障壁を乗り超えるため、「自社らしさ」(=自社がこれまで成功を収めてきた勝ちパターンの結晶)をあらかじめビジョンに組み込むことで、策定したビジョンが「絵に描いたモチ」になることを防ぐ効果が期待できる。

②「自社らしさ」は、組織・従業員の納得度を高める

新たなビジョンを掲げることは、従業員に対し、将来に対する期待を醸成する半面、これまでの業務内容が変化することに対する不安・不満を表出させることにもなる。事業環境上、変化が必然であることが明らかな企業であっても、すべての従業員が変化に対してポジティブであるケースはない。ビジョン実現に向けては、いかに従業員の不満・不安を解消し、変化に対するポジティブな感情を醸成できるかが重要となるが、「自社らしさ」をビジョンに組み込むことで、組織・従業員の納得度を高めることが期待できる。

閑話休題:センスメイキング理論

センスメイキング(意味形成)理論とは、組織心理学の研究者であるカール・E・ワイクによって提唱された概念である。「未来に関する意思決定において、予測の正確性よりも、組織の納得度が高いことが重要である」ことを示唆する本理論は、不確実性が高まる現代における意思決定のコンセプトとして注目を集めている。カール・E・ワイクが著した『センスメーキングインオーガニゼーションズ』(遠田雄志・西本直人訳 文眞堂 2001年 P74)では、地図に関するこんな逸話が語られている。

ハンガリー軍の偵察隊が降雪の続くアルプス山脈で遭難した。遭難して数日、絶望し死を覚悟した偵察隊は、ひとりの隊員のポケットから地図を見つけ出した。彼らは希望を取り戻し、地図を手掛かりに吹雪の中から奇跡の生還を果たした。しかし下山後、命の恩人となった地図を手に取りよく眺めてみると、驚くことにその地図はアルプスではなく、ピレネーのものだったのだ。

この逸話は、組織が目指す方向性に対する「意味づけ」の重要さについて説明している。第1回のコラムでも触れた通り、現代社会はVUCAと称され、不確実性が高く、先行きが不透明な激動の状況が続くことが想定される。その環境下において、組織の目指す姿は、組織のメンバーに共感・納得(センスメイク)されることで、初めて実現にむけて動き出すことができる。ただし、逸話のように、間違った地図でゴールまでたどり着けるとは限らない。現在知りうる情報から、自社がどの方向に進むべきかを分析・評価することはもちろん必要である。それに加えて、なぜ自社がその方向に進むのか、そこにたどり着ける算段はあるのか、という疑問に対し、「もっともらしさ」をもって説得していくことが重要である。自社らしさは、もっともらしさの形成に有効に機能し、メンバーの共感・納得を生み出せるひとつの武器となる。

(3)「自社らしさ」の探索方法

上述したトヨタ自動車やリクルートのように、「自社らしさ」が明文化され、社内外に広く認知されている企業はまれであり、多くの企業は「自社らしさ」を自覚できていない状態である。
そのため、MRIが支援するビジョン策定プロジェクトにおいては、「自社らしさ」の探索プロセスに時間を割くケースが多いが、よく用いるアプローチ方法を2つ紹介したい。

①歴史からひもとく

「自社らしさ」とは、これまでの事業経験のなかで蓄積されたものである。その前提に立ち、企業の歴史を振り返ることで、ヒントを探っていく。特に創業期や転換期といった、企業存続にとって重要なステージでの取り組みに、その企業の個性が色濃く反映されている。
例えば、創業者の残した言葉や危機にひんした際の取り組みなどから読み取ることができる。また、当時を知るOBやベテラン社員にインタビューをすることで、長年企業が培ってきた固有の価値観を明らかにしていく。

②現場に耳を傾ける

また「自社らしさ」とは、組織の思考・行動パターンとして表出されるものである。そのため、従業員の業務行動を観察し、声を聞くことで、組織がもつ共通の価値観を捉えることができる。
従業員の声を聞く手法として、所属部門ごとのインタビューやアンケートを用いる。加えて、取引先やクライアントなど、ステークホルダーに対するヒアリングを実施するケースもある。
「自社らしさ」が明文化されていない企業は特に、固有の思考・行動パターンに対し無自覚である場合が多い。自社が外部からどのように見えているのか、という情報は、自組織の特徴に対する気付きを与えてくれる。また、他社で勤務した経験のある転職者に意見を求めることも有効である。
図3 自社らしさの探索手法
図3 自社らしさの探索手法
出所:三菱総合研究所
本稿をご覧になり「自社にはユニークでポジティブな特徴がない」と感じた方もいるかもしれない。しかし、他社と比較ができない性質ゆえ無自覚なだけであり、それぞれの企業には、個性的で未来を切り開く原動力となりうる、「自社らしさ」が備わっていることが多い。 ビジョン策定のプロセスにおいて、見えざる強みである「自社らしさ」を探索し、顕在化することが、企業変革の第一歩となるのではないだろうか。

※1VRIO:企業がもつ経営資源を「価値(Value)」「希少性(Rarity)」「模倣可能性(Imitability)」「組織(Organization)」から整理・分析し、事業領域における競争優位性を評価するフレームワーク

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