マンスリーレビュー

2018年7月号特集経済・社会・技術海外戦略・事業

内外経済の中長期展望(2018-2030年度)

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2018.7.1
経済・社会・技術

POINT

  • 世界の多極化、国内での経済格差、現実社会とサイバー社会の融合が潮流。
  • 2030年までに米中のGDPは逆転し、世界経済の重心は大きくアジアへ。
  • 日本は「挑戦と変革がゆたかさを育む社会」に向けて、五つの改革が待ったなし。

1.総論:世界経済の底流となる五つのトレンド

リーマンショックを境に中国経済の台頭が顕著になるなか、自由市場・民主主義を共通の理念とする国際秩序は転換点にある。中国やその他の新興国経済の成長・拡大により世界の多極化が進むとともに、中国を代表格とする統制色の強い国家資本主義国※1が世界のGDPでのシェアを高めている。

先進国・新興国それぞれの国内に目を移してみると、欧米では、分配機能の低下や企業のサプライチェーンのグローバル化などを背景に、国内での経済格差拡大や社会的な分断が顕在化し、ポピュリズムや保護主義の傾向が強まっている。中国やその他の新興国では、経済・生活水準が上昇する一方で、環境問題などの社会課題が深刻度を増すとともに、高齢化も本格的に進行する。

世界の政治・経済の不透明感が強まるなかで、希望はイノベーションによる社会課題の解決となる。新しい技術の社会実装が進展することは、先進国・新興国がともに、よりゆたかな世界を実現するための原動力となるだろう。

これらを念頭に、2030年までの世界経済を方向づける五つのトレンドを挙げる。

(1) 多極化の進展と国家資本主義の広がり

世界経済は、米国と欧州を中心とした二極構造から、中国やその他の新興国が存在感を増す多極構造へと変貌しつつある。2030年にかけても、中国に続いてインド、ASEAN諸国などが世界GDPに占めるシェアを高め、多極化の流れは続くであろう。こうしたなか、国家資本主義国の世界GDPシェアは2030年には3割近くまで拡大、自由経済のなかでも米トランプ政権が独自の経済外交を進めるなど、多国間ルールに基づく自由貿易の枠組みが後退するリスクが懸念される。

(2) アジアへの経済重心のシフト

アジア経済の躍進は続く。世界GDPに占めるアジア全体のGDPシェアは2000年の2割強から2030年には4割近くに上昇する見込み。なかでも中国は、2030年までに米国のGDPを抜き、世界第1位の経済規模となる可能性が高い。他のアジア諸国も、経常赤字と財政赤字、民間債務増大などのリスクを抱えつつも、技術力向上など一人当たりGDPの成長余地は大きく、全体でみれば2030年にかけて世界平均を上回る成長率を維持できるだろう。

(3) 世界で拡大する国内の経済格差

先進国と新興国の経済格差が縮まり、政治・外交面でも多極化の様相が強まる一方、各国内の貧富・階層の格差は先進国、新興国双方で広がっている。その背景には、企業の高収益と賃金上昇のアンバランスに加え、教育格差の固定化や若年層の失業率上昇などがあり、これが先進国、新興国の双方で社会の分断を引き起こしつつある。AI・IoTなどデジタル関連事業の隆盛による利益の一極集中傾向とも相まって、国内の経済格差は今後さらに拡大すると予測する。

(4) シェアリングの加速による循環型社会の実現

グローバリゼーションの波とは対照的に、一つの経済圏の中で完結する循環型社会に向かう要素もある。例えば、①地産地消の進展、②シェアリングによるモノの必要量の減少、③資源リサイクルの拡大などが、2030年に向けての潮流となることが予想される。エネルギー資源や金属鉱物など地理的な偏在がある天然資源を除けば、地域経済圏の範囲内でリサイクルも含めたサプライチェーンが完結する方向性が強まろう。

(5) デジタル技術の浸透による現実社会とサイバー社会の融合

IoTの本格的な実装が進み、2030年には身の回りでインターネットにつながるデバイス数が世界で500億個に増加する見込み。今まで電子化されていなかったさまざまな情報が加速的にサイバー空間に格納され、物質的な社会との間で交換される情報量は格段に増加する。その結果、現実社会とサイバー社会の融合が加速、AIが人間を補助・代替することで、日々の仕事や暮らしがより便利な姿に変貌するとともに、ウェルネスやエネルギー分野などで多くの社会課題解決への道も開けるだろう。また、サイバー空間内で完結するビジネスの増加も期待される。こうしたなか、サイバー社会は単なる情報交換のコミュニティにとどまらず、国境を越え、現実社会と混然一体となってさまざまな活動が営まれる社会へと進化すると予想される。

