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外交・安全保障 第6回:自衛隊のインフラを活用したイノベーション・テストベッド

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2023.4.14

フロンティア・テクノロジー本部尾野航

外交・安全保障
2022年12月16日、政府は「安保3文書」※1を閣議決定した。安保3文書は今後の日本の国家安全保障に関する基本方針や防衛力整備の方向性を示すものであり、そのなかで防衛整備品について、先端技術の積極的な活用や研究開発体制を強化することが示されている。

今後、防衛予算の拡充により研究開発が充実することが見込まれるが、歳出の増加に伴う財政への影響も懸念される。開発された技術が、防衛装備品への応用にとどまらず、デュアルユース(軍民両用)技術またはマルチユース(多用途)技術として、民間産業の発展にも貢献する仕組みの一つのとして自衛隊のインフラを活用した「イノベーション・テストベッド」を考えたい。

防衛関連の研究開発の拡充

防衛省では、防衛装備品に係る技術を中心に各種研究開発を実施している。2021年度補正予算と2022年度当初予算をあわせた防衛費5兆8,661億円のうち、研究開発に係る予算は2,911億円だったが、2022年12月23日に防衛省が発表した次年度(2023年度)予算の概要※2では、前年度比約3倍となる8,968億円を計上した。

科学技術の急速な進展を背景として、防衛分野でも技術的優位性の重要性が増大している。日本でも防衛分野の研究開発を大幅に強化※3する動きが見られる一方で、国の財源も限られている。さらに「拡充された予算が効果的に活用されるのかどうか」について社会も高い関心を示している。その問いに対する答えの一つが、「研究開発のためのリソースは、防衛用途だけでなく、デュアルユースやマルチユースを通じて民生用途にも活用されうる。その結果、イノベーションが促進され日本全体の産業競争力の強化につながっていく」ということではないだろうか。

このような着意は、国家安全保障戦略が目指す「経済成長と安全保障の好循環」を実現するうえでも重要である。いみじくも同文書は、日本の安全保障に関わる総合的な国力の主な要素の一つとして「技術力」を挙げている。技術力を通じた「科学技術とイノベーションの創出は、わが国の経済的・社会的発展をもたらす源泉」との認識を示すと同時に、「安全保障分野にも積極的に活用する」としている。

防衛に必要とされる「技術」とは

自衛隊で使用される装備品は、一般的な車両や機械の運用環境とは異なり、過酷な環境下でも安定した能力発揮が求められる。この場合、技術の安定性等を重視し、社会的に使用実績の多い「成熟した技術」が使用されるケースも多い。

しかし、安全保障環境の急激な変化や技術の急速な進展に対応するためには成熟した技術に加え、社会的に成熟途上・浸透が不十分な先端的な技術の活用も検討する必要がある。例えば防衛省では、ドローンや高出力レーザーの本格導入に向けて、検討や研究開発を加速させているが、諸外国では先端的な技術を現場部隊にいち早く投入・実証し、既に部隊としての能力向上や省力化に向けて動き出している。

米国ではDARPA※4やDIU※5などの国防関係組織が率先し、民生分野で先端的な研究や技術開発を行っているさまざまな民間企業や大学などに資金提供をして、研究段階の技術やこれから実証が必要な技術の発見や獲得に励んでいる。特にDIUはシリコンバレー、ボストン、シカゴなどにオフィスを構え、それらの地域を拠点とするベンチャー企業や大学が保有するAIや無人機、サイバー、宇宙関連といった最先端技術などを基にプロトタイプ開発や実証を行っている。2021年の年次報告書※6によると、DIUは年間で1,100件以上の提案を受けて、72件の新規プロトタイプ契約を締結。さらに8件のプロトタイプを国防総省の各軍種(陸海空軍や海兵隊)のエンドユーザーに移管(transition)したという。

先進的な民生技術の基礎研究については防衛省でも、安全保障技術研究推進制度(ファンディング制度)を実施するとともに、新技術短期実証事業を通じて実用化レベルの先端技術を民間企業などから速やかに取り込んでいる。

