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外交・安全保障 第1回:概念の変遷と新視点からの課題

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2022.4.28

フロンティア・テクノロジー本部宇佐美 暁

外交・安全保障
日本では、戦後の混乱期以降、戦争や軍事、外交・安全保障問題を扱うことが、ある種の聖域(タブー)であるかのように捉えられてきた時代が長く続いてきた。一方、刻々と変化する世界情勢に伴い、経済安全保障や敵基地攻撃能力の整備といった議論がなされるようになり、国際社会の一員たる主権国家として、なすべき議論は不可避である、との認識が共有されつつある。

伝統的安全保障概念からの変遷

国家の目標が、領土の拡張や領域外における権益の獲得に主眼が置かれていた時代には、軍事力行使の様態や軍事力そのものの評価、それに関わる外交プロセスを扱うことが、安全保障分野の中心に置かれてきた。

このような伝統的安全保障の考え方に対し、社会構造の最上位概念は、今や「国家」とは言い切れない。国家の保有する軍事力・政治力・外交力あるいは経済力といったパワーは積極的に戦争・戦闘行動をとるためのものではなく、国民の安全に対する脅威への防衛措置(生存権を保障するためのツール)として認識され始めているからである。この結果、「国民の安全に対するさまざまな脅威への対処を行うもの」「あくまで抑止力としての効果を期待して整備・行使されるものである」と考えられるようになりつつある。

このことは「安全を保障されるべき主体は国民である」との帰結に通ずる。さらには「国家を構成する国民の生命と財産の安全を確保することが国家の責務である」との風潮にも通じると考えられる。

さらに、国民の安全に対する脅威が多様化している。例えば、国家に限定されない非政府勢力などによる海賊・テロ行為が起きている。また国民生活の安定維持のためのエネルギー安全保障や食糧安全保障、農業安全保障、環境安全保障が脅かされたり、パンデミックの脅威が身に降りかかる恐れもある。いま、これらへの対応をも包含し、物理的強制力の衝突に限定されない「非伝統的安全保障」の考え方が提起されている。

多様化する脅威に対する新しい安全保障

軍事力の行使によらない「非伝統的安全保障」には、まず、「集団的安全保障」がある。国家の上位概念として、国際機関のリーダーシップや多国間協調による紛争解決等を図ろうとするものだが、最大の障害は、当事国が「自国の利益を多国間の利益に優越させない」ことが極めて困難であることだ。続いて「人間の安全保障」は、個人の利益が国家国益よりも優先されるという考え方であり、人権抑圧、虐殺、飢餓、難民といった、人命に直結する事象が対象となる。

その上で、人間と国家を双方に益する「総合安全保障」に取り組むべきであろう。エネルギー、食糧、農業といった経済的要素を加味しつつ、例えば、エネルギーの安定供給という命題には、シーレーン(海上交通路)防衛という物理的強制力の利用という要素も包含される。軍事的要素を考慮に入れることを二次的に扱うこれら安全保障の概念が普及してくると、「安全保障」の定義はますます曖昧化し、時代や社会情勢に応じて、多様な枠組みが形成されていくことになる。

現在、安全保障の守備範囲は、地球上あるいは領域内に止まらず、宇宙やサイバー空間の利活用に係る議論なども行われている。社会が多様化し、さまざまなステークホルダーの存在が認識されるようになっている現代では、特にこれら「新領域」の安全保障において、「国民国家を前提としない安全保障」に係る議論も進められているところである。

「経済安全保障」については、近年とみに国際的な議論が活発化している。経済的自由権とその正当性が課題となり、例えばサプライチェーンの強靭化や知的財産の保護・流出抑止、自由な企業活動と国益とのバランス等々の議論が扱われる。日本でも、経済安全保障関連の法整備のための準備が進められており、2022年3月17日に国会における審議が開始された。

新たな経済安全保障法制では、デュアルユース技術を含む先進技術情報の保全、希少物資の確保などを実現するために、これまで安全保障のためにはあまり用いられてこなかった経済施策を用いる。一層の社会変革をもたらすものであり、官民一体となった仕組みづくり、知恵の結集が進められている。
三菱総合研究所では、政治・経済・法学的研究に立脚する「伝統的安全保障」のアプローチ、また科学・技術的観点をも加味して、新しい安全保障の課題を明確化し、その最適解を提示することを目指す。

例えば、「安全保障貿易管理」では、輸出前申請の際にエンドユーザーを確認するなどの方法によって、好ましからざる対象への技術移転を抑止することに注意が払われてきた。いかにして情報を「漏出させないか」に努める一方、戦略的観点から、友好国への技術移転の有用性についても議論がなされてきているところである。

この際、重要となるのは、「技術評価」の枠組みを規定することである。個々の技術を、秘匿性・戦略性・汎用性・国際的技術振興への貢献性といった観点から評価・整理することで、管理基準をレベル分けしていくことも一考に値するだろう。

具体的には、新領域(宇宙、サイバー、電磁波)や経済安全保障(サプライチェーンの強靭化、重要技術の管理・研究開発推進)、防衛分野における先端技術(AI、無人化、ドローン技術)活用などのさまざまな場面で、より実践的な新しい方向性を示していく。