2.海外経済:2030年までに米中GDP逆転の可能性

米国経済

旺盛なイノベーションと新ビジネスが経済活力の下支えとなる一方で、労働市場における質のミスマッチと国内経済格差の深刻化が重石となり、米国の成長率は2020年の2%近傍から2030年にかけて1%台後半へ低下する見通し。リスクとしては、デジタル分野での中国やインドの台頭に伴う米国の地位の相対的低下、拡張的財政政策や社会保障費の増加を背景とする政府債務の拡大が挙げられる。

欧州経済

慎重な企業行動と若年層の労働・雇用問題が下押し要因となる一方、北欧諸国などのイノベーションや先端技術の展開による生産性上昇が下支えとなり、2020年までは1%台後半の成長を予想する。その後は生産年齢人口の減少が一段と強まることで、2030年にかけて0%台後半の成長率まで低下する見通し。リスク要素として、反EU勢力の台頭によるEU統合の後退のほか、難民の労働参加の遅れも注目される。

中国経済

生産年齢人口の減少や旧来産業の成長鈍化などを背景に、経済成長は2020年の6%台半ばから2030年にかけて4%近傍まで緩やかに減速すると予想。ただし、GDP規模では米国を上回り世界一の経済大国となるであろう。質の面でも、イノベーション力の上昇が注目される。政府主導による産業競争力の強化やエコシステムの創造が続き、デジタルなど先端技術分野でも世界トップクラスとして存在感を高めるだろう。リスクは、①過剰設備問題、②不良債権問題の顕現化に伴う民間債務の急激な収縮、③社会保障制度改革の遅れ、の3点と考えられる。

ASEAN経済

労働力人口の伸びは緩やかに減速する反面、生産性の上昇は続くため潜在成長率は2030年にかけて4%台を維持すると予測する。ただし、高齢化の進展や経常赤字に伴う金融面の不安定化などによって、一部の国がいわゆる中進国のわなに陥り、成長が減速・頭打ちとなるリスクには警戒が必要だ。

インド経済

2030年にかけて若い人口の増加が続くことなどを背景に、潜在成長率は2030年にかけて6%近傍を維持すると予測する。ただし、慢性的な経常赤字、教育格差と経済格差、投資環境整備の遅れといったリスクが存在する。
[表]主要国・地域の実質GDP成長率

3.日本経済:潜在成長率は2030年に自然体で0%程度まで低下

人口減少や高齢化、社会保障や財政問題などに直面するなか、日本経済の潜在成長率は、自然体では2030年にかけて0%程度まで低下する見通し。

三菱総合研究所は、今後の日本のあるべき姿として、「挑戦と変革がゆたかさを育む社会」を目指し、より明るい社会を共創することを提案したい。「ゆたかさ」とは、経済的な豊かさのみならず、人との関わり、働きがい、健康など、総合的な暮らしの満足度を示す。これを実現するためのポイントは以下の5点だ。

Point1:イノベーションで社会を変革する

「ゆたかさを育む社会」の実現には、新技術を起点とするイノベーションで社会課題を解決する視点が欠かせない。日常の課題解決や生活の質向上につながるイノベーションへの国民の期待は高い。消費者5,000人に対し当社が実施した「未来のわくわくアンケート※2」によると、ウェルネスやモビリティなど社会課題解決につながる商品・サービスを中心に、消費者向けの「潜在」市場規模は年間50兆円にのぼる(2030年の家計消費支出の約15%に相当)。これを実現するために必要になる投資は、2030年までの累計で200兆円程度と見込まれる※3。ただし、イノベーションが起きるためには、新事業開拓に向けた企業の挑戦に加え、デジタル技術の社会実装を加速するための規制改革、データ流通を促進するためのルール整備など、制度面での変革も欠かせない要素とみるべきである。

