コラム

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持続可能な宇宙利用に向けた技術外交戦略

新たなリスクに対する官民連携・国際協力による秩序形成

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2021.10.29

フロンティア・テクノロジー本部武藤正紀

宇宙利用をめぐる課題

国境の存在しない宇宙空間は「国際公共財」(グローバル・コモンズ)とされ、その利用は気象衛星や全球測位システム(GPS)に代表されるように、全世界の生活や産業を支えるインフラとしても機能している。また、国際宇宙ステーション(ISS)※1に象徴されるように、同空間は国際協力の舞台でもある。宇宙空間の利用は平和目的が原則※2とされている一方で、新たなプレーヤーの登場や技術発展を受け、宇宙の安全かつ安定的利用のために対処すべき課題も顕在化しつつある。

具体的には、2007年の中国による対衛星兵器(ASAT)実験に起因する大量の宇宙ゴミ(デブリ)発生、近年のスタートアップ企業などによる商業宇宙活動(特に低軌道の大規模衛星コンステレーション※3)活発化とそれに伴う宇宙空間混雑による衛星同士の衝突リスク増加、宇宙システムへの国家あるいは非国家主体によるサイバー攻撃リスク、開発が進む極超音速兵器(そしてその宇宙からの監視)、そして世界各国と民間も巻き込み進もうとしている月面開発に伴う安全確保などが挙げられ、これらリスクを適切に把握した上で、予防・回避措置を取る必要がある。

このように活動内容・技術・ステークホルダーの変化が続く宇宙空間を、安全かつ持続可能に利用し続けるには、法的拘束力のないガイドラインや行動規範など「ソフトロー」※4のアプローチが有効である※5。近年では、2019年6月に国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)において、宇宙デブリ低減や安全確保を目的とした「宇宙活動に関する長期持続可能性(LTS)ガイドライン」が採択され、加盟国が自主的に実施すべき指針について合意されている。

一方、強制力はないため各国によるガイドラインの実行を促す仕掛けを設けることも重要であり、特に当初想定が十分でなかった新たな宇宙活動や技術発展(例:デブリ除去などの軌道上サービス)に対する具体的規律の在り方については個別に検討を深める必要がある。加えて、宇宙は各国の経済活動や技術開発の舞台でもあり、それら競争的活動を阻害せずに国益を担保しつつ同時に国際的な規律を実現することが求められる。

宇宙における持続可能な国際秩序の形成

このように協力と競争という2側面を考慮した宇宙における持続可能な国際秩序の形成を目的として、三菱総合研究所は、外務省「外交・安全保障調査研究事業」※6の補助を受け、2020年度より「宇宙・サイバーリスクガバナンス:新たな脅威に対する官民連携・国際協力による秩序形成及び持続可能な利用に向けた技術外交戦略の研究」を開始した(2022年度までの3年事業)。本研究では、主に次の2つの検討を実施している。

①民生宇宙活動の安全確保と安全保障にまたがった検討

前出のASATのように軍事的脅威と安全性が直結する事例だけでなく、宇宙技術にはデュアルユース的側面(民生技術の軍事利用可能性)もある。また、近年では官(軍)による商用宇宙システムの利活用も進んでいる。このような状況下で、民間宇宙システムの脆弱性が安全保障的リスクに直結する可能性があり、官(軍)民の両方の宇宙活動に対するリスクを総合的に評価した上で、抗堪性※7を高めるための仕組みや国際的枠組みを考えることが重要である。

具体的には、リスクや脅威の特定と対処を国際的に行える透明性・信頼醸成措置(TCBM)をいかに実現するかを最初の重要課題と捉え、実行可能な仕組みを提言すべく検討を行っている。LTSガイドラインでも推奨されているような国際枠組みを用いた情報共有の仕組みをどのように構築可能か、各国・組織による宇宙状況把握(SSA)情報共有の強化に加え共有対象とすべき情報は何かなど、現状の国際枠組み・連携状況、最新の技術開発や宇宙活動の実態も捉えた上で検討を進めている。

