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2017年7月号特集経済・社会・技術

内外経済の中長期展望(2017-2030年度)

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2017.7.1
経済・社会・技術

POINT

  • 不確実な世界経済。イノベーション力を高められる国が長期停滞を回避。
  • 社会課題解決起点の潜在需要は大きい。技術力とインフラが競争力を左右。
  • 日本は目指すべき未来の実現に向け、五つの改革の実行を。

1.総論:世界経済の底流となる五つのトレンド

世界経済の不確実性は一段と高まっている。先進国では、金融危機以降、企業が投資を抑制し、生産性の伸び鈍化を招いた可能性がある。低成長は社会構造にも変化をもたらし、格差拡大や雇用喪失への不満から内向き化傾向が強まった。今後は、新興国でも生産性の上昇や貧困の撲滅に失敗し、「中所得国の罠」に陥る例も出てこよう。各国が直面する社会課題を放置すれば、中長期的に世界経済の成長鈍化が予想される。

希望は、課題解決の原動力となる「技術の変革」だ。歴史を振り返ると、社会課題が深刻化し、そのコストが極限まで達した際、それを克服するイノベーションが生まれてきた。世界は高齢化や地球温暖化など切実な問題に直面しているが、新技術を起点に課題解決に結びつくイノベーションは次々生まれつつある。もちろん技術だけで解決できない要素はある。人口構造や技術、国際情勢の変化の先を読み、社会保障や雇用、規制などの「制度の変革」を実行することも、国の持続的発展の条件となろう。以上の観点から、2030年の世界経済の姿を左右する五つのトレンドを挙げる。

(1) イノベーション力を高められる国が長期停滞を回避

先進国では、高齢化と生産性の伸び鈍化を背景に成長率が低下傾向にあり、一部には長期停滞局面に陥ったとの見方がある。中長期的には、技術と制度の変革を実現しイノベーション力を高められる国が長期停滞を回避できる。例えば、人工知能(AI)やロボティクスの高度化は需給両面から成長力を底上げする。業務の一部をAIやロボットが担うことで、人間はより付加価値の高い仕事にシフトできる。新技術の社会実装で人々の課題を解決できれば、「創造型需要」を掘り起こす。イノベーション力強化に向けた取り組み次第で、2030年の各国の経済力に大きな差が生まれる。

(2) デジタル新技術がもたらすゲームチェンジ

技術の変革は世界の競争条件をも左右する。例えば、AIやロボットが製造やサービス提供の多くの過程に関わる世界が実現すれば、国や企業の競争力において、労働コストの重要度は低下し、技術力やインフラの質がより重要性を増す。

求められる技術の活用方法やインフラの中身も変わるであろう。技術の面では、ビッグデータやモノのネットワーク化(IoT)を活用した生産管理の最適化や新たな商品・サービスの開発、AIやロボットによる自動化・省力化、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)技術活用による労働者のスキル強化などが鍵となる。インフラの面では、Fintech(金融と技術の融合による新サービス)などのプラットフォームづくり、サイバーセキュリティーやブロックチェーン(取引記録台帳の分散管理技術)などの基盤技術への適応が重要になる。デジタルインフラの進展が世界の競争条件を一気に変える可能性がある。

(3) 社会課題解決を通じた成長の実現

世界経済が抱える社会課題の大きさは、それを解決したいというニーズの大きさの裏返しであり、イノベーションが生まれる余地である。そのポテンシャルの大きさは、国際的にも共通認識となりつつある。2015年、国連は「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」として、2030年までに達成すべき17の目標(貧困、教育、公衆衛生など)を設定。国連貿易開発会議(UNCTAD)によると、目標達成に必要な官民合わせた新規の投資額は、新興国を中心に世界で約3兆ドルに上る。

新興国が直面する社会課題には、先進国が過去に技術や制度の変革を通じて乗り越えてきたものも少なくない。その技術やノウハウを有する先進国企業にとって、こうした新興国への投資による社会課題の解決は、新たなビジネスチャンスである。新興国にとっても、持続可能な社会を実現するために必要な投資となる。

