コラム

環境・エネルギートピックスサステナビリティ

成長を続ける航空輸送産業とバイオジェット燃料の可能性

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2020.2.27

環境・エネルギー事業本部永村知之

環境・エネルギートピックス
世界全体の平均気温が今世紀に入って最高記録更新を続け※1、温暖化の進行はますます確実になってきた。世界的にも危機感が高まり気候変動対策が強化されているが、中でも航空輸送は温室効果ガスを大量に排出するものとして逆風にさらされている。「飛び恥※2」という言葉も登場し、一部では航空機の使用を取りやめる動きもある。
航空輸送は高速移動を実現するために大量の燃料を消費する。同じ輸送量あたりの温室効果ガス排出量は鉄道、船舶など、ほかの輸送機関より大きい※3。また近年、グローバル化の進展とともに特に国際輸送量が急増しており、国際航空由来の温室効果ガス排出量は右肩上がりとなる見込みだ(図)。しかし航空輸送は現代社会に欠かせない存在であることも確かである。来るべき脱炭素社会と航空輸送が共存していくためには、排出量の削減は必須の情勢といえる。
ここで問題となるのが、航空輸送からの排出削減対策が限られていることだ。従来、航空機の燃費向上や管制方式の改善などに取り組んでいるが、それだけでは排出量の増加を抑えることができない。そこで、国際民間航空機関(ICAO※4 )を中心にさらなる取り組みが検討されている。
温室効果ガスの削減対策は基本的に国ごとに計画が策定・実行されている。これに対して、国をまたがる国際航空輸送は、国ごとの管理ではなく国際機関に削減対策の立案・実行が委ねられており、ICAOがその役割を担っている。ICAOは2020年以降、国際航空輸送からの温室効果ガスの排出量を増やさないという目標を設定し、それを担保する措置としてCORSIA※5の導入を決めた(図)。CORSIAでは各航空会社に段階的に排出を抑制する義務を課して強化していくこととしているが、削減対策の柱の一つにバイオジェット燃料を中核として持続可能な航空燃料の利用を位置付けている。バイオジェット燃料は生物が取り込んだ大気中のCO2を燃料燃焼時に大気放出することから、大気中のCO2濃度を変化させない。カーボンニュートラルであり、化石燃料を利用するのに比べCO2削減効果がある。これを受け、バイオジェット燃料をめぐる動きが起きており、KLMオランダ航空やユナイテッド航空では導入を開始、オスロ空港ではハイドラントシステム※6での供給を開始している。また日本の航空会社でもバイオジェット燃料の開発に投資し、将来に向けて確保する動きが生じている。
図 ICAOによる国際航空からのCO2排出量予測と排出削減目標
図 ICAOによる国際航空からのCO2排出量予測と排出削減目標
出所:CORSIA, Carbon offsetting and Reduction Scheme for International Aviation Implementation Plan,
https://www.icao.int/environmental-protection/Documents/CorsiaBrochure_8Panels-ENG-Web.pdf(閲覧日:2020年1月24日)
このように削減対策の柱として期待されているバイオジェット燃料ではあるが、導入が本格的に進むためにはいくつかの課題がある。

まずバイオジェット燃料が現在は市場流通段階にない点があげられる。日本では新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が製造コスト120円/リットルを目標※7とする技術開発を行っているが、化石燃料であるジェット燃料油(ケロシン)が、現在税抜きで60円/リットル程度なのに対して高コストであり、市場で自然に需要が発生し流通することを期待するのは難しい。このため、政策的に誘導する必要があるが、他の温暖化対策との関係においてバイオジェット燃料利用をどう位置付けるか、その扱いが市場形成に影響すると考えられる。

次にICAOが導入したCORSIAで、航空会社がクレジット※8を削減対策として使用することを認めている点もあげられる。クレジットの流通価格が現在は数百円~数千円/tCO2程度の水準であるのに対して、バイオジェット燃料を導入した場合、削減コストが5万円/tCO2程度※9の水準であり、費用対効果の面でバイオジェット燃料は苦しい状況にある。このため、国際航空部門以外の削減対策への資金流出につながるクレジット利用に制限をかけなければ、バイオジェット燃料の利用が限定的になる恐れがある。

