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外交・安全保障 第4回:宇宙活動の新たなリスクに官民・世界と挑む

衛星軌道上・月面の安全を情報共有で確保

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2022.9.22

フロンティア・テクノロジー本部武藤正紀

外交・安全保障
宇宙空間においては、宇宙ゴミ(デブリ)回収や月面での資源開発など、従来無かった活動が官民で興りつつある。本コラムでは、多様化・複雑化するこれら活動のリスクと対策を提示するとともに、ロシアによるウクライナ侵攻の影響を受けた宇宙活動の新たな課題として「宇宙分野の経済安全保障」の必要性についても概説する。

宇宙活動の新たな課題

気象衛星や全球測位システム(GPS)などによる宇宙空間の利用は、世界の生活や産業を支えるインフラ機能を果たしてきた。他方、近年の民間宇宙事業増加による宇宙空間の混雑化、中国やロシアによる対衛星兵器(ASAT)、そして今後進む月開発における民間活動の安全確保の課題などにみられるように、宇宙活動の変化やプレーヤー増加に伴い新たなリスクが顕在化しつつある。

これら課題に対し、インフラや産業として重要な宇宙活動(民間によるものを含む)を守り育てるためのガバナンスの仕組みが重要となる。宇宙分野においては、日々技術や活動が変化することから、迅速かつ柔軟に合意形成しうる「ソフトロー」による国際秩序形成が有効である。

日本としてはこうした枠組み構築において、自国の重要な宇宙技術・サービスを国際的に優位な形で守り育てる「技術外交戦略」の視点を持ち、ルール形成の議論をリードすることが重要である※1

このような問題意識に基づき、三菱総合研究所は、外務省「外交・安全保障調査研究事業」の補助を受け、2020年度より「宇宙・サイバーリスクガバナンス:新たな脅威に対する官民連携・国際協力による秩序形成及び持続可能な利用に向けた技術外交戦略の研究」(2022年度までの3年事業)を実施している。2年目となる2021年度は、11月にロシアが実施したASAT実験が大量の宇宙デブリを発生させ、政府機関や民間事業者の運用する衛星・宇宙機に対するリスクとなるなど、持続可能な宇宙活動に対する脅威が顕在化※2しており、より強い危機感を持ち活動を行っている。    

情報共有による安全確保

本研究では、「ソフトロー」の具体的ツールとして、情報共有メカニズムによる透明性・信頼醸成措置※3に着目した。宇宙活動に関する透明性・信頼醸成措置は、既に国連でその必要性が議論※4されており、国際社会で受け入れられる素地がある。よって、現在興りつつある新たな宇宙活動についても相互の安全確保に資する情報共有の仕組みは、対立する利害を有する各国(民間含む)であっても実現可能性が高い。対象とする具体の新たな宇宙活動としては、①宇宙デブリ除去などの軌道上サービス、②月開発——という日本の今後の重要活動に着目した。日本の民間プレーヤーの意見(想定リスク、期待される国際ルール)を踏まえた検討を特徴としており、海外の民間団体などとも協議を実施している。以降では、これら2つの対象活動について、その検討成果を示す。

①軌道上サービス

米国・欧州・中国・ロシア・日本の宇宙大国(官およびスタートアップを含む民)により、デブリ回収、衛星燃料補給、ロボットアームを用いた衛星修理などの新たなサービス(これらを総称して「軌道上サービス」と呼ぶ)が生まれつつあり、国内事業者からも安全な管理を行う国際的枠組みへのニーズが示されている。軌道上サービスを行う衛星の安全リスク(事故、サイバー攻撃)、同技術の軍事転用(衛星攻撃での利用)の脅威などを予防する仕組みとして、主要国の活動の透明性を高めることができれば、偶発的な事故や、不信・誤認による衛星への攻撃などを回避することが可能となり、民間による安全かつ持続的なサービス提供に貢献する。

第1ステップとして宇宙国間の情報共有(軌道上の活動を互いに開示・共有)の強化が考えられる。これまでも通常の衛星について軌道予測などの宇宙状況把握(Space Situational Awareness:SSA)の情報共有が行われてきた。しかしながら、軌道上サービスを行う宇宙機はターゲットとなる衛星に近づく特殊な動きをするため、他衛星との衝突回避、故意の衛星攻撃との区別のため、サービス実施前の活動計画の共有、軌道変更の行動(マヌーバ)情報などの逐次共有の仕組みが必要となる。

