マンスリーレビュー

2018年1月号特集経済・社会・技術海外戦略・事業

新年の内外経済の展望

同じ月のマンスリーレビュー

タグから探す

2018.1.1
経済・社会・技術

POINT

  • 2017年の世界経済は、政治の不確実性を抱えつつも堅調な成長を実現。
  • 2018年は、世界経済の緩やかな成長を見込むが、リスク要素も多い。
  • 「明治150年」の節目、日本が新たな時代を切り拓く年に。

1.2017年を振り返って

① 世界経済:グレート・モデレーションが再来

世界経済は、大いなる不安とともに2017年の幕を開けた。米国がトランプ政権のもとで強硬な保護主義政策に転じる可能性、仏大統領選の結果次第でEUが空中分解するリスクなど、欧米先進国の内向き化への懸念が強まっていた。しかし、ふたを開けてみれば、米国の減税期待と中国の景気刺激策を追い風に世界経済は堅調に推移した。

2017年の世界の実質GDP成長率は、前年比+3.6%(2016年は同+3.2%)へと伸びる見通しだ※1。成長率の振れ幅も小さく収まり、企業や投資家がリスクをとりやすい環境になっている。安定的な景気拡大期を意味する「グレート・モデレーション」の再来との声も聞かれる。

② 金融市場:不確実性を打ち消す強気が継続

実体経済が堅調な中、金融市場では投資家のリスク選好度が高まった。米国ダウ平均が2万4千ドルを突破し過去最高値を更新、日経平均も25年ぶりの高値をつけた。米国の政策運営や英国のEU離脱の行方など、世界の経済政策に対する不確実性は依然として高いものの、それを打ち消す強気が継続した2017年であった。

背景には、米国の減税期待に加え、FRB※2による金融政策正常化が緩やかなペースで進められることへの安心感、IT企業への成長期待などがある。特に、「AGFA」※3と称される米国IT企業に加え、テンセント、アリババなど中国IT企業も健闘。デジタル時代の米中間でのプラットフォーマー争奪戦を印象づける年となった。

③ 米国:政策停滞も共和党支持層から根強い人気

注目されたトランプ政権の1年目は、人事の混乱や議会共和党との調整難航もあり、オバマケア見直しやインフラ投資拡大などの主要施策は実現に至らず、国内の政策運営は停滞。2017年末になってようやく税制改革法案の成立にこぎつけた。

こうした政策停滞にもかかわらず、トランプ政権に対する共和党支持層からの支持率は高く、レーガン政権に並ぶ。背景には、失業率が2000年以来の水準まで改善する一方、働き盛りの35-44歳男性の労働参加率は依然として低水準にとどまるなど、労働市場における「負の履歴効果」※4や格差の固定化の問題がある。結果、米国社会に分断が生まれ、一部の層が政権を根強く支持する形が続いている印象だ。

④ 中国:世界の大国“舞台の中央”を狙う

2017年、内向き化する米国に代わり、世界の大国として「舞台の中央」を狙う動きを強めたのが中国だ。秋の中国共産党第19回全国代表大会で自らを「党中央の核心」に位置づけた習主席は、「党の領導(指導・統率)」を強化するとともに、建国100周年(2049年)までに「現代化した社会主義強国」を目指す方針を内外に示した。経済のみならず政治や文化、民生でも世界を主導する意図がある。

中国を強国実現へ駆り立てるのは、「中華民族の偉大なる復興」への夢だ。中国4千年の歴史を振り返れば、新興国に甘んじていたのはアヘン戦争後のわずか150年間にすぎない。明朝や清朝の時代に、世界GDPのうち30%を誇った中国のシェアは、1950年に5%まで一時低下したものの、2016年には25%まで回復している※5。習政権は「中華民族の偉大なる復興」を実現可能な目標として見据え始めたのではないか。

⑤ 貿易:米国は保護主義化、日本は自由貿易推進

世界の貿易政策をめぐっては、米国が保護主義色を強める一方、日本は自由貿易を推進した。米国がTPP離脱やNAFTAの再交渉などを強行する中で、日本はEUとのEPAを妥結、TPPでは米国を除く11カ国での大筋合意にこぎつけた。仮にNAFTA離脱が現実となれば、米国の貿易金額のうちFTA締結国との貿易の割合は10%まで低下する可能性がある一方、日本は二つの自由貿易協定の実現でその比率が33%まで高まる見通し。当社のGTAPモデル※6による試算では、米国抜きのTPPでもASEAN諸国へのメリットは大きく、自由貿易推進役としての日本への期待は高まっている。

