コラム

カーボンニュートラル時代の原子力エネルギー経済・社会・技術

福島第一原子力発電所の廃炉に向けた研究開発

研究成果の価値最大化のために
福島第一原子力発電所事故後の原子力

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2020.6.26

原子力安全事業本部中村京春

カーボンニュートラル時代の原子力
東京電力福島第一原子力発電所(以下、「福島第一原発」)では、廃炉に向けた作業が懸命に進められている。国内では前例のない事故炉である福島第一原発には、事故発生から9年以上経過した現在も、高い放射能レベルの環境であるが故に容易にアクセスできず、原子炉内部の状況を正確に把握できていない。それだけにとりわけ廃炉工程の難易度が高い。しかし、最近では、小型ロボットによる自走探索や解析による推定などを通じて内部の状況が徐々にではあるが、明らかになってきた。それに伴い、廃炉作業に立ちはだかる課題や解決までの道筋も見えてきた。

廃炉作業の課題に対応するには、解決策を生み出す研究開発が必要である。しかし、福島第一原発の廃炉作業は今後も数十年続くため、現場での実作業で生じる課題の解決に向けたピンポイントの研究開発だけでは限界がくる。俯瞰(ふかん)的かつ長期的な視点に立った研究開発が必要となる。つまり、現場での対応や実用化を目的とした研究開発に加え、現象やメカニズムを明らかにし、基盤となるデータの収集に重きをおく研究開発も重要となる。一般に前者を応用研究、後者を基礎研究と呼び※1、この両輪がそろってこそ現場で成果を有効に活用できる。今、日本で進む福島第一原発を対象にした研究開発プロジェクトも例外ではない。多くの研究者が参画し、応用研究として「廃炉・汚染水対策事業※2」が、基礎研究として「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業※3(以下、「英知事業」)」が進められている。
図 研究開発のフェーズ
図 研究開発のフェーズ
出所:三菱総合研究所
筆者は、福島第一原発を対象としたこれらの研究開発に、マネジメント担当として関与している。業務を通じて、現場に役立つ成果をもたらす研究開発を、より効率的かつ効果的に進めるにはどうすればよいか意識するようになった。

研究成果の現場適用を促進させるためのポイントとして挙げたいのが、基礎研究段階から扱うべき廃炉の課題を明確化すること、そして基礎研究と応用研究との連携である。

基礎研究は総じて長期的な視点に立つため、応用研究と比較して、現場が今直面している課題からは遠く、現場から見れば、課題設定が漠としているように見えてしまう面がある。研究領域によっては、研究の進め方はもちろんのこと、研究課題の設定自体も、研究者自身の興味・関心の範囲で定めているケースも見受けられる。そのため、研究の出口が現場の課題のどこにどのように活用されるのかが明確でないまま研究が進められ、結果として現場適用につながらなくなる。

また基礎研究は、基本的にその成果単独で現場の課題を直接的に解決できることはほとんどない。原子力分野ではないが、iPS細胞を例に挙げると、その細胞の作製という基礎研究で成果が出たとしても、すぐに再生医療に応用できるわけではない。臨床の世界での課題を抽出し、その課題を解決する上で必要な他の領域の研究を把握したうえで、適切な組み合わせを実現できなければ実用には至らない。

基礎研究と応用研究との連携を模索する試みとして、廃炉環境国際共同研究センター(以下、「CLADS」※4 )が策定した「基礎・基盤研究の全体マップ」※5 に注目したい。同マップは、『基礎・基盤研究』と銘打ってはいるが、現場が求めるニーズを網羅的に整理し、そこから何をしなければならないのか、そのためにどんな研究開発が必要かを、応用研究も含めて整理している。基礎研究である「英知事業」では、同マップに基づく研究開発が進められている。「基礎・基盤研究の全体マップ」を参考にすることで、基礎研究から応用研究、さらに実用化へのつながりを、研究者がイメージしやすくなることを目指している。

廃炉の全体工程の中で個々の研究開発間の適切な組み合わせを実現する際にも、同マップを活用できる。例えば、デブリ取り出しに関する研究を行う場合、その後に控える廃棄物処理を考慮に入れれば、それぞれの研究成果をより効果的で効率的に活用することが可能になるはずだ。デブリ取り出し時に建屋や原子炉内部の構造物を削ることで発生した廃棄物の状態や物量は、デブリの取り出し方法に依存するからである。このように、相互の研究開発の関連性をきちんと把握することは、廃炉作業全体における取り組みの全体最適にもつながる。

なお、「基礎・基盤研究の全体マップ」においても、廃炉作業全体の最適化は、今後の総合的な課題として認識されている。個別の研究開発が着実に進展しつつある今、より大所高所の視点から、それらの研究をコーディネートするような機能の実装がますます不可欠になってくるだろう。CLADSによるマップがさらなる充実を遂げ、基礎研究および応用研究に取り組む研究者に大いに活用されることを期待したい。

2021年に燃料デブリの取り出しが開始される。三菱総合研究所は福島第一原発の廃炉に向けた研究開発のマネジメント業務を担っており、研究者が全力で研究開発に取り組める環境の整備やそれら成果の現場適用などを推進している。今後、全体最適を意識しつつ、福島第一原発が抱える課題の解決につながる研究開発をさらに加速させ、廃炉作業の円滑な進捗に貢献していきたい。

※1:研究開発を進める際は、一般に、研究テーマの設定を行い、基礎研究、応用研究、そして実用化といったフェーズを経る必要がある。

※2:福島第一原発の廃炉・汚染水対策に資する技術の開発を支援する、経済産業省資源エネルギー庁所管の研究開発事業。

※3:国内の原子力分野のみならずさまざまな分野の知見や経験を緊密に融合・連携させることで、原子力の課題解決に資する基礎的・基盤的研究や人材育成の取り組みを推進する、文部科学省所管の研究開発事業。

※4:CLADSは、前述した「英知事業」を文部科学省とともに推進する日本原子力研究開発機構の傘下組織。

※5:日本原子力研究開発機構「基礎・基盤研究の全体マップ(2020年版)」
https://fukushima.jaea.go.jp/hairo/platform/map/map.html(閲覧日:2020年6月16日)