日本は世界に先駆けて軌道上サービスの運用に関する国内ガイドラインを策定済みであり、そこに含まれる情報共有の仕組みの国際ルール化を訴えかけることも選択肢である。今後、各国が合意可能なガイドラインとして具体化することを、軌道上サービスの国際民間団体※5とも連携して進めることも検討している。

②月開発

日本は米国主導による月開発プログラム「アルテミス計画」(Artemis Program)に参加しており、日本の民間企業も将来的に月面での商業活動の展開(資源探査に限らず、人の居住を前提とした建設や食料供給などの幅広いサービス)が見込まれている。そこでの事故、資源・環境管理、紛争のリスクに対して、衝突回避・解決の国際枠組みの具体化が必要である。

本研究では月面商業活動を検討している日本企業を対象としたアンケートを実施し、月面活動に伴うリスクへの懸念と、安全確保のためのルール形成に対するニーズを確認している。各主体からの月面活動の情報共有は、安全性確保において極めて有用と考えられる。透明性確保の仕組み作りについては、各主体の前向きな意見が大勢を占めている。今後、共有対象とすべき情報の特定、情報共有の仕組みの運用方法などの具体的内容について、アルテミス計画に参加していない中国とロシアを含む主要ステークホルダーが合意可能な提案が必要であり、月面商業活動に関する国際民間団体(Moon Village Associationなど)と連携して検討を進める計画である。

さらなる課題:宇宙分野における経済安全保障

2022年2月に発生したロシアによるウクライナ侵攻は、宇宙活動に対しても新たな課題を突き付けた。侵攻時に確認された米国民間衛星通信事業者へのサイバー攻撃※6や、ロシアとの国際協力で成立していたさまざまな宇宙活動への悪影響はその代表例である。具体的には、ロシアのロケットによる打上げサービス停止、欧州などとロシアとの宇宙国際協力活動停止、そして世界的なサプライチェーンの混乱による開発の遅延などが発生している。

近年、米国を中心に民間宇宙技術・サービスの活用が進んでおり、有事の際の宇宙活動の「抗たん性」強化を民間と連携して推進することが重要となってきている。抗たん性とは、リスクや脅威に対して、その機能を可能な限り維持する能力のことをいう。つまり、民間宇宙活動も宇宙システムの一部に組み込まれている状況において、民間事業のサプライチェーンマネジメントやサイバーリスク対策なども含めた「経済安全保障」※7の強化が宇宙分野についても今後必要といえる。

本研究で対象としている軌道上サービスや月開発についても例外ではなく、地球上での安全保障環境の悪化が宇宙活動の持続性に影響を与えることも想定される(例:宇宙向け通信網へのサイバー攻撃、月面有人商業活動への物資補給の途絶)。本研究は今年度最終年を迎えるが、「経済安全保障」的側面を含め、持続可能な宇宙活動を実現するための外交・安全保障戦略を検討していきたい。

※1:これまでの宇宙空間における国際ルールや「ソフトロー」を巡る動向、「技術外交戦略」の必要性については、過去コラム「持続可能な宇宙利用に向けた技術外交戦略 新たなリスクに対する官民連携・国際協力による秩序形成 」参照。

※2:ミサイルにより破壊された衛星の破片が、追跡可能なものだけで1,500以上発生し、国際宇宙ステーション(ISS)にも接近した。
外務省「ロシア政府による衛星破壊実験について(外務報道官談話)」(2021年11月18日)などを参照。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/page3_003159.html(閲覧日:2022年9月16日)

※3:透明性・信頼醸成措置(Transparency and Confidence Building Measures:TCBM)とは、誤解や不信による軍事衝突を回避するため、政府間で情報共有などの手段を講じ互いの信頼関係を高めるもの。

※4:JAXA「宇宙活動における透明性・信頼醸成措置に関する政府専門家会合報告書」などを参照。
https://stage.tksc.jaxa.jp/spacelaw/world/1_04/04.J-3.pdf(閲覧日:2022年9月16日)

※5:軌道上サービスの国際標準化等を目的とした民間中心のコンソーシアムCONFERS(Consortium for Execution of Rendezvous and Servicing Operations)などが存在。

※6:BBCニュース「UK blames Russia for satellite internet hack at start of war」(2022年5月10日)などを参照。
https://www.bbc.com/news/technology-61396331(閲覧日:2022年8月1日)

※7:2022年5月に成立した経済安全保障推進法において、国家や国民の安全に関わるとして重点支援を行う「特定重要技術」のひとつに宇宙技術が含まれている。

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