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DX・GX時代の「企業の人的資本投資」のあり方 第5回:3つのキャリアシフト類型実践例 ③創造人材育成型キャリアシフト

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2022.11.22

政策・経済センター大内久幸

人材
本シリーズでは、DX・GX時代に求められる人材を企業が創出するために、カギとなる3つのキャリアシフト類型について解説してきた。第3回~第5回では、3つのキャリアシフト類型それぞれについて、企業の現状の取り組み状況を、三菱総合研究所が実施した企業向けアンケート(2022年8月実施)結果から示すとともに、実際の取り組み事例を紹介している。

第3回のワンノッチ型キャリアシフト第4回の再チャレンジ型キャリアシフトに続き、第5回では創造人材育成型キャリアシフト実践例を紹介していく。

創造人材育成型キャリアシフトの現状と取り組み事例

創造人材型キャリアシフト、すなわち中核人材・変革人材の育成に向けた、より高度なスキル獲得を通じたキャリアの飛躍について、現状取り組まれている手段としては、サクセッションプラン(後継者育成計画)にのっとった選抜者向けの教育(OJT・Off-JT教育、社費留学、他社への出向など)として従来行われてきたものから大きな変化はないものと推察される。

しかし、本シリーズ第2回でも述べたように、中核人材・変革人材に求められる質自体が、従来業務の延長ではなく、DX・GXをけん引する役割を期待されるものへと変わっている。期待役割の変化に伴い、教育の中身や期待される教育効果も変化が見られるべきである。

図表1では、会社の新規事業への取り組み状況(4段階)に対して、中核人材育成への取り組み状況を聞いた結果を示している。新規事業について、「現在具体的な計画を実施中である」とした回答者では、中核人材と変革人材育成への取り組みいずれの項目についても、選択率(実施率)が高いことが分かる。
図表1 新規事業への取り組み状況と中核人材・変革人材育成への取り組み状況
新規事業への取り組み状況と中核人材・変革人材育成への取り組み状況
出所:三菱総合研究所
このうち「現在具体的な計画を実施中である」とした回答者と、「特に新規事業への進出はしていない/わからない」とした回答者との取り組み状況を比較した(差分を取り出した)のが、図表2である。最も乖離(かいり)が大きいのは「他社の提供する教育プログラムへの参画」で、以降「育成目的の他社への出向」「社費留学」「企業間コンソーシアムへの参画」と、社外での学びに該当する項目が続く。新規事業に取り組む企業ほど、選抜者向けの教育の意味合い以上に、外部の知識・技術・ノウハウ吸収への取り組み姿勢が強いと推察できる。
図表2 「具体的な計画を実施中」と「新規事への進出未検討」との選択率比較
「具体的な計画を実施中」と「新規事への進出未検討」との選択率比較
出所:三菱総合研究所
図表3は、図表1と2で示した教育プログラムのうち、社費留学・他社への出向・企業間コンソーシアム・研究機関とのクロスアポイントメントの取り組みに参画した社員に対する、プログラム修了後の処遇の状況を示している。「幹部として、すぐに昇進・昇格させる」「幹部候補として、優先的に昇進・昇格させる」といったサクセッションプランとしての意味合いと同等かそれ以上に、「新規事業開発等社内のプロジェクトリーダーに配置する」「新規事業開発等社内のプロジェクトに積極的に参画させる」の選択率が高い。変革をけん引する役割への期待が大きいことが見て取れる。

他方、「参画前にいた職場に戻して従来業務に就かせる」「特別な処遇はしていない」が合わせて3割ほどに及ぶ点が注目される。これら教育プログラムは、投資規模としては大きいはずであるが、そこに参画した社員が得た能力・知見を十分に発揮できていない可能性がある。
図表3 中核人材/変革人材育成への取り組み 参画社員の処遇
中核人材/変革人材育成への取り組み 参画社員の処遇
出所:三菱総合研究所

事例1:双日 デジタル人材育成プログラム「応用」

創造人材育成型キャリアシフトに該当する取り組みとして、第3回で紹介した双日のデジタル人材育成プログラムの「応用」編が挙げられる。

応用レベルは、さらに「応用基礎」「エキスパート」「ソートリーダー」という3つのスキルレベルで分けられており、スキル分野としては「データ分析」と「ビジネスデザイン」という2分野が設定されている。「基礎」のプログラム(本シリーズ第3回にて)を修了していることを条件に、希望する社員は応用基礎プログラムに申し込みができる。

