先日、エリザベス女王が今後は動物の毛皮を使った衣類を着ないことを決めたとイギリス王室から発表された※1。御年93歳の女性が今後の人生において毛皮を着ないとの決意が、環境保護の観点から、どの程度の影響があるかは不明であるが、メディアでの取り上げ方を見ると、注目度とメッセージ性は十分にあったと思われる。
注目度という意味では、2018年、2019年と2年連続でアパレルブランドのLacosteから発売された「SAVE OUR SPECIES※2」というコレクションもメディアや一般消費者に好意的に取り上げられた。このコレクションではLacosteのアイコニックなワニのロゴが10種の絶滅危惧種のプリントに変えられ、それぞれの種の生息数と同じ枚数だけ販売された。Lacosteは2018年に国際自然保護連合(IUCN)と3年間のパートナーシップ契約を締結し、「SAVE OUR SPECIES」はその結果誕生した異色のコレクションだ。
上記の事例は、いずれも環境保護の取り組みとして直接的なインパクトはない。しかし、一定の気づきを生むアウェアネス効果は期待できる。また、このような取り組みは、ある意味では、ファッション業界や身だしなみを重視する多くの人々がもつ罪悪感の現れと捉えることもできる。
現代社会では、ほぼ全ての人が衣類を着ている。中には最低限の衣類を身にまとう人もいれば、季節やTPO、またはその日の気分に合わせて着る服を変える人もいる。そのようなさまざまな指向の人々にシーズンごとに新しい製品を提供することがファッション業界の存在意義であり、生き残りの手段でもある。アパレル産業はその巨大さから環境への影響も大きい。衣服の生産と輸送を通じて排出されるCO2や、原材料の処理と染色に必要な大量の水、化学合成繊維に起因する排水やマイクロプラスチックの混入など、サプライチェーンの各ステージを通じて環境負荷が高い。2015年の繊維製品由来の温室効果ガス排出量は世界合計で12億CO2換算トン/年※3であり、これは日本における2017年度の温室効果ガスの総排出量とほぼ同じである※4。しかも、近年は衣類が廃棄されるまでのサイクルが短くなっており、世界最大級の市場である中国では一着あたりの着用回数が2015年時点で2000年比70%も減っている※5。これは、世界各国が徐々に裕福になってきている影響も考えられるが、アパレル産業においてファストファッションが一般的になり、大量生産品が低価格で買えるようになった結果、消費が加速した側面も見逃せない。つまり、短期間しか着られず、再利用も難しい製品を大量に生産するために、世界最大級の非循環型の大量生産・大量消費を前提としたサプライチェーンが維持されている。
アパレル産業では、児童労働や過酷な労働条件など、フェアトレードが長年大きな問題として議論されてきたが、エネルギー産業や運輸業と比べて、環境負荷が議論の対象となることは少なかった。だが、近年、ファッションブランドにとって重要なターゲット層となっている先進国の若者に新たな流行が見られるようになった。2018年から急速に広まった「Fridays for Future※6」は代表的な例だが、今自分たちが生きている世界が近い将来どうなるのか、現実的な不安を抱いた若い世代が環境問題に敏感になってきている。大量生産・大量消費をレゾンデートルとしてきたファッション業界でも、徐々に環境対策を避けられない課題の一つとして認識する企業が増えている。
Lacosteのコレクションは、無私のアウェアネスキャンペーンではなく、エンドユーザーの環境問題に対する感度が高まっている時流にうまく乗ったマーケティングの成功例と見ることもできる。本来、関係者の好みや関心の向く先の移り変わりが激しいファッション業界だが、今後は環境意識の高まりというトレンドを一時のファッションで終わらせない努力が必要になるのではないだろうか。サプライチェーンの見直しは、どの産業にとっても非常に大きなチャレンジであり、アパレル産業の産業規模から考えると根底から見直すことは並大抵ではない。しかし、服を選ぶ上での主なファクターに、これまでの見た目・着心地・金額・ブランドといった要素に「エコ」が加わったことはチャンスと見るべきだ。薄利多売のファストファッションや一点ものの高級ブランドという2分野以外にも、近年では、頑丈なリユース品を扱うFREITAG※7や持続可能素材にこだわったECOALF※8などのブランドが成功している。
あくまでファッションであるため、身に付けたくなるデザイン性は求められるが、身の回りの意外なリソースが次世代のトレンドアイテムになり得る可能性を秘めている。