マンスリーレビュー

2021年5月号特集1経済・社会・技術

大阪・関西万博がもたらす社会と産業

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2021.5.1

万博推進室高橋 朋幸

魚路 学

経済・社会・技術

POINT

  • 大阪・関西万博は世界がコロナ禍から本格復興する途上で開催される。
  • 新常態での生活スタイル激変が産業投資の在り方も大転換させる。
  • リアルとバーチャルの融合で新産業創出のプラットフォームを構築。

1.未来社会をデザインする好機

1970年の日本万国博覧会(大阪万博)のテーマは、「人類の進歩と調和」であった。会場跡地の万博記念公園には今も「太陽の塔」が立ち、50年前のテーマが実現されたかを問いかけている。

2021年秋に開催されるドバイ国際博覧会(ドバイ万博)のテーマは、「Connecting Minds, Creating the Future(心をつなぎ、未来を創る)」である。その成果はシルクロードを経て、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」へとつながる。

世界中にまん延した新型コロナウイルス感染症は、「いのち」の大切さを改めて痛感させた。パンデミックは外出自粛やリモートワーク浸透などを通じて、デジタル化の流れを加速させ、コミュニケーションの在り方も問い直した。

大阪・関西万博は、世界がコロナ禍から復興し新常態への移行が進む途上で開催される。社会や生活の激変を受け、バーチャルとリアルとの融合を通じた新産業振興の幕が開く予感もある。2020年12月公表の「基本計画」も踏まえ、その果たすべき役割を考察する。

2.万博の変遷

(1) 国威発揚から共創の場へ

1851年にロンドンで開かれた第1回万博は、大英帝国の工業力を誇示する場であり、当時としては非常に珍しい総ガラス張りの会場は参加者の度肝を抜いた。その後、帝国主義時代や両大戦期が過ぎ交通網も世界的に発達するにつれ、万博の役割も変わっていく(図1)。

1970年の大阪万博は平和の象徴、そして交流の場としてのイメージが前面に押し出された。「三菱未来館」では、当時から50年後の2020年に「壁掛けテレビや電子頭脳の普及」が起こると予想するなど、科学技術がもたらす未来社会のイメージを提示する役割も果たした。

環境問題の高まりを背景に、1994年の博覧会国際事務局(BIE)総会で、万博は人類社会の課題解決の場であると決議された。これを受け2000年のハノーバー国際博覧会(ハノーバー万博)は「人間・自然・技術」をテーマとした。2005年日本国際博覧会(愛知万博、愛・地球博)以降も、地球の持続可能性を探る流れが続いている。

そして、大阪・関西万博は共創の場となる。会場は大阪湾に面する夢洲(ゆめしま)という人工島。デジタル技術を最大限活用し、開幕前から世界中の「同志」を募る。開催中に示される多種多様な共創の成果は、リアルとバーチャル双方の来場者に驚きと、思いがけない出会いや体験、共感を提供する。

「地域と世界が交差する新しい万博」として、そうした共創の連鎖は地球規模で拡大する。万博をテコとするイノベーションは、閉幕後も恒久的に続く。大阪・関西万博は、時空を超えた官民共創による新しい地域・社会づくりのモデルとして活用されるのだ。
[図1]万博の位置づけの変遷

(2) 産業投資の大転換

日本が万博に初めて参加したのは、明治維新前年の1867年パリ万博だった。西洋文明に直接触れた使節団の面々は、産業振興などを通じて明治以降の日本の変貌を主導していく。

文明開化や殖産興業、戦後の高度経済成長からバブル崩壊を経て21世紀に至るまで、日本は経済の成長と豊かさを追求してきた。農村から移住した人々が生活と労働を行う場として都市が整備され、大量消費が豊かさの象徴とされてきた。

だが、経済的な豊かさを最優先してきたことは地球の持続可能性への懸念を増大させた。国連は2015年にSDGs(持続可能な開発目標)を提唱し、2030年までの達成を掲げる。コロナ禍による外出自粛やリモートワーク浸透は、人々に消費と居住の在り方への反省と再考を促す。

これに伴い、経済的な豊かさを追求する生活を大前提とした事業投資にも、大きな質的変化が訪れている。従来は収益への貢献度が不明だとして企業や投資家に戸惑いがみられたESG投資※1やインパクト投資(持続性確保のための投資)が、カーボンニュートラル※2など環境意識の高まりもあって重視されるようになった。投資先の変容を通じ、新たな産業振興の時代が始まる。

(3) SDGsのさらに先を支えるきっかけに

その大きな節目が、大阪・関西万博が開かれる2025年である。「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマ自体、SDGsから深く啓発を受けている。万物に命が宿るという日本的な考えのもと、科学技術と共存して、さまざまな価値観を包み込む社会を追求する「SDGs達成+beyond」の意味合いが込められているのである。

