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経営戦略とイノベーション経営コンサルティング

長期ビジョンで企業変革を実現する 第5回:ビジョンの実現に向けて、第一歩をどう踏み出すか

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2019.11.21

経営イノベーション本部山越理央

藤澤広洋

宮川貴光

経営戦略とイノベーション
本連載では、長期ビジョンの有効性と、策定プロセスについて紹介してきた。ビジョン策定の実務を登山に例えるならば、前回までで、「どの山を目指すのか」「なぜ、この山を登るのか」が明確になり、従業員が腹落ちする表現でビジョンを言葉にしている。
第5回では、ビジョンをいかに実現していくのか、その第一歩の踏み出し方を紹介する。従業員、ならびにステークホルダーを巻き込み、団結して目指す山を登頂するには、(1)戦略目標の設定、(2)基本方針の策定、(3)変革ロードマップへの落とし込み、以上の3つが不可欠である。以下に、それぞれのポイントを整理する。
図1 ビジョン設計のイメージ(再掲 「第4回:目指す姿をビジョンに落とし込む」参照)
図1 ビジョン設計のイメージ(再掲 「第4回:目指す姿をビジョンに落とし込む」参照)
出所:三菱総合研究所
図2 長期ビジョン策定の5ステップ
図2 長期ビジョン策定の5ステップ
出所:三菱総合研究所

1. 「戦略目標」でビジョンの輪郭を描く

「戦略目標」とは、ビジョンを実現した際に到達すべき財務目標や非財務目標である。具体的には、自社の目指す姿として、売上高や営業利益などの業績やROEやROICなどの財務状況はどのような水準となっているか、持続的成長に向けた新たなガバナンス体制やSDGsに代表される社会課題への貢献はどのようになっているかなどを意味する。これらの「財務目標」や「非財務目標」を設定することで、ビジョン実現時の自社の姿に対する経営層および従業員の認識を合わせることができる。
ここで、財務目標や非財務目標の検討に際しては、次のような手順を取ることが多い。

(1)財務目標

財務目標では、ビジョン実現時における売上高や営業利益などの業績水準や、自己資本比率やROE、ROICといった財務指標の目標値を掲げる。具体的には、これまでの事業環境分析などを活用(第2回を参照)しながら、事業ごとの取組施策の整理と効果額試算を行い、将来における売上高や営業利益などの水準を設定する。
実務では、まずは現場(事業部)で市場予測や施策の効果額試算を行い、「現場の想い」としての事業別財務目標を検討する。当然ながら、想いだけを先行させず、目標とする売上高や営業利益が合理的に達成可能と言えるか、事業戦略と照らし合わせて検討しなければならない。例えば大規模な設備投資を背景に売上高の大幅拡大を目指す場合、減価償却費の拡大により営業利益の水準は現在よりも低くなるかもしれない、といった具合である。
その上で、企業価値最大化の観点から、リソースを最大限に活用できているかを事業部横断で検討し、経営層と事業部の意見交換や調整作業を経て、「経営者の意思」を反映させた財務目標を確定する。数字が独り歩きしないように、そして、数字に血を通わせるためにも、現場の巻き込みと、経営層と事業部の泥臭い議論とすり合わせに時間をかけることがポイントだ。
図3 財務目標の策定フロー
図3 財務目標の策定フロー
出所:三菱総合研究所

(2)非財務目標

非財務目標は、近年投資家の間で注目を集めているESG投資の観点からも、全社的な検討が求められるものである。ESG投資は、環境(E)・社会(S)・企業統治(G)などの企業が持続的成長を目指す上で重視すべき非財務情報を考慮した投資を指す。ESG投資家は、企業価値評価において企業のSDGsへの対応を見ているため、非財務目標としては、(可能な限り)SDGsの戦略的位置づけを検討しながら、全社および事業の戦略に直接関連する非財務情報に焦点を当て、目標を設定すると良い。
なお、非財務情報とは、「カネ(財務資本)以外の全ての経営資本に関する情報」を意味する。非財務目標の設定では、これらの要素の中で、ビジョンの実現に不可欠なもの/必ず成し遂げなければならないものをピックアップし、ビジョン実現時にどのような水準となっているかを具体的に示せば良い。例えば、ビジョンにおいて新たなビジネスモデルに挑戦することを掲げている場合、その実現を支える人材やノウハウ(人的資本や知的資本)を不可欠な要素として抽出し、非財務目標を設定するイメージだ。
図4 非財務情報の要素(国際統合報告フレームワーク※1に基づく)
図4 非財務情報の要素(国際統合報告フレームワーク※1に基づく)
※1:統合報告書を作成する際に考慮すべき原則や、開示すべき情報の内容に関して、国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council、略称IIRC)が2013年12月に発行している。
出所:三菱総合研究所

