マンスリーレビュー

2022年2月号特集3経済・社会・技術

社会実装の加速には真の多様性を

同じ月のマンスリーレビュー

タグから探す

2022.2.1

未来共創本部須﨑 彩斗

経済・社会・技術

POINT

  • 社会実装には多様な主体が取り組むコレクティブインパクトが有効。
  • 参加者属性の多様性だけでなく、個人の経験やスキルの幅広さも重要。
  • カーボンニュートラルの実現でも広く消費者の行動変容まで想定すべき。

社会実装にはコレクティブインパクトが有効

社会課題が複合化・複雑化する中、大きなインパクトをもたらすためには、単体のプロジェクトではなく、さまざまな関係者がその解決に向けて取り組むことがもはや不可欠と思える。

例えば、革新的技術が評価されパーソナルモビリティの革命と期待されたセグウェイ※1は、2020年に生産終了となった。各国制度との関係や、技術ライセンスなど、「共創」による社会実装が不十分であったことが大きな要因ではないか。

このように、1つの方向を目指した複合的な取り組みにより社会課題を解決するという考え方は「コレクティブインパクト」と呼ばれている。「異なるセクターから集まった重要なプレーヤーたちのグループが、特定の社会課題の解決のため、共通のアジェンダに対して行うコミットメント」と定義されている※2

共創のキーは多様性の確保

オープンイノベーションや産官学連携の名のもと、共同して課題解決に当たることの重要性が以前から指摘されている。しかし、出会いを促進するマッチングプラットフォームを準備するだけでは共創成果が出にくいのも現実である。参加者の数だけではなく、参加者の多様性の確保が、価値を創出するには重要と考える。かつての政府研究開発プロジェクト(国プロ)のような「この指とまれ」方式では不十分だろう。

この場合の多様性には、目的や価値観が異なるさまざまな属性の者が集まることで取り組み全体として確保される多様性と、幅広い能力や経験をもつ個人の多様性の双方が含まれる(図)。
[図] コレクティブインパクトに必要な参加者の多様性イメージ(属性×個人)
[図] コレクティブインパクトに必要な参加者の多様性イメージ(属性×個人)
出所:三菱総合研究所

コレクティブインパクトによる社会実装の例

多様性に富んだステークホルダーを巻き込むことでコレクティブインパクトを目指す一例としてカーボンニュートラルの実現を見てみよう。例えば、燃焼時にCO2を排出しない水素は脱炭素社会の構築に不可欠な存在であり、エネルギー自給率の向上に加え、電力システムの安定化に貢献しうる点でも社会的価値が高い。しかし、コストの観点から需給マーケットの原理だけでは普及しないため、社会全体で取り組むべき目標である。

水素の製造・輸送・供給などに係る企業や国、地方自治体などがそれぞれの立場でカーボンニュートラル達成に向かって行動する、まさにコレクティブインパクトによる社会実装が期待されている。ハードルは高いが、かつて液化天然ガス(LNG)のサプライチェーン構築のため異業種が連携した例もあり、水素でも不可能ではないはずだ。

さらなるインパクト達成には、水素を積極的に利用する最終需要家である一般消費者の多様な視点がヒントになる。一般消費者が水素の果たす役割・価値を共有し、脱炭素型の製品・サービスを選択するための行動変容まで視野に入れて考えたい。

スタートアップでも多様性人材ビジネスが

個人の幅広い能力・経験を活用するベンチャー企業「Public dots & Company」も好例である。

同社では官民連携プロジェクトの成功には伴走する「パブリック人材」が不可欠と捉えている。そこで、民間企業の経験者に加え、地方議員、首長、公務員などの公職経験者によるネットワークを形成し、パブリック人材の育成を進めている。将来的には公務員の兼業・副業が本格的に解禁されるという見通しのもと、現職公務員をこのネットワークに加えることも検討中だ。

このネットワーク活用により、同社は地域の高度医療サービス提供を目指した「移動式脳ドック提供」の実証実験を支援した※3。脳疾患は早期発見による予防が重要だが、そのための脳ドック受診に必要な磁気共鳴画像装置(MRI)にアクセスしにくい地域ではこうした予防医療の提供が難しい。このため、三重県員弁郡東員町を実証フィールドとして地域ニーズの把握や公共政策視点でのアドバイスを、このネットワークの人材がサポートした。

多様な人材が集まれば、コミュニケーションに必要な労力や、衝突が起こる危険性は増加する。しかしそこから生まれる新たな課題解決のアイデアや技術は、こうしたコストを上回る、より大きなインパクトの源泉として期待できる※4

コレクティブインパクトの神髄は、属性に加えて人材レベルでも広範な経験やスキルが充足される、真の多様性の確保にあるのではないか。

※1:ベンチャー企業DEKAが開発した電動立ち乗り二輪車「セグウェイ・パーソナル・トランスポーター」。

※2:DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2019年2月号・井上英之「コレクティブ・インパクト実践論」。

※3:出光興産とスマートスキャンが実証。

※4:当社は2021年4月、「未来共創イニシアティブ(ICF)」という会員組織を設置した。500を超える会員の属性は大企業、中堅企業、スタートアップ、自治体、国の研究機関など多様である。