マンスリーレビュー

2018年3月号特集防災・リスクマネジメント

忘れる前にやって来る 巨大災害に万全の備えを

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2018.3.1
防災・リスクマネジメント

POINT

  • 次の巨大災害は必ず発生する前提で打てる対策は速やかに実施すべき。
  • 産学官民の連携、民間の自助対策がレジリエントな社会をもたらす。
  • オープンイノベーションによる災害リスク対策を日本の成長エンジンに。

1.不都合な真実─迫る巨大災害リスク

2035年頃までに、もしかしてではなく必ず、次の巨大地震が発生すると言われる。政府が想定する南海トラフ巨大地震の被害額は220兆円、首都直下地震は103兆円と試算されている。東日本大震災での被害額17兆円(推計、ストック被害のみ)との単純比較でも、そのインパクトは文字どおり桁違いである(表)。このクラスの災害が発生すれば、被災地の市民生活や企業の生産活動はもとより、わが国の産業全体にも甚大なダメージが長期にわたって続く可能性が高い。分断されたサプライチェーンが海外に置き換えられてしまい、被災以前の地位を長く失いかねないことは、過去に経験済みである。

もともと地震・噴火・洪水など自然災害リスクが高く、かつその頻度・激しさも増すわが国にとって、災害リスク対策は最も優先度の高いテーマと考えるべきである。災害に見舞われてから対策に追われ、喉元を過ぎれば熱さを忘れることの繰り返しは避けねばならない。忘れぬうちに計画を立て、備えを強化することが肝心だ。

私たちは東日本大震災を体験し多くを学んだ。「想定外」は起こるという認識で「想像を絶する」最大クラスの災害まで想いを巡らすこと。災害・被害の発生を完全に防ぐことは不可能である以上、被害の拡大を少しでも抑える「減災」の発想が大切なこと。発生した被害に対する「回復力」が全体の損失額を大きく左右すること。

政府は、これらの教訓を踏まえ、国土政策や産業政策を含めた「国土強靱化(ナショナル・レジリエンス)」を強く推進するとともに、次の巨大災害、南海トラフ巨大地震や首都直下地震などを対象とした被害想定を綿密に行い、減災目標を含めた各種対策を講じつつある。ハードウエアとしての国土だけでなく、ソフトウエアを含む社会・経済全体のレジリエンス、耐久力と回復力の抜本的強化を進めることで、災害多発国であると同時に課題解決先進国であるわが国にふさわしい先進事例を世界に示したいものである。

2.レジリエントな社会に必要な「四つの力」

レジリエントな社会が備えるべき要件として、四つの力(予測力、予防力、回復力、向上力)に注目したい(図)。

①予測力

現有の知見や技術を最大限に活用し、災害が発生する時期や発生規模を可能な限り精緻に予測する。災害の原因となる自然現象だけではなく、社会の対応や、最終的にもたらされる被害や影響までの一連のシナリオを予測の対象としたい。なお、私たちは経験していないことの予測が苦手である。進化し続ける災害を先回りするためには想像力も必要だ。

②予防力

被害の発生を防止するとともに、発生する被害を少しでも減らすために打てる手を打つ。財源制約を考えると、災害対策に特化した重厚なハード整備やシステムの多重化・複線化などへの投資を行うことは難しい。都市やインフラが老朽化するなか、これらの維持管理や機能向上により平常時から予防力を高めておくことは重要な視点である。

③回復力

災害発生後の被害拡大を阻止して早期の復旧・復興を実現する。予測・予防力の限界を踏まえれば被災を前提とした回復力の強化が重要となる。組織単位や地域単位では回復力が発揮できない場合もある。組織間や地域間での相互補完による備えも必要だ。

④向上力

災害リスク対策は継続こそが力である。将来に向けてさらなる向上を図る意志と持続力が求められる。また、災害発生後の対応では、復旧や復興において災害前よりも強い社会を目指す「Build Back Better」の考え方を基本としたい。復興は単なるインフラや都市機能の回復ではなく、地域の新たな未来の創造である。「Build BackBetter」の考え方の一環として、地域のレジリエンス強化と地域・地方創生は、相互に連携し相乗作用を求めて立案・実現されるのが望ましい。
[表]想定される巨大地震とインパクト
[図]レジリエントな社会に必要な「四つの力」

3.必要な産学官民の協調・協働

これまで、災害対策といえば公共事業という位置づけでみられることが多かった。確かに地震観測網や河川堤防、予警報システムなど、予測や予防に関わる大規模なインフラ整備は国や自治体に頼らざるを得ないところが多い。しかしながら、ソフトウエアを含む社会・経済全体のレジリエンスを高めるには、官主導の対策だけでは不十分である。企業や市民を含む産学官民それぞれが「自助」に努める一方、相互の協調・協働を進め、「共助」・「公助」を充実することが不可欠である。

