マンスリーレビュー

2017年1月号特集経済・社会・技術

新年の内外経済の展望

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2017.1.1
経済・社会・技術

POINT

  • 2016年は、世界で内向き志向が強まり、先行きに対する不確実性が上昇。
  • 2017年は、米国新政権の政策運営次第で、世界経済は上下に振れる可能性。
  • 日本はぶれずに、イノベーションによる社会課題解決の加速を。

1.2016年を振り返って

(1) 世界の「内向き志向」の強まり

2016年は欧米の大国で「内向き志向」が強まった象徴的な年となった。最大のサプライズは、11月の米国大統領選でのトランプ氏勝利であろう。トランプ氏は、自国の経済的利益を最大化するため、環太平洋パートナーシップ(TPP)離脱や北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉、メキシコや中国に対する関税引き上げなど強硬な保護主義政策を主張する。「内向き」な政策を掲げての勝利は、国際社会での大国の役割より、自国の利益を優先せざるを得ない経済社会構造の変容を表すものでもある。

欧州でも「内向き志向」がみられる。英国では、6月に欧州連合(EU)離脱をめぐる国民投票で離脱派が勝利し、ドイツやフランス、イタリアなどでも反EU政党が勢力を拡大。欧州の平和と繁栄を目指すEU統合の理念より、統合による経済的・社会的デメリットを問題視する動きが広がった。

(2) 成長下振れが続く世界経済

世界経済の成長率は、前年と同様に低調な伸びに終始した。IMF見通しによると、2016年の世界経済の実質GDP成長率は前年比+3.1%と、1年前の予測(同+3.6%)を大幅に下回り、期待外れの成長にとどまった。

先進国経済は、期待成長率の低下などから投資の不振が続き、リーマン・ショック前の水準を回復していない。こうした背景には、総需要の大幅な落ち込みが潜在GDPの低下を招き悪影響が持続する「履歴効果」や、技術革新力の低下などが挙げられる。新興国経済は、所得水準の着実な上昇は続くものの、中国経済の構造調整圧力の強まりや原油安による資源国経済の下振れなどが回復の重石となった。

(3) 浮き彫りになった先進国のひずみ

欧米大国で進む「内向き志向」の根は深い。共通する特徴として、低成長が続く中、グローバル化の進展や移民の増加、経済格差の拡大、既存の政治(EUの過剰規制や権限拡大など)に対する国民の不満の高まりがある。今回の米国大統領選では、ラストベルト(錆び付いた工業地帯)※1と呼ばれる、かつて製造業が盛んだった州を接戦でものにしたことがトランプ氏の勝因とされる。機械化・IT化による「普通の仕事」の喪失や、所得上位0.1%の全所得に占める割合が7~8%に達するなど、極端な「富の集中」といったひずみが、政治でも表面化した。

(4) 世界的に高まる不確実性

世界の内向き志向の強まりを受け、先行きに対する不確実性がとみに高まった年でもあった。英国のEU離脱選択により、同国のEU単一市場アクセス権の行方が不透明になったほか、米国のTPP離脱やNAFTA再交渉の可能性が高まるなど、グローバルな経済活動の前提となる取り決めが根底から覆される可能性が一気に高まった。企業からみれば、先行きが「読めない」こと自体が、経営上の大きなリスクとなった。

(5) 強まる「スロー・トレード」現象

貿易量の伸びが経済成長率を下回ることを指す「スロー・トレード」現象も強まった。2016年の世界の貿易量は前年比0%まで低下、2008年のリーマン・ショック時を除けば1992年以降で最低の伸びとなる。背景には、世界的な投資需要の低下といった循環要因に加え、新興国での技術力向上による現地調達(生産の内製化)の進展や、各国の貿易制限措置発動による自由貿易化の弱まりといった構造要因もある。「スロー・トレード現象」もまた、世界の低成長と内向き志向の強まりの結果として捉えられよう。

