マンスリーレビュー

2020年6月号トピックス5スマートシティ・モビリティ

巨大なインフラ「診断」市場を制するためには

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2020.6.1

次世代インフラ事業本部宮﨑 文平

スマートシティ・モビリティ

POINT

  • 膨大なインフラ点検の負担軽減へ、技術開発が積極的に推進されている。
  • 多くの技術が「状態の把握」のみを目的としており、「診断」の観点が不足。
  • 「診断」市場の発展には、技術者のエンジニアリングの知見を利活用すべき。
高度経済成長期に整備された膨大な社会インフラの老朽化が進んでいる。国内のインフラ維持管理の市場規模は約5兆円※1と推定されており、今後も拡大が見込まれている。近年、この巨大な市場を狙って、IoT、AI、ロボットなどの技術を有する電機メーカーやTechベンチャーなどの新規参入が相次ぐ。その背景には、2019年2月国土交通省が橋やトンネルの「定期点検要領」を改定し、従来管理者の負担となっていた近接目視を代替する新技術の利用を認めたことがある。

各企業が熱心に取り組んでいるのは、4K・8Kなどの高精細画像の撮影、3次元点群データ、AIによる自動損傷抽出など、インフラの表面的な形状を詳細に計測し、その「状態を把握」する技術だ。しかし、状態を把握するだけでは、次のアクションにつなげることはできない。従来のインフラ管理者は、状態の把握をした後、非破壊検査やモニタリング技術により内部構造や作用荷重、応答などを測定し、そこに過去の業務を通して培ったエンジニアリングの知見も加えた高度な「診断」を行うことで、適切な「措置」につなげてきた(図)。一方、熟練技術者が不足している自治体では、正確な診断を実施し、定期点検の質を維持することが困難になってきている。

必要とされるのは、構造物の診断を支援する技術だ。例えば、NTTドコモが京都大学と開発を進めている技術は、AIによる画像解析により橋全体のたわみを解析し、劣化推定までを行う。まだ実証段階の技術だが、こうした単なる状態の把握を超えた技術が近いうちに市場へ投入される見込みである。2024年度から始まる定期点検の3巡目※2に向けて、国による診断支援技術の制度検討も進んでいる。

診断を支援する技術開発には、土木技術者によるエンジニアリングの知見が不可欠だ。しかし、新規参入企業がその知見を短期間で習得することは難しい。メンテナンス分野の中心で活躍してきた建設関連企業や先進的な維持管理に意欲的な自治体を巻き込み、技術者の知見をいかに形式知化し開発を進めていけるかが、拡大するインフラ診断市場を制する鍵になるだろう。

※1:「国土交通省所管分野における社会資本の将来の維持管理・更新費の推計」(2018年度)。

※2:2012年の笹子トンネルの天井板崩落事故を契機として、5年に1回、近接目視を基本とする定期点検が義務付けられた。2014年7月から開始された定期点検の1巡目は2018年度に終了し、2019年度から2巡目に突入している。

[図]メンテナンスサイクルと診断の重要性