マンスリーレビュー

2022年2月号特集2経済・社会・技術

日本の価値観の変化と社会実装論

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2022.2.1

全社連携事業推進本部関根 秀真

経済・社会・技術

POINT

  • 過去の成功体験から脱却し新しい価値観による勝負の時である。
  • 社会貢献へのやりがいと他者との繋がりが未来へのキーワード。
  • ビジョンとインパクトを共有した「小さな社会実装」を積み上げよう。

『ジャパン・アズ・ナンバーワン』からの変容

1979年に発刊された『ジャパン・アズ・ナンバーワン』は、敗戦から再興した日本が国際社会に対して自信をもつ大きな契機となった。同書では、日本の成功は「日本独特の組織力、政策、計画によって意図的にもたらされたもの」と論じている。さらに、これらの優位性により、次の10年まで、その制度を変えることなく発展していける力を日本は有しているとした。

この予測は当たり、1990年代初頭のバブル崩壊まで日本は経済・産業的に「ナンバーワン」の国であった。しかし、その後日本は長いトンネルに入ったまま、「失われた30年」が過ぎた。同書が日本の優位性とした均一性、集団主義、中央指導型の社会の仕組みと、高度成長期から変容した価値観との間で不整合が生じているのだ。

電通総研と同志社大学により、2019年9月に日本でのアンケート調査が行われた第7回「世界価値観調査(WVS:World Values Survey)」では、価値観の観点から『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の時代と現代の日本との対比を興味深く見ることができる。

特に、余暇と安全を重視し国家の権威を嫌う傾向、職場以外の団体・組織に属している割合や親の介護に対する義務感の低さは、内向きで個人の心地よさを重視した現代社会の特徴を示している。過去の日本の成功体験であるトップダウンによる社会実装は、機能しにくい時代といえるのではないか。

鍵となる社会変革への環境整備

では、どうすべきか。当社が最も重要と考えるのは、新しい価値観に即した紐帯(ちゅうたい)※1のつくり方である。当社の生活者市場予測システム(mif)※2が2020年6月に3万人を対象に行った調査によって示された、年齢別のボランティア活動、起業活動の実施率は、こうした新しい価値観の潮流に通じるものである。調査結果によると、ボランティア活動は、男女とも20代で高い傾向にあり、50代まで年齢とともに低下傾向にある。

また、起業は男性の場合は50歳以上が多いのに対し、女性は20代前半で活発で、若いほど起業している割合が高い傾向にある。ボランティア活動、起業ともに、利用者からの直接的な反応や感謝が、自己有用感に関連していると想像される。

日本の若者は他国と比べ、「自分は役に立っている」と思っている人ほど自己肯定感が強い特徴がある※3。こうした若い世代の思い、すなわち自己有用感の充足と社会貢献への意欲が実現できる環境の整備がより良い社会の実現へと繋がる。

種子島発の未来への挑戦

社会実装へのアプローチの変革に向けた萌芽事例を紹介しよう。東京大学が産官学のさまざまなステークホルダーを巻き込んで取り組む、種子島の地域エネルギー実証プロジェクトである(図)。
[図] 種子島の社会課題と解決のためのアプローチ
[図] 種子島の社会課題と解決のためのアプローチ
出所:東京大学 菊池康紀氏
同プロジェクトの当初目的はさとうきび由来のバイオマス変換技術の実証事業であった。しかし、事業を進めるにあたり農作物の生産体制、高齢者対応など地域の社会課題に直面した。実証実験を進める前に、これらの社会課題に正面から向き合う重要性を感じた研究者は、地域の社会課題を解決しうる技術やノウハウを有する大学にアプローチし、研究者の誘致を推進した。

この結果、同プロジェクトには、島内の自治体や企業に加え延べ20超の大学が参加している。さらに、参加大学の研究者・学生と地元の中高生との新たな交流を通じて、島内の若い世代が地域の課題を自ら探索して解決のために動き、大人たちの意識を変えることで地域社会を動かす原動力となっている。これらの若者の中には、学校を卒業した後も立場を変えて同プロジェクトに関わる者がいる。

地域と大学が連携して形成した共領域に若者が参画するという、異なる立場の人々によるビジョン共有とアクションは、未来への大きなヒントとなる。

今後は、一人ひとりの個性を反映した豊かさを目指す時代となる。地域やコミュニティを起点とした「小さな社会実装」の積み重ねを大きな社会変革に繋げることが重要となる。

人と人が直接繋がる関係において、ビジョンとインパクトを共有し社会の仕組みを変えるのだ。ここで必要なものが、特集1でも述べた「共領域」なのである。

※1:特集1「『共領域』なくしてイノベーションは結実しない」参照。

※2:生活者市場予測システム https://mif.mri.co.jp/

※3:内閣府「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」(2018年度)。