2.2017年の展望─10のポイント

(1) 米国トランプ新政権の政策運営

世界経済の未来の鍵を握るのは、まず、トランプ新政権の政策運営である。「経済成長率2倍」を掲げ、成長重視の経済政策を打ち出すとみられる。大規模な減税やインフラ投資は一時的にせよ景気押し上げ効果が期待できる。楽観シナリオとして、法人税引き下げや規制緩和が企業の投資を促し、生産性上昇に資する可能性もある。

一方、悲観シナリオに転ずる要素も十分ある。第一に、財政赤字の拡大やインフレの高まりが米国長期金利の急上昇を招く可能性がある。第二に、移民規制の強化は、多様性低下や労働力人口の伸び鈍化を通じて米国の中長期的な成長力を低下させかねない。第三に、米国が保護主義化を強め、それが欧州の政治情勢にも波及すれば、ブロック経済化が進み、世界の貿易停滞と経済低迷を招く恐れがある。

新政権が現実路線にかじを切るのか否か、また共和党が過半を占める議会が保護主義政策を抑える役割を果たすのか否か。その行方が注目される。

(2) 世界経済見通しは米国次第で上下に振れるリスク

2017年の世界経済成長率は、米国新政権の政策運営次第で上振れ・下振れともに幅をもってみる必要がある(図表)。上記の楽観シナリオでは、米国の実質GDP成長率は、大統領選前と比べ+1.7%上振れ、+4%程度の高成長を実現する可能性がある。その場合、ユーロ圏、日本、中国もそれぞれ+0.2~0.4%程度上振れる。一方、悲観シナリオでは、米国の成長率は▲2.1%下振れ、ほぼゼロ成長に止まる見込み。ユーロ圏、日本、中国もそれぞれ▲0.3~▲1.0%の成長下振れが予想される。楽観・悲観の間をとった中間シナリオでは、米国+2.2%、ユーロ圏+1.3%、中国+6.3%、日本+0.9%と予測するが、楽観・悲観のどちらのシナリオに近づくかは、米国新政権の政策運営次第となる。
[図表]主要国のシナリオ別見通し

(3) 米国長期金利上昇で高まる新興国の資金流出懸念

米国長期金利が上昇に転じる中、新興国通貨は大統領選後にすでに3%程度下落。米国長期金利の上昇は新興国との金利差を縮小させることから、新興国からの資金流出圧力が強まっている。2016年12月の連邦公開市場委員会(FOMC)では2017年中の利上げペースの加速が示唆された。米国金利の上昇を受けて、新興国通貨が一段と下落すれば、各国の輸入インフレの高まりやドル建て債務の増大などを通じて、2017年の新興国経済の下振れ要因となる。

(4) 長期戦となる英国のEU離脱プロセス

英国のEU離脱交渉も先行きが不透明だ。メイ首相は2017年3月末までにEUへ離脱通告を行う方針だが、最高裁判所による審理によっては議会承認が必要となり、交渉開始が大幅に遅れる恐れもある。英国は、移民流入を制限しつつEU単一市場へのアクセスも確保したい考えだが、反EU機運の高まりを恐れるドイツ・フランスがこれを容認するとは考えにくい。厳格な移民制限実現のためにEU市場へのアクセスを犠牲にする「ハード・ブレグジット」も否定できず、アクセスを最大限優先し移民制限は妥協する「ソフト・ブレグジット」、離脱撤回という「ノー・ブレグジット」の可能性も残る。

(5) 欧州統合の意義を改めて問い直すユーロ圏

ユーロ圏では選挙が相次ぐ。移民増加への反発などから反EU勢力が台頭する中、オランダは下院選挙、フランスは大統領選挙、ドイツは連邦議会選挙が行われる。特にフランスでは、反EU派が支持を拡大。同国がEU離脱を宣言するような事態となれば、EU/ユーロの枠組みが揺らぎ、金融危機に発展する恐れもある。2017年は、欧州の平和と繁栄を目指すために誕生した「EUの理念」が改めて問われる年となる。

