マンスリーレビュー

2017年11月号特集テクノロジー海外戦略・事業

マテリアル革命が日本を救う

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2017.11.1
テクノロジー

POINT

  • デジタル革命をリアルな世界で支えるのはマテリアルである。
  • 日本のマテリアルは産業規模、技術開発の面で高いポテンシャルをもつ。
  • 最新の情報科学を戦略的に活用し、日本の競争力の維持・拡大を図るべき。

1.デジタルイノベーションの次に来るもの

現在、人工知能(AI)にビッグデータ、フィンテックにIoE(インターネット・オブ・エブリシング)と、デジタルイノベーションばやりである。ソフトを中心としたデジタル技術が世界を席巻しているように見える。

図1に模式的に時代の進歩の流れを示した。横軸は時間軸、縦軸は技術を含む産業価値の度合いを表す。縦軸は線形ではなく対数表記であることに注意してほしい。ハードウエアとしてのコンピューターの性能は、その黎明期から急速に進歩してきた。1965年にインテルの創業者であるゴードン・ムーア氏が唱えた「半導体の集積度は18カ月で倍増する」という法則はいまだに健在である。一方、電子産業全体で見ると、その価値の多くはデータを含めたソフトウエアの部分が占めるようになってきた。ハードウエアは、単に情報をやり取りするための端末でよいと考えられ、相対的に価値が低下したのである。すなわち、主役の入れ替わり、ゲームチェンジが起こった。これが、いわゆるゲームチェンジ1.0である。かつて高品質を武器に権勢を誇ったわが国の電子産業の凋落も、このトレンドの中で考えると分かりやすい。

デジタルイノベーションの本場であるシリコンバレーは、データやソフトの価値にいち早く気付いた。その結果、ビジネスで重要なことは「データの蓄積をいかに図るかだ」という哲学にのっとったGoogleなどのベンチャー企業を次々と輩出した。昔はシリコン、今はソフト・ITといわれ、彼らはゲームチェンジの牽引役であった。

しかしながら、今、シリコンバレーは新たな壁にぶつかっている。新しいビジネスアイデアを実現しようとしても、これを可能にするハードウエアがないという問題が生じている。いたるところにセンサーを配置してネットワーク化し、地球規模で社会問題の解決に活用しよういうトリリオン・センサー構想(トリリオンは1兆を示す)が提唱されているが、これを実現できる超低消費電力のセンサーやネットワークは存在しない。ハードウエアが進歩の律速(ボトルネック)になっているのだ。

言うまでもなくリアル社会はデジタルだけでは動かない。デジタルによる革新をリアルな世界で支えるのはモノやそれを構成するマテリアルである。モノとデジタル技術が、交互かつ補完的に進化していく、この動きをゲームチェンジ2.0と呼びたい。
[図1]なぜ、マテリアル革命が必要なのか?

2.マテリアルへの期待とインパクト

意外かもしれないが、産業分野としても、材料・素材・部材を含むマテリアルは産業規模が大きく、日本経済に与える影響も大きい。日本はエネルギー・資源、食料を輸入しないと成り立たない特殊な先進国である。2016年度の鉱物性燃料の輸入額は13.1兆円(総輸入額67.5兆円の19%)、食料品の輸入額は6.4兆円(総輸入額の9%)、原料品は4.1兆円(総輸入額の6%)である。これら約24兆円の買い物をするためには、それに見合った価値を海外に提供する必要がある。何で稼いでいるのか。日本の輸出を品目別に見ると、マテリアルを構成する化学製品と原料別製品を合わせた輸出額は、輸出の代表格のように思われている輸送用機械に匹敵している。

また、消費社会を支えてきたマテリアルを、先端技術によって、環境負荷やエネルギー消費が小さいマテリアルに進化させることができれば、製造業全体に与えるポジティブな影響は計りしれない。

さらに、高効率・低コスト太陽電池などの実現で、再生可能エネルギー比率は著しく高まる。新しいマテリアルの活用により自動車の重量が半減しバッテリーの容量が倍増すれば、電気自動車の普及が一気に進む。これを目標とした国のプロジェクトも始まっている。このように省エネや創エネに貢献するマテリアルを開発し、かつリサイクルしやすい材料設計を行うことで、日本の致命的な弱点を克服した「資源・エネルギー制約から解き放たれた理想的な循環社会」が実現できる。われわれが「マテリアル革命」と呼ぶことの本質はこの点にある。

自動車、エネルギーなどの産業分野では、マテリアルが社会課題の解決を後押しするだけでなく、むしろ主導する立ち位置になろうとしている。これからは、従来とは逆にマテリアルの機能から着想を得て製品が開発されていくだろう。近年の自動車は安全性能を向上させるために重量が増加傾向にあるが、比強度(重量に対する強度)の高い材料はこれにくさびを打つ可能性がある。