2.2018年の展望

① 2018年の世界経済:成長続くがリスク要素も多い

2018年の世界経済のメインシナリオは、グレート・モデレーションの継続だ。雇用・所得環境の改善による内需拡大の動きが世界的に広がっている。米国の減税実現も追い風となり、2018年の世界経済は前年並みの成長を維持できると予測する。もっとも、中国では過去の景気刺激策の効果が剥落、世界的な金融緩和も米国から徐々に鎮静に向かうなど、政策面からの景気押し上げ効果は次第に弱まる見込みだ。

加えて、成長持続シナリオを覆しかねない政治・地政学リスクは世界各地に潜む。欧州主要国での政権交代、朝鮮半島の有事、中東情勢の不安定化などが現実となれば、市場のリスク回避姿勢が一気に強まり、世界経済の成長率が下振れる可能性がある。

② 米国経済:減税実現で景気は堅調持続

難航が予想された税制改革法案が2017年内に成立したことで、懸念されていた企業や家計のマインド腰折れリスクは低下し、米国経済は2018年も堅調を持続する公算が高まった。今回の税制改革の目玉は、レーガン政権以来となる法人税率引下げだ。G7で最も高かった米国の法人実効税率は、英国に次ぐ低さとなる。これが設備投資につながるかは不透明だが、海外利益還流への減税もあり、自社株買いが株高を支えるとの声もある。所得税減税も含めた経済効果はGDPを+0.7%ポイント押し上げる見込み※7

③ 米国金融政策:次期FRB議長の手腕にかかる正常化

2018年の米国経済のもう一つの注目点は、金融政策の正常化だ。2月就任予定のパウエル次期FRB議長の手腕が試される年となる。

FRBは二つの政策手段(資産買い入れと金利)を使い分けるだろう。資産規模は、順調に進めば今後3年間で4.4兆ドルから3.1兆ドルまで機械的に圧縮される一方、利上げペースは、経済・物価状況を踏まえて柔軟に決定される模様。2018年のコアインフレ率は+1.8%と2%近い上昇率を見込むが、家計の期待インフレ率が物価上昇の重石となっており、2018年は半年に0.25%ずつの緩やかな利上げを見込む。

④ 世界のインフレ:プラス/マイナス要因の綱引き続く

2018年は、日本・米国・ユーロ圏のGDPギャップが11年ぶりに揃ってプラスに転じる見通しだが、各々の物価見通し※8には差がある。米国は2%近い物価上昇率が見込まれる一方で、ユーロ圏+1.3%、日本+0.7%と、いずれも2%目標を下回る見込み。

低インフレの背景はさまざまだ。ユーロ圏は、自然失業率※9を上回る高失業が続く一方、日本では、労働需給逼迫にもかかわらず賃金上昇のピッチは相変わらず鈍い。米国も含めて構造的な期待インフレ率の低下も指摘されており※10、2018年の各国金融政策をみる上でのポイントとなろう。

⑤ 国際金融:米金融政策正常化の影響が新興国に波及するか

米国が金融政策の正常化を進める中、新興国市場からの資金流出を招くリスクにも目配りが必要だ。2013年のバーナンキショック※11の再来はあるのだろうか。

結論として、2018年に新興国で広域的な通貨危機が発生する可能性は小さいとみる。米国の利上げペースが緩やかにとどまる可能性が高いことに加え、新興国サイドでも、アジア新興国を中心に国際競争力が向上し、経済の基礎体力が強化されている。また、チェンマイ・イニシアティブなど資金流出に対するセーフティネット整備も進んだ。ただし、トルコ、ロシアなど経済が脆弱、かつドル建て債務比率の高い国から、選別的に資金が流出する可能性には注意が必要だ。

⑥ 中国経済:強化された習体制下での中国経済は

中国では、共産党大会で経済活動への党の関与強化が打ち出されたことで、構造調整による経済急減速のリスクは短期的には低下した。2018年は、景気刺激策の効果剥落により減速は避けられないが、6%台半ば程度の堅調な成長を維持する見込み。特に、先端技術分野での中国の躍進は目覚しい。先進国の独壇場であった高付加価値品市場でも中国が競争力を高めているほか、社会インフラ整備の遅れを逆手に取り、AIや自動運転など先端技術の社会実装を一段と進める見込みである。

