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外交・安全保障 第2回:経済安全保障推進法の成立と今後の注目ポイント

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2022.6.17

フロンティア・テクノロジー本部明石道融

小久保祐輝

外交・安全保障
数年前から聞かれ始めた「経済安全保障」というキーワード。5月11日に「経済安全保障推進法」が成立し、ようやく具体像が見えてきた。本コラムでは、新しい法制の概要を解説しながら、そもそも経済安全保障とは何なのか、また、今後、注目すべき点について解説していきたい。

経済安全保障政策の加速

2021年10月に発足した岸田政権は、経済安全保障政策を成長戦略の柱の1つに位置付け、政権の最重要政策として取り組んでいる。「経済安全保障法制に関する有識者会議」からの提言を受け、2022年2月25日には国会に「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案(通称、経済安全保障推進法案)」を提出し、5月11日、参院本会議での可決により成立した。新法では、経済安全保障に関わる政策のうち、早期に法制化が必要な4分野(①重要物資のサプライチェーン強化、②基幹インフラの信頼性確保、③重要先端技術の開発推進、④非公開特許制度)に絞って法制化を行っている。

経済安全保障が重要政策となった背景

経済安全保障政策の重要性が高まっている背景として2つを挙げたい。

1つは、経済活動のグローバル化による相互依存の深化と武器化だ。「相互依存の武器化」とは、例えば、A国が、ある重要な物資についてB国からの供給に強く依存している場合に、B国がその依存関係を利用して、安全保障上の対立についてA国に妥協を迫るような状況を指している。このような状況下では、当事者国は、相互依存をリスクとしてとらえ、互いの依存度をコントロールする戦略(ヘッジ戦略、デカップリング戦略などと呼ばれる)を取ろうとする。

近年、米国と中国の間でこれに当てはまる状況が生じつつあり、このような国際情勢のもとで日本自身の経済活動も相互依存のリスクにさらされる可能性が高い。そのヘッジ戦略として、経済安全保障が重要となっている。

2番目の背景として、先端技術の国際的な開発競争の激化とデュアルユース化がある。最近は、先進国だけでなく新興国の一部でも軍事力の近代化の取り組みが強化され、装備品に先端技術を積極的に取り入れようとしている。これにより、軍事技術と民生技術の境界が不明瞭となり、通信やセンシング、自律システム制御など、多くの先端技術分野でデュアルユース化が進んでいる。

産業と安全保障の両面で重要な技術に対し、諸外国が優位性を獲得しようとして産業支援策を充実させつつあり、日本も、安全保障だけでなく産業競争力の維持の観点からも同様の政策を講じる必要がある。また、先端技術はベンチャー企業を含む民間企業や大学なども研究開発を進めているが、軍民の境界が不明瞭になるにつれて、外国による軍事転用を防止するための技術管理が一層難しくなる。最先端技術の将来的な優位性の維持に向けて、国内産業の技術の保護と育成を同時に実現するべく、経済安全保障政策の重要性がクローズアップされている。

経済安全保障とは何か

経済安全保障の概念は、「外部からの経済的な手段による脅威から国家レベルの安全を守るために経済面での施策を講じるもの」と一般化できる。今回の経済安全保障推進法が対象としているのは、経済安全保障の中でも、法制上の手当てを講ずることにより、まず取り組むべき分野(表)とされる。
表 経済安全保障法制の4分野
表 経済安全保障法制の4分野
出所:三菱総合研究所
安全保障の対象として経済を扱うこと自体は、これまでも、資源・エネルギー安全保障や食糧安全保障の例があり、新しいことではない。政府も経済安全保障をより広い概念としてとらえている。今回の法制化の範囲には含まれないが、既に着手している取り組みの例に、「対内直接投資審査の強化」や「重要土地利用規制法の整備」などを挙げている。一方、安全保障の手段として経済をとらえる場合、経済制裁や経済協力などの外交的措置、さらには、防衛力の基盤を強化する手段としての経済力や技術力も考慮しなければならない。

経済安全保障の定義については、国会審議の中でもさまざまな意見や説明があった※1。結局のところ、経済安全保障を明確に定義することは困難で、むしろ、想定する脅威やリスクと、それに対する対処の手段が何かを具体的に論ずることが重要だと言える。

経済安全保障の今後の注目ポイント

法案の成立を受けて、経済安全保障法制の焦点は、政省令に基づく制度の具体化に移る。制度の運用次第では、民間企業の経済活動への制約となり経済的効率性を損なうため、規制は最小限になることが望ましく、運用の透明性や予見可能性も重要だ。また、補助金に関しては制度の効果を上げるための資金の集中も重要だ。

