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カーボンニュートラルのための炭素クレジットは「人」起点で信頼性確保を

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2022.10.11

サステナビリティ本部新地菊子

環境・エネルギートピックス

POINT

  • 炭素クレジットの恩恵を人材育成に活かすことで、先進的な環境技術の持続可能な運用と普及に貢献できる。
  • 透明性向上などで取引参加のハードルを下げて消費者目線を取り入れることが、炭素クレジットの質の向上につながる。

炭素クレジットは日本の温室効果ガス削減目標の達成に重要な役割を果たしてきた

温室効果ガス(GHG)の削減量を売買する仕組みである炭素クレジットの国際的取引は、1997年に合意された京都議定書が生んだ京都メカニズムを発端としている。京都議定書に基づき、先進国が他国で削減されたGHGをクレジット化して取引することにより自国の削減目標達成にカウント可能となった。この仕組みは柔軟性措置と称され、日本等の先進国の目標達成に使用されると共に、途上国の再生可能エネルギーや省エネルギーなどのプロジェクトに資金が投入される流れを生み出した※1

炭素クレジットは、主に国や地域のGHG排出削減目標達成や排出枠の順守に活用する「コンプライアンス市場」と、企業などが自身のGHG排出の自主的な相殺に活用する「ボランタリー市場」での取引に大別される※2。2012年に京都メカニズムに基づくクレジットが自主的オフセットに使われるようになるなど、両市場の境目は緩やかなものとなっている※3

日本は、京都議定書上で数値目標を持たなくなってからも、2013年以降は、17のパートナー国との間に導入した二国間クレジット制度(JCM)を通じて、優れた環境技術を海外展開し、もたらされる削減量をクレジット化することにより、相手国と日本双方のGHG排出削減に貢献してきた※4。また、国内ではJクレジット制度を整備し、主に中小企業の環境技術の導入と、大企業のGHG排出の自主的オフセットの利用を促すなど、一貫して炭素クレジットを活用した温暖化対策への取り組みを推進している。

炭素クレジット批判の源は「隠れみの」疑惑

炭素クレジットは、政府および民間のGHG排出削減に必要とされる一方、GHG排出活動継続の隠れみのとして扱っているのではないかという「グリーンウォッシュ」疑惑からによる批判も多い。

論点として2つ考察したい。第1に、炭素クレジットは通常のビジネスベースで実施される削減への追加的なものである必要があるという「追加性」の問題がある。その前提には、除去(Removal)に資する炭素クレジットしか追加的ではないという議論がある。GHG排出量を実質ゼロにするには、最終的に残存するのと同量のGHGを大気からの吸収などによって取り除かなくてはならないので、除去の活動しか、実際カーボンニュートラルには貢献しないという理由によるものである※5。その場合、これまで炭素クレジットの大多数を占めてきた再生可能エネルギーや省エネルギーなど排出回避をするプロジェクトは、もはやクレジットの売却益がなくとも、収益性が確保できるか、法制度で義務付けられているなど通常のビジネスで実施できるとみなされる可能性が高い上に、除去の活動に該当しないので、追加的削減にあたらないという論理である※6

第2に、利用者側の情報開示や透明性の欠如の問題がある。例えば、ガス会社が炭素クレジットで天然ガスからの排出を相殺させた商品を「カーボンニュートラルLNG」として販売するケースでは、クレジットが化石燃料の利用継続を促し、利用企業が自主的な削減努力を欠いていることを見えにくくするために使われていると批判される。また、利用するクレジットの出所情報などが十分に開示されないケースでは、出所元のプロジェクトの削減効果に疑念が生じる。

「人材育成」を軸にしたプロジェクト形成と透明性の向上が必須

第1の論点として挙げた「追加性」では、炭素クレジットの役割について原点回帰を考えることが重要である。上述した通り、炭素クレジットには、高いリスクや低い収益性により、資金投入が難しかった環境プロジェクトへの資金動員を可能にした重要な側面がある。この観点から考えると、現時点では高リスクかつ高コストであるDirect Air Capture(DAC、大気からCO2を分離回収する技術)などの除去技術の普及において炭素クレジットは当然大きな役割を果たすべきである。

しかし、ここで忘れてはならないのは、まずはGHG排出を最低限に抑えておくことが、除去を効率的に行う大前提であるということである。省エネなどにより十分に排出を削減し、早期に除去を行えるよう、すなわち排出回避から除去への移行の道筋をきちんと作ることが重要である。

また、回避技術の追加性に関してさらに考慮できる要素についても触れておきたい。例えば、産業セクターの省エネ技術は電力消費量削減によるキャッシュフローの改善が見込めるにも関わらず、多くの途上国で普及が進んでいない状況にある。一方で、製造現場でのエネルギー需給を計測・制御し、最適運用を行うことにより省エネを実現する連携制御技術は、大規模な設備投資を必要としない比較的安価な技術であるにも関わらず、適切な人材の不足が技術普及の妨げとなっている。