一方、過剰債務問題は依然として中国経済のアキレス腱だ。3千兆円を超えるとみられる中国の総債務は、党の統制の下で時間をかけて調整される公算が高まったにすぎず、危機を回避しソフトランディングできるか、習政権の手腕が問われる。

⑦ 欧州経済:行方定まらぬEU統合、各国政治

欧州経済は緩やかな回復持続を予測するが、各国政権与党の政治基盤の弱体化が最大のリスク要素。EUの要であるドイツでは、メルケル首相の求心力が低下、2018年前半に再選挙の可能性もくすぶる。5月までに総選挙が予定されるイタリアでは、いずれの政党も過半数に届かず連立協議が難航する可能性が高い。各国とも国内の政治基盤回復を優先せざるを得ず、EU統合への動きは停滞が濃厚だ。2018年10月末に事実上の交渉期限を迎える英国のEU離脱交渉は、離脱条件では合意に至ったが、今後始まる貿易関係交渉の展開次第では、経済が混乱する恐れもある。

⑧ 日本経済:成長力を自律的に高められるか

日本経済は景気回復6年目に入る。日本銀行の「地域経済報告(さくらレポート)」によれば、全国9地域のうち3地域が回復、6地域が拡大となり、景気回復が地方にも浸透している。2018暦年の実質GDP成長率は+1.2%と内需を中心に成長持続を見込んでおり、年末まで景気回復が持続すれば戦後最長の拡張局面となる。

アベノミクス初期に非正規中心であった雇用回復は、2016年頃から正規雇用に波及してきた。前向きに回り始めている経済の好循環を、より自律的なものとするためには、賃金上昇の加速から消費拡大へとつなげられるかが成否を握る。

⑨ 日本経済:新市場開拓へ企業の前向きな動きが広がるか

持続的な賃金上昇の実現には、企業の生産性向上が欠かせない。既存市場での業務改善には限界があり、成長市場開拓への挑戦が重要だが、日本政策投資銀行の調査によると※12、「成長市場の開拓に取り組んでいる」企業は全体の34%にとどまる。

もっとも、市場開拓に前向きな企業では、第4次産業革命への取り組みを加速させている。2018年は、こうした3割の前向きな動きが、残りの7割に広がりをみせることが期待される。

⑩ イノベーションによる未来共創で豊かな社会を実現

真のイノベーションは社会を豊かにする。例えば、自動走行するEVのシェアリングが普及すれば、誰もが環境にやさしく安全に移動できる社会が実現する。運転が難しい高齢者でも自由に移動が可能になる。運転時間の代わりに生まれる自由時間は、新たな付加価値と豊かさを生むであろう。

新年は明治維新から150年の節目の年。日本がイノベーションによる未来共創に向けて、新たな時代を切り拓く大きな一歩を踏み出す年となることを期待したい。

※ 1:IMF「World Economic Outlook Database, October 2017」。

※ 2:米国連邦準備制度理事会。

※ 3:Apple、Google、Facebook、Amazonの頭文字をとった略称。

※ 4:リーマンショックなど大型の景気後退局面で職を失った労働者が、その間のスキル蓄積機会の逸失などにより、景気が回復したとしても、職に就けない、あるいは就けたとしても低賃金の職業でしか就労できないといった負の効果を継続すること。

※ 5:Angus Maddison「Historical Statistics of the World Economy」、IMF「World Economic Outlook Database,October 2017」(2016年のみ)より三菱総合研究所計算。

※ 6:応用一般均衡モデルと呼ばれ、中長期的な経済の均衡状態を求めるモデル。関税率の変化によって生じる経済構造調整(資本や労働の再配置など)を終えた状態とそれ以前の状態を比較して効果を算出。

※ 7:Tax Policy Center「Macroeconomic Analysis of the Tax Cuts and Jobs Act as Passed by the Senate」December 11, 2017による推計。2018会計年度(2018.10-2019.09)への影響。

※ 8:いずれも食品・エネルギーを除くコアインフレ率。

※ 9:景気や物価の動向にかかわらず、産業構造の変化や疾病などを理由として、好況期でも一定数存在する失業者の割合。

※10:期待インフレ率低下の要因として、①原油安などによる一時的影響のほか、②デジタル化やシェアエコノミーの進展、③グローバル化による競争激化などの構造的要因が指摘されている。

※11:2013年に当時のバーナンキFRB議長が、量的緩和の縮小を示唆した際に、世界の金融市場が動揺した。

※12:日本政策投資銀行「企業行動に関する意識調査」2017年6月調査。