3.マテリアルの新潮流

マテリアルの分野で、いま大きな地殻変動が起きている。多機能(マルチファンクショナル)で、高度な情報科学を駆使した(インフォマティカル)マテリアルの台頭である。例えば、生物の構造や機能から学んだ材料など多様な性質を合わせもったマテリアルが次々と開発されている。物性や構造の組み合わせを変えることで、デジタル革命よろしく、幾何級数的に多様な材料が生まれることが期待されている。

ところで、マテリアルに関して日本が高い競争力を有していることは事実である。ナノファイバーなど先端技術を支える材料の特許出願数の累計は最も多い。また、マテリアル関係のノーベル賞候補者を挙げればすぐに数十人の顔が浮かぶ。一見、日本のマテリアル分野は安泰のように見える。しかしながら、マテリアルの研究開発の場に情報科学が入り始め、様相は変わりつつある(マテリアルズ・インフォマティクス)。

どういう元素の組み合わせでどういう構造をとるかを決めるとマテリアルがどんな性質をもつか、ということは近年の計算科学でだいぶ予見できるようになってきた。しかし、われわれが欲しいのは、最終的なモノの性質である。どんな元素の組み合わせでどういう構造をとれば、求める質が得られるか。この問題を解くことは極めて難しく、今でも試行錯誤的な要素が強い。しかも、その構造をどうやって作るのかという材料製造のプロセスを決めることはさらに難しい。カーボンファイバーを例にとっても、構造の基本原理が発見されてから量産化されるまでに10年、航空機の構造材に認定されるまでには、さらに20年近くの時間を要した。

しかし、AIが将棋の世界で棋士が考えもしなかった手をいともたやすく見いだしたように、量子コンピューターなどデジタル技術の急速な進展により、新たな構造やプロセスの発見を大幅に短縮することが可能になるかもしれない。すでに高機能合金や機能性インクなど、通常は気の遠くなるような組み合わせを検討する必要があった研究開発において、その期間を10分の1にできたという報告がある。これまでの愚直に試行錯誤を重ねるやり方や、偶然の発見に頼るやり方が無に帰すのではないか、との懸念が生じても不思議ではない。

4.日本の勝ち残り戦略

情報科学の活用が進むバイオに関してみると、この分野では米国が大きく先行しており、しかも膨大な予算を背景に高い競争力を維持している。今後、マテリアル分野でも、欧米諸国が覇権を握るのではないかという危惧が生じている。しかし、マテリアルの立ち位置は、バイオとは異なる。これらの決定的な違いは、マテリアルのデータをすでに日本が最も多く保有していることである。ものごとを「ハード」「ソフト(アルゴリズム)」「データ」という3元論で考えると分かりやすい(図2)。情報分野の代表格であるGoogleが「データ(検索した情報やメールなどの莫大なデータ)」「ソフト(検索システムやトレンドを分析するアルゴリズム)」の2極を抑えたことで、ハードは単なる情報収集の手段になった。バイオ分野の手術ロボットも「ソフト(3D映像や繊細なロボットアームの操作プログラム)」「データ(手術実績に関するデータ)」をしっかり確保し、しかも年々手術データの蓄積を図っている。三つのうち二つを押さえることの意味は大きい。

一方、マテリアル分野に関しては「ハード(製造や計測を行う機器および生み出されたマテリアル)」のみならず「データ(物性やプロセスに関する情報)」を世界で一番抱えているのは日本であり、世界もこれを認めている。3極のうち2極を占めている優位性は疑いがない。しかし、これらのデータの活用がなされているかというと、答えは否である。多くは電子化されずに散在している。極端に言うと、ベテラン技術者の頭の中にあるという状況である。かつて「コンピューター、ソフトなければただの箱」というフレーズがあったが、「データも使わなければただのゴミ」なのである。

データを活用するための、マテリアルズ・インフォマティックスは、米国、英国の大学やベンチャー企業が先行している。一方で、日本の企業はデータを外に出すことへの拒絶反応が極めて強い。データを出すとノウハウの全てが取られてしまうと考えられている。しかし、活用しなければ、データは活かされない。データを有しているという優位性を活かし、どこまで保有データをオープンにし、どこまでを自社で秘匿しブラックボックス化するかという戦略的な判断が必要である。

マテリアルズ・インフォマティックスで最先端を走る企業の競争力の源泉は、AIなどのソフトではなく、実は、世にあまねく存在し体系化されていないマテリアルデータを使えるように取り込んでいることである。すなわち、高度な情報の使い手というよりも、知の体系化を図れるものが勝者になる。仮に3極全ての覇権を握ろうとするのであれば、日本が世界で最も多く抱える未体系化データを使えるように自身で整備すればよい。そのための官民を挙げた集中投資は必要である。また、優先順位をつけるために、最終的な製品化を担う企業との連携も有効である。その上で、マテリアルズ・インフォマティックスをうまく使えば、引き続き競争力を維持、拡大できるであろう。
[図2]マテリアルの勝ち残り戦略