コラム

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デジタル化を契機とした「都市経営」の転換

「移動」起点に官民連携で生活サービス改善を

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2023.8.8

スマート・リージョン本部田村隆彦

スマートシティ・モビリティ

POINT

  • 都市の持続的な経営は「生活サービス効率化」と「質向上」の両立が必要。
  • 移動を起点にした分野横断的な連携体制構築がサービス改善の糸口。
  • 連携の効果・負担を可視化し、合意形成を進めるコーディネートが重要。

デジタル化のみで課題は解決しない

人口減少、高齢化の進展、経済の低迷など、地域の課題は山積している。中でも交通や医療介護など地域の暮らしに不可欠な生活サービスをいかに継続的に運営するかは今後の大きな課題である。デジタル技術の進展に伴うデータの利活用が課題解決の糸口と期待されるが、デジタル化のみで課題が解決されるわけではない。データ利活用の効果を発揮するには、分野や組織を横断した連携が鍵になると考える。このコラムではデジタル化を契機とした持続可能な都市経営の実現策を考える。

課題は生活サービス効率化と質の向上

「都市経営」とは、住民の生活や企業の活動に必要なサービスを提供し、人口や産業立地を呼び込み、サービス提供に必要な雇用や財源を生み出して、地域経済を循環させる営みである。言い換えれば、都市経営の狙いは、時代や環境変化に対応して、都市や地域を活性化し、魅力を向上しつづけることにある。しかし現実は、人口減少、高齢化、産業の海外投資へのシフト、インフラの老朽化などにより、都市経営の収支バランスは悪化の一途をたどっている。特に地方や郊外でこれらの課題が顕著となり、居住、産業の維持に必要なサービスが維持できなくなることが危惧される。

生活や産業の維持に必要なサービスには、行政が提供する公共サービスのほか、健康・医療・介護、教育・子育て、防災、モビリティなど、いわゆる「準公共サービス」※1がある。医療介護や物流の担い手不足、地方鉄道の廃線問題など、準公共サービスは継続性に課題を抱えている。例えば、2020年度は地域生活を支える乗り合いバス事業者の約99.6%、中小民間鉄道路事業者など地域鉄道事業者の約98%が赤字となっている※2

これらのサービスは、行政・民間の枠を超えて複数の主体で提供されており、主体ごとにサービスの効率性を改善しようとしても、必ずしも地域の最適解とはならない。また効率性を求めるあまり、サービスの質が低下すれば居住者や産業が地域から流出する可能性がある。主体や分野を超えて、いかに準公共サービスの効率化と質の向上を図れるかが、都市経営上の大きな課題と言える。

移動を起点に分野間連携で生活サービス改善

準公共サービスの維持と、質の向上に向けた政策として、国土交通省の有識者検討会が提言した、関係者の枠組みを超えた共創による地域公共交通のリ・デザイン(再構築)の例がある※3

これは、地域公共交通の利用者の大幅な減少によって交通の維持が危惧される状況を踏まえたものだ。具体的には、交通を地域のくらしと一体で捉え、エネルギー、医療、教育など地域の関係者が、分野の枠を超えて連携を進めることの重要性を提示した。医療介護や子育て、買い物支援に関する訪問送迎など、異なる業界の関係者で連携した車両運行などが一部で試行されつつある。

例えば、群馬県前橋市ではデイサービスの利用者送迎を地域のタクシー協議会で一括して担い、タクシー需要の平準化と福祉事業者の手間の軽減を目指している。三重県内では地域を巡回する車両内でオンライン診療・服薬指導・薬剤配送、マイナンバーカードの申請手続きなどを一体的に行うことで住民の利便性向上を図ろうとしている。ほかにも交通と子どもの送迎や買い物支援との連携の例など、交通と他分野で連携したサービスへの挑戦が広がりつつある。

移動はさまざまな活動を支える都市の基盤であり、分野を超えた車両の一体運行、オンデマンド化などにより、移動に関連するサービスを含めて効率化し、利用者の利便性を向上させることができる。また、交通事業者には観光や流通、生活支援といった他分野の事業を運営している主体も多く、MaaS※4などの個人のニーズに応じたシームレスなサービスを目指す取り組みも先行する。