当社と電子情報技術産業協会(JEITA)は、CEFIA(Cleaner Energy Future Initiative for ASEAN)※7という取り組みを介して、タイ、ベトナムおよびインドネシアの大学と連携した人材育成プログラムを展開し、最適な運用に関するノウハウやCO2削減効果に関する理解度の高い人材の育成を図っている※8
図1 CEFIAフラッグシッププロジェクト「連携制御」の活動概要
図1 CEFIAフラッグシッププロジェクト「連携制御」の活動概要
出所:CEFIA Japan Seminar 2021「カーボンニュートラル実現のための連携制御」プレゼンテーション資料に基づき三菱総合研究所作成
このような人材育成に関する取り組みを、炭素クレジットの仕組みで追加的と評価できると、日本の技術の特色を活かした脱炭素化の加速が可能となる。民間資金の動員には産業セクターの参画が不可欠であり、追加性を確保しつつ、経済成長と環境対策を両方選べるような仕組みの構築に、炭素クレジットが貢献できることが望まれる。

次に、透明性欠如の問題を解決するために、クレジット利用者側の情報開示は必須である。商品を売る立場として、最終消費者に対して情報開示する意識づけが重要である。

まずは、どのプロジェクトのクレジットを使ったのかという情報の積極的な開示を促す仕組みが必要である。英国政府が立ち上げた自主的炭素市場十全性イニシアティブ(VCMI)が2022年7月現在、炭素クレジット利用指針の草案「Code of Practice」を公開中である。同草案では、利用クレジットだけでなく、利用者自身の削減目標達成状況の開示なども要求されており、カーボンニュートラルを達成するための措置としての炭素クレジット利用の状況が明らかになるような仕組みとなっている※9

折しも、日本では2023年4月の本格実施を見据えて、2022年6月に企業が自主的な排出量の取引を行う枠組みであるGXリーグが準備期間に入っており、2022年9月22日に炭素クレジット市場の実証事業が開始された※10

クレジットの透明性や企業の目標設定は既に基本構想に含まれており※11、今後、GXリーグが積極的な情報開示を促す役割を果たすことを期待する。そのためには、炭素クレジットの売買プラットフォームのオンライン化による完全な見える化が必要である。

また、GXリーグは現在企業単位での参加となっているが、将来的には一個人が1トンから買える仕組みとし、国民全体の参加が可能となることが望ましい。参加者増加による市場拡大が見込める上に、人を起点としたコミュニケーションが活発化し、「自分ごと」としての消費者ニーズを把握できるようにすることが、炭素クレジットの信頼性を向上させ、最終的なクレジットの質の向上に貢献するであろう。

※1:炭素市場エクスプレス「京都メカニズムについて」
http://carbon-markets.env.go.jp/mkt-mech/kyomecha/index.html(閲覧日:2022年7月4日)

※2:経済産業省 第5回 世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会「成長に資するカーボンプライシングについて④~炭素削減価値取引市場の全体像~」(2021年5月27日)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/carbon_neutral_jitsugen/pdf/005_04_00.pdf(閲覧日:2022年7月4日)

※3:UNFCCC “CDM EB 69 Press Highlights - CDM Board paves way for voluntary cancellation of certified emission reductions”
https://cdm.unfccc.int/CDMNews/issues/issues/I_4OVUPYPFLS4CQ2LZZIZN28KCFCCKEQ/viewnewsitem.html(閲覧日:2022年7月4日)

※4:炭素市場エクスプレス「二国間クレジット制度(JCM)」
http://carbon-markets.env.go.jp/jcm/index.html(閲覧日:2022年7月4日)

※5:Carbon Trade Exchange “All Credits Matter! Removal Versus Avoidance? A moral or monetary ‘dilemma’? ” (April 20, 2021),
https://ctxglobal.com/all-credits-matter-removal-versus-avoidance-a-moral-or-monetary-dilemma/(閲覧日:2022年7月4日)

※6:地球環境戦略研究機関「オフセットクレジットの『信頼性』とは何か」
https://www.iges.or.jp/sites/default/files/inline-files/Carbon%20credibility_%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E_0.pdf(閲覧日:2022年7月4日)

※7:CEFIAとは、2019年に開催された第16回ASEAN+3エネルギー大臣会合(AMEM+3)で、日本が提案した官民イニシアティブとして立ち上げが合意された、ASEANのエネルギー転換と脱炭素化を進めるため、脱炭素技術の普及と政策・制度構築をビジネス主導で進めることを目的とした取り組み。
経済産業省 プレスリリース「第三回CEFIA官民フォーラムを開催します」
https://www.meti.go.jp/press/2021/02/20220214002/20220214002.html(閲覧日:2022年7月4日)

※8:CEFIA Digital Platform, CEFIA RENKEI FP
https://www.cefia-dp.go.jp/fp/renkei/01(閲覧日:2022年7月4日)

※9:Voluntary Carbon Market Integrity Initiative, “Provisional Claims Code of Practice”
https://vcmintegrity.org/wp-content/uploads/2022/06/VCMI-Provisional-Claims-Code-of-Practice.pdf(閲覧日:2022年7月4日)

※10:経済産業省 プレスリリース「カーボン・クレジット市場の実証を開始しました」(2022年9月22日)
https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220922001/20220922001.html(閲覧日:2022年9月22日)

※11:経済産業省「GXリーグ基本構想」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/GX-league/gx-league.html(閲覧日:2022年7月4日)