(4) 新興国の富裕層市場は日本の3倍に

新興国が持続的な成長を続けることができれば、新興国における富裕層向けの消費市場規模※1は、2014年の5兆ドルから2030年には12兆ドルまで拡大すると予想。これは日本の消費市場の3倍に相当する。中国の沿岸部の都市のみならず、新興国の主要都市の所得水準は先進国と遜色ない水準に達してくるであろう。

(5) 保護主義から自由貿易主義への揺り戻し

一方、こうした動きを妨げるリスクをはらむのが、保護主義色の強まりだ。世界経済の多極化が進む中、トランプ米大統領の誕生以前から、世界では通商政策において保護主義色は強まってきた。G20における差別的貿易措置(自国産業を守るための輸入制限など)の発動件数は、2009年から2016年にかけて4倍に拡大※2している。

もっとも、歴史を振り返ると保護主義下では世界経済の成長が停滞する一方、貿易自由化が進んだ時期には世界経済は成長してきた。短期的には保護主義色の強まりによって世界経済が停滞する可能性はあるが、各国で自由貿易の重要性が再認識されれば、中長期的には再び自由貿易主義への揺り戻しが起きると予想する。
[表]主要国・地域の実質GDP成長率

2.海外経済:2030年までに米中GDP逆転の可能性

米国経済

トランプ政権の財政政策などにより、短期的には2%台前半の成長を見込む。中長期的には、高齢化が成長率の鈍化を招く一方、イノベーションを生む土壌の存在が下支えとなり、1%台後半の潜在成長率は維持するだろう。リスクには、①移民流入鈍化による労働力の質・量の低下、②「社会の分断」の深刻化がイノベーションを生む土壌の地盤沈下を招く可能性、③政府債務拡大による成長抑制などがある。

ユーロ圏経済

2020年までは1%台前半の成長を見込むが、2020年以降は0%台後半の成長を予想。南欧諸国を中心とするバランスシート調整圧力や長引く不況による負の履歴効果、英国のEU離脱交渉に伴う不確実性などが下押し圧力となる。リスクには、①反EU勢力の台頭によるユーロ存続の危機、②難民の労働参加の遅延がある。

中国経済

生産年齢人口の減少や旧来産業の成長鈍化などを背景に、2030年には3%台後半まで緩やかに成長が減速すると予想。1人当たりGDPは2030年までに2万ドルを超え、GDP規模では米国を上回り世界一の経済大国となるであろう。もっともリスクシナリオとして、住宅市場の調整や不良債権問題の深刻化などを契機に、近い将来に経済が急失速する可能性も否定できない。中国経済のソフトランディングに向けては、①成長の源泉であるイノベーション力の向上、②過剰生産能力や企業債務など構造問題の解決、③社会保障制度や財政の持続可能性確保が重要になる。

ASEAN経済

労働力人口の伸びは緩やかに低下する一方、生産性の上昇が続くことで潜在成長率は2030年時点でも4%程度を維持し、2030年の1人当たり所得は1万ドル弱に達すると予測する。リスクとして、①生産性上昇に必要なインフラ投資の不足、②政治の不安定化による構造改革の遅れ、③中国経済失速の影響などが挙げられる。

3.日本経済:潜在成長率は2030年に自然体で0%程度まで低下

日本は人口減少や高齢化、社会保障や財政問題などの課題に直面する。現状の延長では、日本経済の潜在成長率は2030年度にかけて自然体で0%程度まで低下しよう。

2030年に向けて日本が目指すべき未来像は、①社会課題解決と経済成長を両立している社会、②全ての人が自律的にキャリアを形成できる社会、③地域が自律的に発展できる社会、④人生100年時代を支える財政・社会保障制度の実現、⑤世界において日本が自由貿易推進の旗振り役となること、である。実行すべきアクションは以下の5点である。

Point1:イノベーションで社会課題を解決する

日本が目指すべき未来の実現には、新技術を起点とするイノベーションで社会課題を解決する視点が欠かせない。日常の課題解決や生活の質向上につながるイノベーションへの国民の期待は高い。消費者5千人に対し当社が実施した「未来のわくわくアンケート※3」によると、ウェルネスやモビリティなど社会課題解決につながる商品・サービスへの消費者ニーズは強く、その消費者向けの「潜在」市場規模は50兆円に上る(2030年の家計消費支出の約15%に相当)。もっとも、技術の変革だけでは創造型需要は生まれない。もはや財政を頼みにできない中、新技術の社会実装に向けた規制緩和や過剰な公的制度の改廃など、制度面での変革も一段と重要性を増す。