①重要物資のサプライチェーン強化

重要物資の供給途絶リスクに対して、適度なヘッジを行うことは企業経営における地政学リスクの低減につながり産業界にとっても歓迎すべきことだ。ただし、政府間の調整による環境整備といった外交的手段も必要になる。海外生産の国産化だけではなく、第三国への移転も伴う場合は、民間の自助努力や補助金などによる支援だけでは相当の年月を要するからだ。なお、米国の類似の施策(大統領令「米国のサプライチェーン」)では、半導体製造、大容量電池、医薬品等、希少資源、エネルギー、運輸、農産物・食料生産、公衆衛生、情報通信技術(ICT)、防衛生産基盤の10分野がサプライチェーンの強化対象として指定されている。

②基幹インフラの信頼性確保

基幹インフラ導入などの計画審査の判断基準に注目したい。計画審査では、企業が基幹インフラの設備を導入する際に、不正を引き起こすような機能が組み込まれるおそれがないかなどを事前に調べる。設備にマルウェアが仕込まれるサイバー攻撃は代表的な脅威だが、海外からの設備構成品の供給を妨害されるリスクも考えられる。

サイバー脅威を想定した審査では、審査の前提となる十分な脅威情報が得られない場合に、多国間のインテリジェンス共有の枠組みが使えるのかなどもポイントである。審査の結果、具体的にどのような勧告がなされるのかも見ておきたい。

③重要先端技術の開発推進

対象となる技術分野の選定と資金の集中が重要である。特に、研究開発情報の管理がどうなるかも、関係者の関心を集めている。

「経済安全保障重要技術育成プログラム」が2021年度補正予算(複数年)で事業化されるが、ここで採択される研究テーマにまずは着目したい。米国の国家科学技術会議(NSTC)が2022年2月7日に公表した新興技術(Critical and Emerging Technology List Update)も参考になる。技術分野の特定の範囲や優先付けもポイントだ。シンクタンクなどにおける調査研究において、どのような未来社会像を描き、どのような技術分野を特定してくるかも重要だ。

研究開発主体は刑罰をともなう国家公務員並みの守秘義務が課されるが、その運用の具体化もこれからだ。当初、法制に含まれる可能性が取り沙汰されていた「秘密取扱資格審査制度(セキュリティ・クリアランス)」の今後の導入については、ハードルが高いと言える。まず、どのレベルの秘密情報をどの程度の厳格さで守るかといった制度設計が必要だ。また、情報を共有する可能性のある各国の制度(米国ではNISP※2制度)との相互認証の仕組みと共に導入しないと効果が薄い。これには国際合意を必要とする。

④非公開特許制度の創設

軍事転用された場合のリスクの大きさや、技術的な成熟度に応じた保全審査基準が設定されることと想定するが、先端技術の多くはデュアルユース性を有しており、基準がどのように設定されるかに注目したい。産業界が安心して研究開発に取り組めるような予見可能性が求められる。

国家安全保障戦略の改定

政府は現在、2013年に策定された国家安全保障戦略の改定を検討している。その中での位置付けも、経済安全保障の今後を占う上で参考になる。

国家安全保障戦略では、自由貿易体制の維持・強化が取り組みの1つとなっている。これは、国際ルールの下、自由貿易体制の恩恵により経済発展してきた日本にとって重要だ。経済安保法制には重要物資の国産化や重要技術の研究開発への補助金など保護主義的な施策が含まれており、WTOルールとの整合が懸念される。国会審議においても、軽々にWTOの例外条項(安全保障例外)を適用するのではなく、「WTO協定の各条項と整合のある制度設計を行っていく」という説明が、政府によりなされている。

周辺国との関係の定義についても重要だ。伝統的な国際政治学では、経済的相互依存関係の深化は、国際関係の安定に寄与するとも言われてきた。一方、「相互依存の武器化」を背景に、日本も経済的な自律性を目指し、偏った依存関係を是正することを求められている。経済面で深い関係にある中国と、安全保障面で同盟関係にある米国との間に立つ日本にとって、日米中の関係をどう定義するかは難問だ。

経済安全保障推進法が成立し、今後は法律で指定された施行期日までに着々と制度設計が進められていく。2022年末には新しい国家安全保障戦略も策定される。新らたな制度の具体的な内容にも増して、国家安全保障戦略での経済安全保障の位置付けに注目していきたい。

※1:「三つのコンセプトが一つの経済安全保障という枠組みにある」(衆院内閣委員会参考人、鈴木一人東京大学教授)、「経済安全保障とは、『経済と安全保障』に関する共通部分」に過ぎず、「具体的に論じる際には、そのうちのどのような課題を論じているかを明確にすべき」(同、村山裕三同志社大学名誉教授)、「一つの定義になじまず」、むしろ、「増大する脅威が何で、それに対してどう対処すべきかが重要」(同参考人、佐橋亮東京大学准教授)」。

※2:National Industrial Security Program