これらの取り組みの目的は、デュアルユース技術やマルチユース技術をはじめとするさまざまな技術分野を対象として、民生分野で実績のある、もしくは有望視されている技術を防衛省に取り込むこと(スピンオン)にある。しかし装備品への数年以内の実装を目的とした実用化レベルの先端技術の開発については、民間企業からの取り込みだけでは十分とはいえない。例えばVRやAR、あるいは先端的な二次電池や半導体など、民生分野でも現時点で普及・浸透が不十分かつ発展途上の技術については、防衛省がより主体的に研究開発に関わることも考えうる。

自衛隊のインフラは先端技術のテストベッドになり得るか

防衛予算における研究開発費の拡充は、単に民生分野における技術の成熟を待つだけでなく、防衛分野に先端技術を取り込むことを可能とする。また、同時に社会全体として最先端の技術の実装や利用を可能とするエコシステムを構築するチャンスの拡大に寄与するのではないか。

例えば、防衛予算を活用した研究開発が活発な米国では、5Gの社会実装や浸透に向けた「テストベッド(再現性の高い実証環境)」として、軍隊の基地やインフラを利用し、安全保障上の能力向上と産業競争力の強化を同時に達成しようとしている。防衛省でも2021年度から5Gの実証事業を行っているが、これは、単に民生分野の先端技術を防衛省にそのままの形で取り込むことが目的となっている。ここで、さらに踏み込んで防衛省が保有する各種インフラを先端技術開発のテストベッドとして民間企業や大学に提供することも考えられる。

これによって民間企業などに経済面に加えて、技術実証の機会としての価値を感じてもらえる可能性がある。具体的には、後方業務や訓練、教育を行う基地、施設、装備品、隊員などを、先端技術の実証フィールドとして提供する。現実社会に近いリアリティのある環境・インフラで実証を行ってもらうとともに、民間企業が想定する市場のニーズに基づき実証の妨げとなる法規制(航空法、電波法など)を適切に緩和する媒介者としての役割も期待できる。

防衛省が技術導入や製品調達を進めることが、防衛力増強に限らない効果へと発展する可能性がある。今後は実証フィールドで得られたデータを元に技術の完成度を高めることによって、民生部門で先端技術の研究・開発が加速し、製品の産業化(スピンオフ)も期待できるのではないか。

「防衛産業」は、防衛事業を長期的に維持することが求められている。しかし、企業全体としては防衛需要への依存が低く、また、防衛事業への研究開発投資の余力が限定的な企業も多い。しかしながら、このようなエコシステムの存在は、企業が防衛関連技術の研究開発に資力を割こうとする動機となり、防衛産業基盤の強化につながる可能性もある。

防衛予算における研究開発費の拡充によって、今後は防衛装備で先端技術の実用化が加速するだろう。一方、その財源に関する厳しい議論があることもまた事実である。自衛隊のインフラを先端技術のテストベッドとして活用することで、民生分野と防衛分野の間に新たな科学技術イノベーションのエコシステムが生まれる。防衛装備の近代化のみならず日本の産業競争力の強化にも資するものとなれば、国民の理解もより得やすくなるのではないだろうか。
図 自衛隊の施設をテストベッドとして活用したイノベーションの創出
自衛隊の施設をテストベッドとして活用したイノベーションの創出
出所:三菱総合研究所

※1:内閣官房「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」および「防衛力整備計画」(2022年12月)
https://www.cas.go.jp/jp/siryou/221216anzenhoshou.html(閲覧日:2023年4月11日)

※2:防衛省「防衛力抜本的強化「元年」予算 令和5年度予算の概要」(2022年12月)
https://www.mod.go.jp/j/yosan/yosan_gaiyo/2023/yosan_20221223-1.pdf(閲覧日:2023年4月11日)

※3:2023年度は防衛に係る研究開発予算のうち、技術基盤強化等の予算が占める割合は3.3%(2,201億円)。

※4:国防高等研究計画局(Defense Advanced Research Projects Agency)

※5:国防イノベーションユニット(Defense Innovation Unit)

※6:Defense Innovation Unit "Annual Report FY 2021"
https://assets.ctfassets.net/3nanhbfkr0pc/5JPfbtxBv4HLjn8eQKiUW9/cab09a726c2ad2ed197bdd2df343f385/Digital_Version_-_Final_-_DIU_-_2021_Annual_Report.pdf(閲覧日:2023年4月11日)