Point2:人材力を高めて社会で活かす

日本の労働力人口は、一定の労働参加率の上昇を前提としても2030年にかけて450万人程度減少する※4。AIやロボットなどの新技術による雇用喪失を懸念する声もあるが、人が足りない日本では、新技術の思い切った活用で生産性を飛躍的に上昇させなければ、潜在需要を顕現化させる成長市場に人材が回らず、成長力低下を招く。

成長市場へ必要な人材が十分供給されるためには、産業間や職種間での労働力の大幅なシフトが必要となる。①求められる仕事の質の変化に応じた社会人の自律的なスキルアップ、②雇用の流動化を妨げる退職金制度の見直しやマッチング強化、③職務能力が正当に評価される賃金体系への転換、の三つを同時に進めていくことが重要だ。

Point3:自律した地域経済の構築

自律した地域経済の構築には、農業や観光などを通じて地域外の需要を取り込む「攻め」と、拡散しすぎた都市機能や居住地を地域の中心市街地に集積させる「守り」の両面が必要だ。地域の中心部に商業施設など都市機能を、公共交通沿線上に居住地を政策的に誘導する「コンパクト・プラス・ネットワーク」は、インフラの適正な維持管理や行政サービスの効率化のみならず、生産性上昇や住民の生活の質向上にもつながる。

地域経済には、インバウンド需要の増加やICTによる「距離の壁」縮小などの追い風も吹く。さらに、高齢者の生活を支える商品・サービス(自動運転や健康管理など)へのニーズは地方ほど強いことが、「未来のわくわくアンケート」で確認されている。潜在需要創出への「攻め」の挑戦が、地域経済の自律に不可欠な要素となる。

Point4:グローバル需要の多面的な取り込み

新興国の製造業の競争力が急速に高まる中、日本がグローバル需要を取り込み続けるにはサービス輸出の強化が必要だ。2030年にかけて、訪日外国人5千万人超えによるインバウンド需要の拡大や日本企業の海外展開加速による知的財産権使用料の受取増加が見込まれる。日本は、サービス分野のルール共通化を含むTPPを、米国抜きでも早期に実現するなど、自由貿易の旗振り役として世界をリードすることが求められる。

Point5:未来に責任ある財政運営

日本の政府債務残高は、長期金利2%を前提としても、対GDP比で現状の200%から2030年には250%近くまで拡大が見込まれる。長期金利がさらに上昇すれば債務残高は発散するだろう。財政の持続可能性を確保するためには、歳出入両面の改革が必要だ。特に国の一般歳出の1/3を占める社会保障費の抑制は急務である。団塊世代が75歳以上となり始める2022年までの社会保障制度の改革実行が求められる。


上記の五つの改革が実現した場合、2030年の成長率は、自然体での0%程度から1.5%程度へ上昇、実質GDPの水準では約90兆円(自然体比15%)増加する。欧米に比肩する成長実現により、世界において日本が一定のプレゼンスを維持できるほか、1人当たりGDPは約75万円(自然体比15%)増加する。成長の果実を「未来への投資」と「財政健全化」に振り分ける余力が生まれ、持続的な経済社会を実現できるだろう。
 

※1:富裕層は、1日の1人当たり消費額が50ドル超の消費者と定義。先進国と同等の消費水準に相当。

※2:“FDI Recovers?”, The 20th Global Trade Alert Report (2016) ,P.34参照。

※3:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」のアンケートパネル3万人の中から5千人を対象に、2017年4月に実施した。2030年頃に実現するであろう50個の未来の商品・サービスに対するニーズと支払意志額を調査。本調査で対象とした50の未来の商品・サービスの選定にあたっては、東京大学松尾豊准教授に監修いただいた。

※4:2030年の労働参加率は、「平成27年度雇用政策研究会報告書」(2015年12月)において示された (1)経済成長と労働参加が適切に進まないケース、(2)経済成長と労働参加が適切に進むケース、の中間値に設定して計算。