2. 「基本方針」で活動の焦点を絞る

戦略目標の設定後、多くの企業はその実現に向けてがむしゃらに突き進もうとする。しかしそれでは、これまでの失敗を繰り返すのがオチだ。毎年同じようなスローガンを掲げ、1年たって振り返れば何も変わっていない、そのような企業は実に多い。
まずは、設定した戦略目標について、「なぜ、今まで達成できなかったのか」と内省することが大切だ。経営層の意思決定スピードや組織間(トップと現場、各機能間やグループ企業間)の連携、現場の実行力、経営のモニタリング体制など、目標達成に向けた体制や仕組みが整備されているかを確認し、基盤を構築しなければならない。
また、戦略目標を定めても、「やるべきこと」が明確でなければ、取り組みは想定通りに進捗しない。ビジョンの実現に向けてどのようなことに取り組むのかという、「基本方針」を策定しなければならない。むろん基本方針には、先述の目標達成に向けた体制や仕組みの構築などを1つの方針として掲げても良いだろう。ただし、私たちの経験則として、基本方針は多くても「5つ程度」に絞り込んだ方が良い。ビジョンの実現に向けた活動の焦点を絞らなければ、リソースを集約できず、目に見える効果を上げることが難しいからだ。どのような企業であっても、リソースは有限である。「やるべきこと」を明確化すると同時に、「やめること」を決断することこそ、実は最も重要な意思決定といえる。
図5 基本方針の策定ステップ
図5 基本方針の策定ステップ
出所:三菱総合研究所

3. 「変革ロードマップ」に落とし込み、現在と未来をつなぐ

現在の自社の姿や将来のビジョン(あるべき姿)は、何らかの変革活動のBeforeとAfterの静止図でしかない。したがって、現在と将来をつなぐ、変革のロードマップを策定することは、ビジョンの実現における本質的な課題といえる。
変革ロードマップは、基本方針ごとに作成していく。大まかなステップは以下となる。
図6 変革ロードマップの策定ステップ
図6 変革ロードマップの策定ステップ
出所:三菱総合研究所
ここで1番のポイントは、「推進役」を(可能であれば個人名で)立てることだ。
ある会社では、基本方針ごとに担当役員を配置し、複数の事業部門からエース級の人材(いわゆる、次世代幹部候補)を兼務ではなく専任として選定して「変革チーム」を組成している。現在の経営に責任のある役員をトップとして、将来の経営を担う中核社員が遂行を担うことで、現在から将来にかけての企業変革をシームレスに推進していくことを狙っているのだ。ここまでの強い意志と思い切ったリソース配置をして初めて、組織はあるべき姿へと歩み始めることができる。
上記の3つの取り組み(戦略目標の設定、基本方針の策定、ロードマップへの落とし込み)を通して、ビジョンの実現に向けた第一歩を踏み出せる。一般的には、言葉としてのビジョンをここまで具体化できた時点で、社内外に公表する企業が多いだろう。ここで、ビジョン策定の実務は一応の区切りを迎えることになるが、ビジョンの実現に向けた取り組みとしてはようやくスタートラインに立てたところである。ここからは、全従業員へのビジョン浸透、各事業戦略や取組施策のPDCA管理など、より高度なマネジメントが求められることになる。これらのビジョン策定後の実務については、あらためて解説したい。
図7 変革ロードマップのイメージ
図7 変革ロードマップのイメージ
注:実務では、上記のように基本方針ごとに目標と取組施策を整理したうえで、さらに詳細なアクションプラン(担当者が具体的に動くことができる程度にまで、個々の取組施策を1つ1つのアクションに分解し、開始時期と終了時期を明記したもの)を作成する。
出所:三菱総合研究所

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