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外交・安全保障 第7回:宇宙資源ビジネスにおける国際ルール形成

「ソフトロー」で月資源開発に備える

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2023.4.17

フロンティア・テクノロジー本部石井翔大

外交・安全保障
近年の調査で、月面にはレアメタルの化合物のほか、水が氷などの形で存在していることが分かってきた。こうした「宇宙資源」を巡ってベンチャー企業などによる競争が活発化している※1。一方、将来的に民間衛星同士の衝突事故や利権をめぐる係争が発生する懸念もあり、その時に備えて今からルール形成に取り組む必要がある。そのカギは「ソフトロー」と呼ばれる概念だ。

「ソフトロー」が宇宙資源ビジネスを開拓する

宇宙資源の開発に関わるルール形成というと国際条約での取り決めを思い浮かべる方も多いことだろう。ところが、宇宙活動に関する国際的な取り決めに関しては現在5つ※2の条約が採択されているのみである。しかも宇宙資源に限った条約ではない。国際条約は宇宙分野において必ずしも適切なルール形成手段ではないのだ。

その理由として、国連の「宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)」では、条約の採択には全会一致の可決が必要であり、合意の達成が極めて困難なことがある。その点2020年10月に米国の主導により策定された「アルテミス合意(月、火星、彗星および小惑星の平和的目的のための民間探査及び利用における協力のための原則)」は国際的な条約ではないものの、宇宙資源開発に係る最初の実効的な国際ルールとして機能を果たしていると言える。同合意ではすでに月や火星などの宇宙探査や宇宙利用に関する基本原則を定めており、2023年1月時点で既に23の国が署名していて※3、国際的な関心の高さがうかがえる。

ただしアルテミス合意は、前出の5条約などの国際条約と比べ、当事者に対する法的拘束力の有無の点で大きな違いがある。法的拘束力をもつ「宇宙条約」は、「ハードロー」として分類できる一方、批准書の交換などの手続きを踏まず、法的拘束力をもたないアルテミス合意は「ソフトロー」に分類される。前述のように、宇宙資源開発についてはハードローの形成が困難な状況のため、アルテミス合意のようなソフトローが大きな役割を果たすことが期待される。
両者の相違点を表1に示す。
表1 ハードローとソフトローの相違点
ハードローとソフトローの相違点
出所:“Space Law Treaties and Soft Law Development”(Irmgard Marboe)より三菱総合研究所作成
https://www.unoosa.org/documents/pdf/spacelaw/activities/2014/pres02E.pdf(閲覧日:2023年2月3日)

民間が主導するルール作り

宇宙資源開発におけるルール形成では、民間がルール作りやルール検討に関与してきた。アルテミス合意が起草されるのに先立って、民間事業者や非営利NGO、大学などの非政府組織を中心に「ソフトロー」となりうるルールの検討が進められた(表2)。これらの自主的なグループが中心となって、技術や法学など多角的な観点から検討を重ね、成果を国際的に提案している。これらの成果は、アルテミス合意を起草する際の参考として活用された。

ただし宇宙領域に関する既存の条約や現状のアルテミス合意では不十分な部分も多く、今後さらに複雑さを増すことが見込まれる宇宙資源の開発活動の安全を確保することが難しい。例えば、他の民間企業が保有する衛星やローバーとの衝突事故が発生したり、資源採掘のための土地利用権をめぐる係争などが生じたりした際、現状では問題を解決するための具体的方策は規定されていないのだ。

このギャップを埋めるにあたって、今後も民間主導のルール形成が期待されている。利点は国家を巻き込んだ交渉による合意形成を加速できることにある。将来の宇宙活動へ参加する意思や技術的知見をもつ当事者がソフトローによるルールの形成を主導することで、ルールの実効性や実現可能性が将来的にも高まることになるだろう。
表2 ソフトロー形成に向けた活動の事例
ソフトロー形成に向けた活動の事例
出所:三菱総合研究所

*1:"Best Practices for Sustainable Lunar Activities"(Moon Village Association)
https://moonvillageassociation.org/download/best-practices-for-sustainable-lunar-activities-issue-1/(閲覧日:2023年4月3日)
*2:"The Hague Space Resources Governance Working Group"

ソフトロー定着に向けた3つのポイント

このように、ソフトローによる民間主導型のルール形成は宇宙資源開発にとって重要な位置を占めるようになる。今後の課題は、法的拘束力がないルールをどうやって遵守させるかということである。

これには3つの方向性がある。第1の方向性は、「国際的なソフトロー」を「国内ハードロー」として法制化していくことである※4。ソフトローとして国際合意が形成されることにより、合意に参加した各国はそのルールを遵守する意思を持つことになる。その場合、各国は国内法を制定して民間企業などに対して法的拘束力を課すことが可能である※5。第2の方向性は、実際に宇宙資源の開発を行う民間事業者同士の契約や協定にソフトローの内容を引用することである。これにより、ルールを必要とする特定の当事者間に限って法的拘束力を行使することが可能になる※6

そして第3の方向性がソフトローを国際慣習化させることである。宇宙資源開発のルールが一般慣行化され、当事者がこれを法と同等であると認識すれば、国際慣習法ひいては国際条約になりうるという歴史的な発展を期待するものである。

ソフトローが国際社会での一般的な慣行となるためには、その必要性が当事者同士の共通認識となることが必要である。そのためには、ソフトローを実際に運用することで、それが機能することを実証するとともに、先行する国だけでなく、後続の国が利益を得ることも考慮したバランスの良いルールを形成することが求められる。ルールの運用が進み公平性が確保されれば、ソフトローに対する多数の国々の賛同を得ることもできよう。さらに、運用を通じてこのルールが一般的な慣行と認知されれば、それはすでにソフトローではなくなり、国際慣習法としてのハードローと見なされる。

かつて海洋の活動においても、国際関係の歴史の中で慣習法が形成され、後に国連海洋法条約として法典化された。宇宙資源開発のルールがどれほどのスパンで国際法として形成されていくのか、現在進行中の状況においては定かでない。しかし今後の宇宙資源開発がビジネスとして発展する中で、そのルールが「生きた法」として成熟していく情景を歴史の証人としてリアルタイムで見ることができるのは興味深いことではないだろうか。

※1:MRIマンスリーレビュー 2018年2月号「日本企業が参入すべき『宇宙資源ビジネス』」

※2:その内1つは1967年に採択された最初の条約である「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約(通称:宇宙条約)」。他の4つは次の通りである:「宇宙救助返還協定」(1968年)、「宇宙損害責任条約」(1972年)、「宇宙物体登録条約」(1975年)、「月その他の天体における国家活動を律する協定(月協定)」(1979年)。

※3:“NASA Welcomes Nigeria, Rwanda as Newest Artemis Accords Signatories”(NASA)
https://www.nasa.gov/feature/nasa-welcomes-nigeria-rwanda-as-newest-artemis-accords-signatories(閲覧日:2023年2月3日)

※4:表1の安全保障貿易管理がこれに当たる。

※5:日本では、民間企業が宇宙空間で採取した資源について、国として所有権を認めることを定めた宇宙資源法(「宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律」)が2021年6月に成立している。

※6:表1のインコタームズを適用する場合は、契約書へ引用する。