その主役は、行政や大企業だけではない。官に依存せず、コストもリスクも少ないスモールスタートを持ち味とするスタートアップやNGOなどの活躍できる領域が広がる。社会に大変革をもたらすには、多様な主体が複合的(コレクティブ)に連携して新産業を創出する必要がある。

万博は、SDGsのさらに先を支える舞台として、自由なつながりの中で価値を生むコミュニティやエコシステムを構築し、「コレクティブインパクト」を創出するきっかけとしても、大きな役割が期待されている。

3.バーチャルが生み出す新産業

(1) リアルとバーチャルの融合

 大阪・関西万博の開催に必要な事業や方針を示す基本計画には、5つの特徴が示されている。
  1. 海と空を感じられる会場
  2. 世界中の「いのち輝く未来」が集う万博
  3. 未来の技術と社会システムが見える万博
  4. 本格的なエンターテインメントを楽しめる万博
  5. 快適、安全安心、持続可能性に取り組む万博

これらは、日本政府が提唱する未来社会コンセプトのSociety5.0※3を体現している。大阪・関西万博を通じたSociety5.0型の新産業創出が期待される。中でも注目すべきは、リアルとバーチャルの融合が生み出す新産業だ。会場の敷地が限られ開催時間も決まっている制約を、バーチャル万博とすることで緩和し、世界全体からの「来場者」に窓を開くことで、時間と空間を超越する※4

融合を加速させる上で重要なのは、リアル空間に存在する世界を、あたかも双子のように仮想空間に出現させる「デジタルツイン」の技術である。実現には、建造物やインフラなどのデジタルデータを大量に収集・分析する必要がある。IoTの技術革新がこれを可能にする。

大阪商工会議所は、異業種連合を組み、リアルとバーチャル空間との共通基盤「コモングラウンド」構築を進めている。デジタルツインの一種であり、大阪・関西万博でその実証が期待される。

リアルとバーチャルとの融合を新産業創出につなげる仕掛けとして、コモングラウンドに似たプラットフォームが必要になる。現実世界では失敗の代償が大きすぎ実行をためらうことでも、仮想空間にうり二つのかたちでコピーされたデジタルツインの中で試行・検証できれば、自信をもってリアル社会でも実施に移せるからである。こうした利点は、新たな産業を生み出す際には特に、うってつけであると言えよう。

21世紀後半には、世界の人口が100億人に到達し平均寿命も100歳に近づくと予想される。その「100億人・100歳時代」に人々の豊かさと地球の持続可能性を両立させるには、多様な新産業が求められる。そのために産業間の調整と変革を促すプラットフォームを構築し、スピード豊かに夢を現実へと変えていくことが欠かせない(図2)。
[図2]大阪・関西万博を契機とする新産業創出の構図

(2) 関西ならではの新産業

関西と関連の深い新産業分野を4つ挙げたい。「エンターテインメント」「モビリティ」「環境・エネルギー」、そして「食」。本号ではその一つひとつを取り上げ、次ページ以降に紹介する。

エンターテインメント:関西には歌舞伎、文楽、喜劇など演芸の伝統があり、提供コンテンツには事欠かない。デジタルツインの利点を生かし、80億人がバーチャルに「来場」しても対応可能なイベント開催を検討している(特集2)

モビリティ:大阪は江戸時代に商都として瀬戸内海を経由して日本中につながる水運を握っていた。各種センサーが収集したデータをデジタルツインに集約することで、無人運航船による物流関連の新産業創出や、仮想都市における道路データをリアルな交通網整備に活用することが検討されている(特集3)

環境・エネルギー:関西は水力発電の伝統が根強い。近年では水素利活用に向けた取り組みが官民で活発化しており、カーボンニュートラル実現への土壌ともなる。デジタルツイン上の仮想都市において、電力施設の状態をリアルタイムで確認できれば、現実社会での送配電網の再構築にも活用できる(特集4)

食:関西には発酵食品や京料理など、多彩なコンテンツがある。デジタル技術を活用して、一人ひとりの健康データに基づき、時空を超えて個人に合った「おいしさ」が提供される(特集5)

4.万博を通じた未来社会の実現に向けて

三菱総合研究所は、大阪万博が開かれた1970年に創業した。ビジネスによる社会課題の解決を掲げ、SDGs達成がそのまま新産業創出につながるような経済社会づくりを目指す。

2019年3月に立ち上げた「万博みらい研究会」は、つながりの中から価値を生むコミュニティとして、万博を契機とする共創イノベーションを推進している。豊かさと持続可能性の両立を求め、新たな産業振興に力を尽くしたい。

※1:環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)を考慮する投資。

※2:温室効果ガス排出を全体としてゼロにすること。日本政府は2050年の達成を目指すと表明している。

※3:狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に続き5番目に出現する。経済発展と社会課題解決が両立された人間中心の社会と定義されている。

※4:MRIマンスリーレビュー2019年3月号「80億人が未来を共創する『新しい万博』」

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