Point2:拡大するグローバル需要を取り込む

企業がグローバル視点で生産・開発拠点を現地化し、ニーズ起点でのバリューチェーンを構築する流れは2030年にかけて一段と加速しよう。この流れは日本の経常収支の構造にも大きな変化をもたらす。現地化によって財輸出が減少する一方、投資収益やサービス受取は拡大が見込まれる。世界の直接投資市場規模は、アジアを中心に1.6兆ドル(2014-16年平均)から2030年にかけて3.4兆ドルまで拡大すると見込む※4。日本にとっては配当などの投資収益のほか、海外現地法人からの知的財産権収入などサービス受取増加が期待される。こうした多面的な事業展開を実現するためには、①保護主義の流れにくみせず、自由で公正なルールに基づく経済秩序づくりで世界をリードすること、②コアとなるプロダクト(財)の競争力向上に加え、上流部分(高付加価値素材・部材)から下流部分(IoT技術を駆使したオペレーション)まで一体的に付加価値を高めていくこと、が重要になる。

Point3:「学び」「行動する」人材を育てる

今後、日本の仕事を巡る環境は激変する。2020年代前半までは少子高齢化による人材不足の深刻化が続くが、2020年代半ば以降はデジタル技術の普及による省力化・無人化によって人材余剰へと転換する。同時に、技術革新を担う専門職人材が170万人規模で不足するなど、人材のミスマッチが顕在化する。このミスマッチを解消するためには、個人が能動的に「学び」、「行動」することが必要であり、それには、①個人の意識変革、②職業情報の見える化、③適切な学び直しと職種転換支援、④創造的なビジネスや業務に挑戦する人材の発掘・育成が欠かせない。

Point4:持続可能な地域経済を構築する

デジタル技術の発達で、住む場所、働く場所、消費する場所が自由に選べる時代へと近づくだろう。東京一極集中から、生活環境・自然環境の豊かさ、文化・歴史の深さなどの魅力を持つ地域へと人の流れが変わる可能性もある。地域へ移り住む人材と地元人材との化学反応で、新しいビジネスが生まれるチャンスも広がる。「地域みがき」を起点に、人材力×起業力×地域力の掛け算で地域発のイノベーションを起こし、社会課題解決と地域経済の活性化、グローバル需要の取り込みにつなげたい。

Point5:人生100年時代に適した社会保障制度へ変革する

日本の社会保障は、超高齢社会で制度疲労が顕現化している。人生100年時代を見据え、過剰なサービスの抑制や自助の範囲拡大に向けた制度改革は急務である。また、新技術の活用により、高齢者が自立して暮らせる社会を実現できれば、地域社会でより多くの高齢者が社会参加を続け、健康寿命も延伸する。①制度改革、②新技術の活用、③地域での支えあいの三つを組み合わせることで、生活の質(Quality of Life)向上と社会保障制度の持続は両立可能となる。


上記の五つの改革が実現した場合、2030年の成長率は、自然体での0%程度から1%程度の引き上げが可能となる。挑戦と変革により社会課題を解決してゆけば、「ゆたかさを育む社会」を実現できるであろう。それにより、世界において日本が一定のプレゼンスを維持できると同時に、一人当たりGDPは約70万円増加する。成長の果実を「未来への投資」と「財政健全化」に振り分ける余力が生まれ、持続的な経済社会を実現できるであろう。

※1:一般的に国家資本主義国に関する明確な定義はないが、本稿では人口に占める国有企業従業員比率が世界平均を超える国を国家資本主義の傾向を持つ国として定義した。この定義に従えば、ロシア、中国、ベトナムなどの(旧)社会主義国などが国家資本主義国となる。

※2:三菱総合研究所「生活者市場予測システム (mif) 」のアンケートパネル3万人の中から5,000人を対象に、2018年4月に実施した。2030年頃に実現するであろう50個の未来の商品・サービスに対する利用希望率と支払意思額を調査。

※3:ウェルネス、モビリティ、環境・エネルギー、デジタル技術活用の4分野における2030年までの毎年の投資額を合計。

※4:実績はUNCTAD。2030年の予測値は、GDP×直接投資比率で計算。GDPの予測は三菱総合研究所、直接投資比率は、各国 のGDPに対する直接投資受入額の比率が、1980年以降のトレンドで緩やかに上昇すると仮定。