応用基礎では、eラーニング教材での座学に加え、外部講師を交えたハンズオンでの研修を通じ、回帰モデルを用いたデータ分析や、デジタルを駆使する上で備えておきたいアプリケーション開発の基盤となるプログラミングやアルゴリズムの基礎知識を習得していく。

さらに高いレベルを目指す「エキスパート」では、データ分析コースの場合、実際のプロジェクトに関連するデータから、機密性の高い情報を除くなど加工をしたデータを学習材料として用いる。分析だけにとどまらず、当該プロジェクトの主管部署に対してデータに基づいた施策提案まで行う。

まさにDXをビジネスに実装することが強く意識されたプログラムと言える。学習時間として計100時間以上に及ぶエキスパートレベルの人材は40名(2023年度)、応用基礎を含めた応用レベル全体では300名(2023年度)、5年以内には全社員の25%程にあたる600名の履修を計画している。

多種多様な事業が存在する総合商社だからこそ、IT部隊だけでなく、各現場にデジタル活用をリードできる人材を配置できるよう、どのような事業でも応用が利くようにハンズオンでカリキュラムを作り、独自の研修パッケージを展開する必要がある。プログラム自体が現場業務での活用、すなわち修了後のパフォームを強くイメージした設計になっていることに加え、同じプログラムに参加した社員間でのコミュニティ形成や、配置・異動における考慮等、社員のスキルを最大限活用できるようなフォローアップの仕組みも検討中である。

事例2:SCSK 専門性認定制度/リスキリングを伴うキャリアの飛躍促進

SCSKは、一般的に長時間労働の傾向が強いITサービス業界において、有給休暇の取得奨励や効率化で短縮した時間見合い相当分の社員還元など、働き方改革の先行事例として多くのメディアに取り上げられてきた大手システムインテグレーターである。

自社のDX事業強化以上に、顧客のDX対応を支援する、いわば日本企業のDXをけん引する立場にある企業である。

では、DXのトップランナーたる同社は、どのようにDXをリードできる人材(変革人材)を育成しているのだろうか。同社が経営理念に掲げる「3つの約束」の最初の項目には、「人を大切にする」と書かれている。この「人を大切にする」姿勢は、上述の働き方改革のみならず、人的資本投資にも表れている。

SCSKは経産省が定めるITスキル標準をベースとした「専門性認定制度」を2008年前後より運用してきた。職種・専門分野別に7段階の専門性レベルが存在し(SCSKキャリアフレーム)、各レベルに資格や実務実績等の要件が設定されている。要件を満たした社員が認定取得を申請すると、全社の高度IT人材から選出された審査員が認定審査を行う。まさにプロがプロを評価する仕組みである。

加えて審査員は認定の可否に終わらず、申請した社員の強み、弱み、今後必要なスキル等について、充実したフィードバックを行う。個々の人材の専門性可視化といった会社視点でのメリット以上に、「成長を実感できる」あるいは「次に何を学べばよいか分かりやすい」といった社員目線でのメリットが大きいであろう。

「専門性認定制度」は、運用が継続されてきた過程で、仕組みが陳腐化・形骸化しないよう、事業環境に応じて常に見直しが図られてきた。常設の「専門性委員会」が組織され、同社の経営戦略・事業戦略を鑑み、新たに求められる職種の特定や、その職種に対応した新たな専門性レベル設計を行っている。有識者の意見も取り入れながら、SCSKキャリアフレームを随時アップデートしているイメージだ。

そのような中、現在SCSKが注力しているのは、「サービス・マネージャー」「ビジネス・デザイナー」「フルスタック・エンジニア」の3職種を担う人材の育成である。各職種の詳細な業務内容についてはここでは割愛するが、これら3職種は、同社が中計で掲げる3つの基本戦略に対応している。そして注目すべきは、これら3職種をターゲットとして集中的なリスキリングのプログラムが用意されている点だ。

このプログラムは実業務とオンライン研修・演習を混合した、同社が「ブートキャンプ型」と表現する程の集中的かつ大容量のプログラムとなっている。これらプログラムや実務経験を通じてリスキル・アップスキルした社員が、サービス・マネージャーとして顧客のDXをけん引する役割を担ったり、ビジネス・デザイナーとして同社のDX事業化を推進する役割を担ったりと、新たなキャリアを切り拓いている。

あえて抽象化して表現するならば、経営戦略との連動を図りながら求める人材像・ToBeポートフォリオを明確にし、その実現に向けたリスキリングの仕組みを整備し、実際にリスキルする社員には変革人材としての活躍の場を与えて実績を認定し、さらなるアップスキルを促している。DX対応に向けた創造人材育成の好事例と言えるだろう。

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