企業にとって災害対策は、災害時の損失軽減のために有効である反面、平常時の業績には寄与しない。投資よりはコストとして認識されがちである。それには、日常の業務・事務の改善のための施策や投資に防災・減災の価値を上乗せする「プラス防災」の発想を採り入れるのが有効であろう。例えば、働き方改革の一環としてテレワークを導入する際、災害時の事業継続の要素も織り込んで設計すれば一石二鳥の効果を得られる可能性がある。建物の耐震化、システムバックアップなどの災害対策も、既存設備の更新と組み合わせ、最新技術を活用することで、トータルコストの節約を図ることができる。

ユニークな事例として、大手コンビニチェーンでは、簡易な気象センサーを全国の店舗に設置し気象データを収集する仕組みを検討中である。収集されたデータは、日々の商品投入の参考になるほか、大雪時などの配送計画・サプライチェーン管理にも活かすことができる。さらに、気象観測網の一部として公共の防災力向上に貢献する。自社ビジネスと同時に、社会貢献をも果たす点が注目に値する。

企業の災害対策への積極的な取り組みを後押しする環境整備にも工夫の余地がある。第三者の目で災害対策や事業継続への取り組み状況を評価することにより、個別企業の努力を促し、全体のレベルアップを図るBCP(事業継続計画)認証やレジリエンス認証が、国内外で始まっているのはその一例だ。国連が提唱する責任投資原則に基づくESG(環境、社会、ガバナンス)投資と同様に、災害リスク配慮型投資の枠組みの普及を目指す動きも出てきている。災害対策が企業にとっての重要な価値基準に取り込まれることが、社会全体のレジリエンス強化に結びつく。

4.地道な努力、さまざまなアイデアの積み重ね

災害時にはさまざまな「想定外」も起き得るが、電力や通信手段の確保困難、拠点の被災、意思決定の混乱など、災害のたびに繰り返される「想定内」の課題も多い。災害対策ではそのような課題を一つずつ潰していく地道な努力こそが重要だ。企業においては、災害時に事業・業務を継続するための業務資源(人・モノ・カネ・情報)が実際に確保できるのか、災害時の行動を定めた危機管理マニュアルやBCPが実際に機能するのか、経営者から従業員までが災害時の基本方針や行動を理解しているのか、再点検が必要だ。訓練による検証は有効だが、ありきたりな防災訓練ではなく、全社を挙げての徒歩帰宅訓練や、オフィスの被災や情報システムの停止を想定した業務継続訓練など、実践的な訓練も取り入れたい。市民も災害時の自らの安全と生活機能およびQOL確保のための対策を、特別なコストをかけず身近なところから進めておきたい。今後、SNSなどの通信系ネットワークは災害時にも安否確認や情報共有の強力なツールになるだろうし、電気自動車のバッテリーを含めた家庭用蓄電池は災害時の分散型非常用電源として活躍するだろう。産業界や企業は、技術や製品の開発、サービス提供により社会全体の予防力や回復力の向上を後押ししたい。

5.大胆な発想の転換─オープンイノベーションの活用も

さらに、最近の情報通信技術、デジタル・ロボット技術の急速な発展は、産学官民の連携や共創を通じて、災害対策にも各面で大きく寄与することが期待される。例えば災害時の情報連携では、災害対応に資する官民所有情報を効果的に共有する枠組みとして「災害情報ハブ」の検討が始まっている。これまでの災害で本来共有すべき官民各機関の情報がうまく共有されてこなかったことを受けて、最新ICTの活用とルールづくりにより課題解決を図ろうとするものである。防災分野の科学技術活用に関する官民共創の取り組みとしては、内閣府が主導するSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)、ImPACT(革新的研究開発推進プログラム)などがある。2018年度よりPRISM(官民研究開発投資拡大プログラム)も開始される。また、日本防災プラットフォームや気象災害軽減コンソーシアムのように、産学官民のネットワークハブを形成して、国内外までを含めたニーズ・シーズマッチングによって防災ビジネスを創出する動きも始まっている。災害リスクマネジメントや危機管理の人材育成について、国や自治体の職員を対象とした防災リーダーの育成事業などが行われているが、官民を問わずオールジャパン体制で人材育成を行う仕組みも考えられる。

当社が提唱する「イノベーションによる社会課題解決」(本誌2018年2月号)の発想、特に自由で小回りの利くスタートアップを活用するオープンイノベーションも大いに活用したい。これまでの常識の延長線ではなく、画期的・飛躍的な防災・安全強化のアイデアを求め、一見不可能に見えるチャレンジングな目標・課題を設定し、スタートアップなどからアイデアを募ってみてはどうか。例えば、2035年までに、「地震予測を可能にする」「瞬時に都市全体の被害を把握する」「津波逃げ遅れの死者をゼロにする」「災害時も電力供給を途絶えさせない」「救助や物資搬送を無人化する」などが考えられる。奇想天外なアイデアが起点となって、産学官民が連携し大規模な研究開発投資や制度改革の議論に進む仕掛け=エコシステムが生まれないものか。

防災・減災のための課題解決が、平時の社会の仕組みの合理化や科学技術の進展や社会制度の改革、ビジネスの創出につながる。大きな構想と技術で巨大災害と向き合うこと、飽くなき挑戦を続けることで日本の成長は加速する。災害リスクとの共生こそが、災害多発国・課題解決先進国である日本の競争力の源泉となる。