移動を支えるサービスを起点に、分野の垣根を越えた官民連携体制を構築し、具体的な事業に着手することは、準公共サービスを効率化し、質を向上させる有効な選択肢と考えられる。デジタル田園都市国家構想の下、各地域で官民サービス間の連携のためのデータ連携基盤の整備が進む。この基盤を効果的に活用し分野間連携の促進につなげたい。
図表 分野横断的な連携の例
分野横断的な連携の例
出所:三菱総合研究所

効果・負担を可視化し合意形成を主導

サービスの効率化と質の向上を両立させるには、利用者一人ひとりのニーズと地域資源を可視化して複数のサービスを組み合わせて提供するなど、リソース制約の下で最適なサービスを提供することが有効な手段だ。

そのためには、行政、企業、住民がサービスの利用状況や提供状況を共有することへの理解を進めるとともに、情報共有のためのシステム投資負担や規制緩和なども考えていく必要がある。ただし、これらは利害と絡み、協議や調整は簡単ではない。この障害を乗り越えるには、連携の必要性の共通認識を醸成し、複数の官民事業主体の連携体制をコーディネートする機能がポイントとなる。このコーディネート機能を組成して、連携の有無による費用と効果を明らかにした上で、サービスの利用状況などの共有や協働して提供するサービスの範囲や費用負担を合意し、事業の実証から実装へと結びつけることが期待される。

一方、規制緩和を見てみよう。交通事業者同士の連携に関する独占禁止法の緩和や貨客混載の適用地域の拡大などが徐々に広がりつつある※5。さらにデジタル田園都市国家構想総合戦略に基づく「地方版総合戦略」の策定時期を迎え、各地域で関係者がそろう対話の機会も増える。

こうしたタイミングを好機と捉え、デジタルの力も活用し、行政・民間の枠を超えた都市の課題の明確化から、事業組成、評価改善に至る都市経営のプロセス・手法を皆さまとともに確立していきたい。

※1:デジタル庁の重点計画において、準公共分野として健康・医療・介護、教育・こども、防災、モビリティ、インフラ分野を提示(「デジタル社会の実現に向けた重点計画」2023年6月)
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/5ecac8cc-50f1-4168-b989-2bcaabffe870/b24ac613/20230609_policies_priority_outline_05.pdf(閲覧日:2023年8月4日)

※2:「国土形成計画(全国計画)原案」国土審議会第19回計画部会 2023年5月 
【資料3-3】国土形成計画(全国計画)関連データ集 P17-18
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/kokudoseisaku01_sg_000341.html(閲覧日:2023年8月4日)

※3:「公共交通政策:アフターコロナに向けた地域交通の「リ・デザイン」有識者検討会」国土交通省 2022年8月
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_tk_000183.html(閲覧日:2023年8月4日)
前橋市の事例
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/kyousou/examples/22006-1.pdf(閲覧日:2023年8月4日)
三重県の事例
https://www.town.taki.mie.jp/material/files/group/16/iryoumaaspressrelease.pdf(閲覧日:2023年8月4日)

※4:MaaS(Mobility as a Service)
地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービス。観光や医療等の目的地における交通以外のサービスなどとの連携により、移動の利便性向上や地域の課題解決にも資する重要な手段となる。
出所:国土交通省日本版MaaSの推進
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/japanmaas/promotion/(閲覧日:2023年8月4日)

※5:国土交通省「改正地域公共交通活性化再生法と独占禁止法特例法が成立しました」
交通事業者間の共同経営等に関する独占禁止法の適用除外が2020年11月27日に施行
https://www.mlit.go.jp/common/001359640.pdf(閲覧日:2023年8月4日)
国土交通省「貨客混載を通じた自動車運送業の生産性向上について」2023年5月30日通達
https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_tk4_000032.html(閲覧日:2023年8月4日)