国家の目標が、領土の拡張や領域外における権益の獲得に主眼が置かれていた時代には、軍事力行使の様態や軍事力そのものの評価、それに関わる外交プロセスを扱うことが、安全保障分野の中心に置かれてきた。
このような伝統的安全保障の考え方に対し、社会構造の最上位概念は、今や「国家」とは言い切れない。国家の保有する軍事力・政治力・外交力あるいは経済力といったパワーは積極的に戦争・戦闘行動をとるためのものではなく、国民の安全に対する脅威への防衛措置(生存権を保障するためのツール)として認識され始めているからである。この結果、「国民の安全に対するさまざまな脅威への対処を行うもの」「あくまで抑止力としての効果を期待して整備・行使されるものである」と考えられるようになりつつある。
このことは「安全を保障されるべき主体は国民である」との帰結に通ずる。さらには「国家を構成する国民の生命と財産の安全を確保することが国家の責務である」との風潮にも通じると考えられる。
さらに、国民の安全に対する脅威が多様化している。例えば、国家に限定されない非政府勢力などによる海賊・テロ行為が起きている。また国民生活の安定維持のためのエネルギー安全保障や食糧安全保障、農業安全保障、環境安全保障が脅かされたり、パンデミックの脅威が身に降りかかる恐れもある。いま、これらへの対応をも包含し、物理的強制力の衝突に限定されない「非伝統的安全保障」の考え方が提起されている。