②先端技術を有し宇宙空間への活動が拡大する国内外民間企業などと連携した検討

技術面で先行する民間(業界団体など)主導で、宇宙空間の利用や管理に関する秩序形成(ベストプラクティスの整備、標準化など)が進められつつあること、また産業や技術の発展段階でその特性を理解しない規制を設けてしまうとイノベーションが阻害されてしまう可能性があることから、民と官が連携して技術発展を理解した上での秩序形成と産業振興(日本の宇宙産業の保護・支援)をバランスよく図る必要がある。

民間のシンクタンクであり科学技術分野を強みとする当社が、国内の主要技術を有する宇宙関連民間事業者とも連携してこうした「技術外交」としての戦略を意識し宇宙空間のガバナンスの仕組みを検討することに本事業の特徴がある。これら民間や技術視点のインプットにより、日本の宇宙分野の活動が不利益を被らずかつ国際的に合意可能な「ソフトロー」による国際秩序形成に貢献し、特に日本が強みを持つ特定分野(例えばデブリ除去、衛星通信の暗号化、月面ローバーなどのロボティクス技術など※8)については国際的な議論をリードできるような外交戦略に資することを目標としている。
本研究は、東京大学未来ビジョン研究センターなどの国内研究機関との協働、そして海外の主要シンクタンク(Secure World Foundation、CSISなど)やアジア・太平洋地域の宇宙新興国(豪州など)のプレーヤーとも意見交換をしつつ実施しており、世界に主張を発信し日本の外交・安全保障に資するものとすることを目指している(本研究概要を下図に示す)。国際公共財である宇宙空間の持続可能性確保に向け、シンクタンクとして未来志向で国内外のステークホルダーと共創し、本研究に取り組んでいきたい。
図 「宇宙・サイバーリスクガバナンス」研究概要
図 「宇宙・サイバーリスクガバナンス」研究概要
出所:三菱総合研究所

※1:米国、ロシア、欧州、カナダ、日本が共同で建設・運用し、地上から約400km上空を周回している。同施設には常時各国の宇宙飛行士が滞在し、宇宙環境を利用したさまざまな科学実験などが行われている。

※2:「月その他の天体を含む宇宙空間の探査および利用における国家活動を律する原則に関する条約」(略称:宇宙条約、国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)採択、1967年発効)にて、「月その他の天体はもっぱら平和目的のために利用され、軍事利用は一切禁止される」(第4条)とされており、平和目的が原則とされている。しかしながら、その定義の曖昧さ(国際的には「平和目的」とは「非侵略」を指し「非軍事」ではないとの解釈がなされる)があり、防衛(自衛)目的の利用(例:偵察衛星)が実際はなされている。また、「天体」を除く「宇宙空間」(軌道など)については核兵器等大量破壊兵器のみが禁止対象となっており、通常兵器が対象として明記されていないことから、2007年に中国が実験を行ったような対衛星兵器(ASAT)は国際法違反とはされなかったといった課題が露呈している。

※3:米国SpaceX社が開発・打ち上げを進めているStarlink通信衛星群(コンステレーション)が代表格であり、最終的には高度約500km超の軌道に7000機以上を配置する計画となっている。

※4:国際的変動が激しい分野の場合、法もそれに対応して変化が求められるため、将来の条約・慣習法化を念頭に、まずは法的拘束力はないものの合意可能なルールを作るアプローチ。宇宙空間においては技術開発や活動内容の変化が続いており、それらに迅速に対応するためにもソフトローの形成から開始することが有用となる。

※5:宇宙における法的枠組等を検討する国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)は全会一致方式を取ることから、新たな条約制定は事実上不可能とされている。COPUOS加盟国は1959年の正式設立時は24か国であったが、2021年7月現在で日本を含め95か国まで拡大している。実際に1979年に採択された「月その他の天体における国家活動を律する協定」以降、宇宙に関する条約は作成されていない。

※6:外務省ウェブサイト
https://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/shocho/hojokin/index3.html(閲覧日:2021年9月30日)

※7:リスクや脅威に対して、その機能を可能な限り維持する能力のこと(代替・補完手段の確保や早期回復を含む)。

※8:これら活動を進めている日本における代表的な企業として、Astroscale社(能動的デブリ除去サービスの開発)、ispace社(月面ローバーの開発)等が挙げられる。