(6) 中国経済の光と影

中国でも注目の政治イベントが続く。全国人民代表大会(3月頃)では、2017年の成長目標を引き下げ、構造改革へとかじを切るかが注目される。5年に1度開催される中国共産党全国大会(11月頃)では、政治局常務委員会の人事が行われる。秋に向けて、最高幹部ポストを巡る熾烈な争奪戦が繰り広げられる可能性には注意が必要だ。

2017年の成長率は、政府の景気刺激策を下支えに緩やかな減速を予想する。だが、中長期的な安定成長に向けた課題は多い。スタートアップ企業の資金調達額が1年で2.5倍になるなどイノベーション主導型の経済への移行の芽がみられる一方、非効率な国有企業の改革の歩みは遅い。中国企業の債務のGDP比率は日本のバブル崩壊後のピーク(1994年)を上回り、銀行の不良債権比率も上昇傾向にある。ニューエコノミーとオールドエコノミーがせめぎ合う中国は、「光と影」の両面を持ち合わせている。

(7) 好循環の実現へ正念場の日本経済

日本経済の好循環は実現するであろうか。2012年度から2016年度の企業・家計部門の変化をみると、企業収益の増加額に対し、設備投資や賃金への波及は鈍い。むしろ、2016年度の企業の期待成長率が12年度を下回るなど、企業の慎重姿勢は強まった。所得から消費への波及も弱い。社会保険料負担の上昇から手取り収入の増加が限定的な中、将来不安も根強く消費者の財布の紐が固いためだ。「失われた20年」の間にしみ付いた「縮み志向」が、「前向きな志向」へと転換し好循環を実現するためには、政府は構造改革に、企業は人的投資や意識変革に本腰を入れて取り組む必要がある。

(8) 日本経済の前向きな変化

日本に前向きな変化がないわけではない。第一に、訪日外国人に占めるリピーターの増加。2016年の訪日外国人数(2,000万人突破)のうちリピーター(訪日回数2回以上)は1,000万人に達する見込みだ。今こそ、地域がそれぞれの文化や自然、歴史などの魅力を活かし、ブランディングやマーケティングで実力を高め、高付加価値化を進める契機となる。第二に、有効求人倍率は、1963年の統計開始以降初めて全都道府県で1倍以上となった。失業を気にせずIT化・ロボット化など生産性向上を進めるチャンスである。

(9) 2017年度の日本経済は+0.9%成長を予測

米国新政権の政策運営次第で先行きが左右される点は、日本経済も同様だ。特に通商政策が注目される。米国の離脱が予想される中、日本はTPP漂流を回避できるのか、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)などほかの通商交渉をリードできるのか。また、米国新政権がNAFTA再交渉に踏み切れば、メキシコを輸出拠点に生産活動を行う日系自動車企業は、事業戦略の見直しを迫られる。

現時点では、どこまで実現するのか不透明なため、米国の政策変更は考慮せずに2017年度の日本経済を予測した。先行きの不確実性上昇が成長の重石となるものの、経済対策効果や外需の緩やかな持ち直しを背景に、前年比+0.9%の成長を見込む(図表の中間シナリオ)。

(10) イノベーションによる社会課題解決

世界経済の不透明感は続くが、日本はぶれずに、社会的課題の克服に向けて進むことが肝要である。では、どのように社会的課題を克服していくべきか。イノベーションで社会的課題を経済的価値に転換することであろう。経済成長と持続可能な社会の実現は両立できる。そのためには「3つの変革」—①技術の変革(新技術活用による需要創造)、②経済社会制度の変革(社会保障制度や労働市場の改革)、③企業マインドの変革(新規市場開拓への取り組みや起業支援)—を同時に進めることが求められる。

2017年は、日本が「質の高い成長と持続可能性を両立し、世界から信頼される成熟国」を目指し、一歩前進する年となることを期待したい。

※1:インディアナ、ミシガン、オハイオ、ペンシルベニアなど、米国の中西部と大西洋岸中部に位置し、脱工業化が進む地域を指す。