コラム

環境・エネルギートピックスエネルギー

「国内水素」の社会実装を進めるには

タグから探す

2023.5.30

サステナビリティ本部圓井道也

環境・エネルギートピックス

POINT

  • 輸入水素との競合や国内電力事情から、社会実装は停滞の懸念。
  • 再エネ導入拡大との好循環で、自給率向上を目指すべき。
  • 他の分野と連動した効果的かつ柔軟な推進施策が必要。

1.国内水素の導入をめぐる課題

水素の利用拡大に向けて、政府は規制・支援一体型での制度設計を進めている。2023年1月、「水素・アンモニアの商用サプライチェーン支援制度」(以下、値差支援制度と表記)および「効率的な水素・アンモニア供給インフラの整備支援制度」(以下、拠点整備支援制度と表記)に関する基本的な方針が示された※1。同年4月公表の水素基本戦略(骨子)では、国内外における日本企業関連の水電解装置(Power to Gas、以下P2G)の導入目標として、2030年に15ギガワット(GW、ギガは10億)を目指すとしている※2

値差支援制度・拠点整備支援制度は、国内で生産される「国内水素」と輸入水素の双方を対象としており、国内水素の重要性にも言及している。他方、コスト・物量の観点で支援対象の中心は輸入水素となる可能性が高い。加えて、国内水素については、昨今の電力需給ひっ迫を背景に製造用の電力が十分に確保できず、社会実装が大きく遅れる懸念もある。しかし本来、水素が有する価値は、脱炭素のみならずエネルギー自給率の向上や電力システムの安定化にもあり、大部分を輸入に依存することは避けるべきである。

本コラムでは、エネルギー需給がひっ迫する中で国内水素を推進する意義を振り返ったうえで、導入促進に向けた政策提言を行いたい。

2.国内水素導入促進の意義と狙うべき政策目標

国内水素のサプライチェーンに沿った導入促進の意義、すなわち狙うべき政策目標は図1の4点と考えられる。
図1 国内水素サプライチェーンの形成において狙うべき成果
国内水素サプライチェーンの形成において狙うべき成果
出所:三菱総合研究所
このうち、国内水素固有のファクターである①「再エネ拡大との好循環実現」について触れたい。

長期エネルギー需給見通しにおける2030年の目標比率36~38%に向けて再エネ拡大が進んだ場合でも、出力制御はさまざまな手段により低減可能と示唆されている※3。したがって、自然体では余剰電力等の発生は限定的であり、安価な電力が必須とされる国内水素の社会実装は容易ではない。しかし、P2Gは本来、余剰電力の吸収のほか、需要造成による系統混雑の緩和、調整力提供を通じた火力発電の運転回避※4など、再エネ導入拡大に多面的な貢献が可能であり、そうした価値を最大限引き出すことも重要である。

一方、再エネ発電事業としても今後市場統合化が進み事業性確保も難しくなることから、新たな原資を求める必要がある。

以上を踏まえると、水素製造に対する再エネ供給が発電事業の事業性向上に資するような枠組み、すなわち再エネ導入拡大と国内水素製造との間に好循環を創り出す枠組みを形成していくことが重要である(図2)。
図2 再エネ導入拡大と国内水素製造の好循環(イメージ)
再エネ導入拡大と国内水素製造の好循環(イメージ)
出所:三菱総合研究所

3.目指すべき自給率の水準

では、水素の自給率はどのような水準を目指せば良いだろうか。エネルギー安全保障上、最低限化石燃料の自給率は上回るべきである。例えば、天然ガスの自給率2.1~2.3%を上回るためには7万トン(2030年の水素導入目標300万トンの2.3%に相当)以上の国内水素および製造源となる再エネ導入拡大が必要である。1GWのP2Gにつき、設備利用率向上の観点から最低でも2GW以上の再エネ導入※5を推進する枠組みが望ましい。