またバイオジェット燃料の利用が、現在使われている化石燃料(ケロシン)に対して燃焼時だけでなく燃料製造時などを含むライフサイクルの視点から温室効果ガス排出量を削減していなければならない点もあげられる。これは、燃料燃焼時だけをみればカーボンニュートラルで純排出量は0になるバイオジェット燃料も、原料となる植物を栽培し、原料(都市ゴミ、動植物油脂、廃食油や木材など)から燃料を生成・輸送する過程でさまざまな温室効果ガスを排出する。このため、実際に燃料を使用するに当たってはライフサイクルにおけるCO2の排出も含めて考える必要があり、バイオジェット燃料だから直ちに削減対策として優れているとはいえない。実際にICAOの評価をみると、化石燃料と比べた削減率※10は、原料と製造プロセスの種類によって26~94%とまちまちであり、削減効果の優れたバイオジェット燃料を選んでいく必要がある。
以上を踏まえると、今後バイオジェット燃料市場が大きく育つかどうかは不透明な部分が大きい。ただし、一部で研究されている電動航空機も、その利用は小型・軽量の分野に限られるなど、密度が高いエネルギー源を必要とする長距離・大量の航空輸送での選択は考えにくい。航空輸送での排出削減対策の手段が限られていることを考えれば、コスト面や排出削減効果の優れたバイオジェット燃料から徐々に使用を拡大する方向になるだろう。

当社では、これまで政策調査を中心に、バイオジェット燃料関連の制度設計支援を行ってきたが、市場調査や技術調査など、今後のバイオジェット燃料市場を目指す事業者への支援も拡大している。世界の航空需要が伸びていく中、日本にとっても不可欠な取り組みに貢献していきたい。

※ 1:気象庁「世界の年平均気温」
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/temp/an_wld.html(閲覧日:2020年1月24日)

※ 2:「Flygskam(スウェーデン語)」のこと。スウェーデンを発祥とし、ヨーロッパを中心に温室効果ガス排出量の多い航空輸送の利用を恥じるという考え方が広がっている。実際にスウェーデンでは航空輸送の利用客数が減少し、鉄道輸送の利用客数が増加する傾向がみられる。

※ 3:国内旅客輸送の輸送量当たりの二酸化炭素排出量で比較した場合、航空は鉄道に比べ約5倍となる。
国土交通省「運輸部門における二酸化炭素排出量」
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html(閲覧日:2020年1月24日)

※ 4:International Civil Aviation Organization。国連の専門機関の一つ。

※ 5:Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation。国際民間航空輸送を対象とした国際航空におけるカーボンオフセット制度。

※ 6:輸送量の多い国際空港で一般的に用いられる空港地下埋設管での燃料供給システム。

※ 7:NEDO「『バイオジェット燃料生産技術開発事業』基本計画による2030年目標」
https://www.nedo.go.jp/content/100859781.pdf(閲覧日:2020年1月24日)

※ 8:省エネや再エネの導入など、排出削減の取り組みを行った結果として削減効果の量を証明するもので、削減した量を取引することができる。排出削減義務がある場合に購入すれば、その目標達成に使うことができる。国際航空部門以外のさまざまな分野で発行されており、CORSIAで利用する場合には、国際航空部門外の削減対策を資金的に支援することにつながる。なお、CORSIAでは適格性基準が示されているものの、具体的にどの種類のクレジットが適格かはまだ公表されていない(2020年1月時点)。

※ 9:化石燃料との価格差を60円/リットル程度、ライフサイクルにおける温室効果ガス排出削減率を50%程度と仮定した場合。

※10:土地利用変化による排出を除く(出所:ICAO(2019)“LCA Methodology”)。