2050年に向けては、再エネ比率が政府目標の5~6割に達すれば一定程度の電力余剰が生まれることに加え、国内で安定的なP2G市場を形成する観点からも、日本の現状のエネルギー自給率(2021年度実績13.3%)※6以上を目指したい。これは水素需要で約270万トン、2030年以降に毎年約2GWのP2Gを導入することに相当する。

なお、さらなる自給率向上のためには、革新的な水素製造技術の実装に加え、領海、排他的経済水域などにおける海洋エネルギー(洋上風力発電など)を用いた水素製造・輸送が求められる。こうした取り組みには、エネルギー自給率向上やP2Gの市場拡大のみならず、液化水素船などの水素輸送市場の形成・拡大といった、産業戦略面の効果も期待できる。

4.再エネ拡大との同時推進に必要な政策措置

再エネの導入拡大との好循環を確立するためには、再エネ施策との連携が必須であり、その環境価値の帰属を明確化することも重要と言える。今後の再エネ電源拡大と水素製造を同時に促進する施策例としては、以下が考えられる。
  • FIT・FIP制度対象外の再エネに対する導入支援の一環として、P2Gへの電力供給を行う再エネ電源への補助を重点化する。
  • FIT・FIP制度における事業認定の際、P2Gへ一定程度電力供給を行う電源を地域活用電源として優先的に認定する。
加えて、電力系統大での再エネ有効活用を進めるための施策例としては、以下が考えられる。
  • 再エネ余剰時などの卸電力価格の低下を適切に反映した価格で電力を調達できるよう、市場ルールを設定する。
  • 系統混雑地域にP2Gの立地を誘導して再エネ電源の系統接続枠を拡大や系統混雑時の出力制御回避に活用する。
グリーントランスフォーメーション(GX)推進に向けて2023年2月に閣議決定されたGX基本方針※7では、今後10年間で20兆円の「GX 経済移行債」を発行し大胆な先行投資支援が予定されている。水素は特に影響範囲が広く、多額の資金を要する分野である。他分野と連動した効果的かつ柔軟な支援策の推進を期待したい。

※1:総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 水素政策小委員会/資源・燃料分科会 アンモニア等脱炭素燃料政策小委員会 合同会議 中間整理(2023年1月4日)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/20230104_report.html(閲覧日:2023年5月22日)

※2:第30回 水素・燃料電池戦略協議会 資料4 水素基本戦略 骨子案(2023年4月5日)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/suiso_nenryo/030.html(閲覧日:2023年5月22日)

※3:第45回 総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 新エネルギー小委員会/電力・ガス事業分科会電力・ガス基本政策小委員会 系統ワーキンググループ(2023年3月14日)によれば、一定の再エネ伸び率を踏まえた出力制御見通し、および需要側、供給側、系統側の各種対策による出力制御低減効果が試算されている。
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/shin_energy/keito_wg/045.html(閲覧日:2023年5月22日)

※4:P2Gが調整力を提供することにより、調整力確保目的で最低負荷運転する火力発電を停止できる可能性がある。

※5:調達価格等算定委員会資料によれば、事業用発電の太陽光発電10-50kWにおいては、直近の過積載率(パネル出力/PCS出力)実績が184%であることを踏まえ21.3%の設備利用率(PCS出力ベース)が調達価格算定の前提となっている。P2Gで20%程度以上の設備利用率を求める場合、同様の比率での再エネ設備が必要と類推される。
https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/pdf/082_01_00.pdf(閲覧日:2023年5月22日)

※6:「令和3年度(2021年度)におけるエネルギー需給実績(確報)」 (2023年4月)
https://www.enecho.meti.go.jp/statistics/total_energy/pdf/honbun2021fykaku.pdf(閲覧日:2023年5月22日)

※7:「GX実現に向けた基本方針 ~今後10年を見据えたロードマップ~」(2023年2月)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/pdf/kihon.pdf(閲覧日:2023年5月22日)