マンスリーレビュー

2023年1月号特集2経済・社会・技術海外戦略・事業

米国が利下げに転じる2つのシナリオ

2023.1.1

政策・経済センター田中 嵩大

経済・社会・技術

POINT

  • 2022年は高インフレと景気減速の並走が現実に。
  • 2023年の利下げ転換の契機は「深刻な景気後退」か「インフレ抑制」。
  • 労働需給と期待インフレの見極めがインフレ抑制の鍵に。

高インフレが続いた2022年の米国経済

米国では、2022年初めに当社が懸念した通り、景気減速と高インフレが並走するシナリオが現実となった※1。米国の中央銀行であるFRB(連邦準備制度理事会)の利上げ開始が遅れたことに加え、ロシアによるウクライナ侵攻も重なったことで、2022年を通じてインフレが高進したのである。

これを受けてFRBは、政策金利であるFF(フェデラルファンド)レートを2022年12月までに合計4.25%pt引き上げ、急激な金融引き締めにより需要を冷ますことで、インフレの抑制を図った。しかし同年10月時点のPCEコア価格指数(FRBが重視する物価指数)は前年比5.0%上昇とFRBのインフレ目標である2%には程遠い。2023年春ごろにかけてさらに利上げを継続し、5%を超える水準まで政策金利を引き上げると予測する。

2023年の利下げシナリオは2つ

注目すべきは米国経済の減速が予想される中、FRBがいつどのような状況で利下げに転じるかという点だ。シナリオには大きく2つある。

第1のシナリオ:深刻な景気後退による利下げ

第1は米国経済が今後深刻な景気後退に陥る可能性が高まった場合、失業率の急上昇を防ぐために大幅な利下げに転じるシナリオである。「物価安定と雇用最大化」を政策目標に掲げるFRBとしては、失業率の大幅な上昇を看過できない。第1のシナリオに陥る可能性が高まるとすれば、既往の利上げによる需要の抑制効果に加え、金融市場の不安定化やねじれ議会による予算執行の停滞が重なった場合などだ。その場合は景気下支えのために大幅に利下げをすることも視野に入る。

第2のシナリオ:インフレ抑制による利下げ

第2のシナリオとして、失業率の大幅な悪化は回避しつつもインフレ抑制のめどが立ち、緩やかなペースでの利下げに転じる可能性がある。5%超という政策金利は景気に対して引き締め効果をもつ金利水準であり、「インフレ抑制のめど」が立てば雇用の最大化に向けて利下げに転じるだろう。

インフレ抑制の鍵は賃金とインフレ期待

軟着陸を目指す第2のシナリオが主軸になると当社は見ているが、実現は容易ではない。

FRBが意図する「インフレ抑制のめど」で重要なのは、「①労働市場の逼迫が軟化して賃金上昇率が緩和すること」「②家計が予想する将来のインフレ率(期待インフレ率)が安定すること」——の2点だ。賃金と期待インフレ率の上昇は、物価がスパイラル的に上昇する一因であり、この2点をしっかりとコントロールすることがインフレ抑制に極めて重要である。

①について米国では2021年以降、人手不足が深刻化し高い賃金上昇が続いている。足元では一部に雇用削減や新規採用停止の動きが見られるものの、全体としては労働需給の逼迫が根強い。

背景には労働参加率の低下や雇用のミスマッチ拡大といった構造要因があることから、人手不足の解消には時間を要し、景気減速下でも賃金上昇率の緩和が段階的にとどまる可能性がある。

加えて②の期待インフレ率も安定している状況とは言い難い。家計の期待インフレ率(3年先)は中央値では低下傾向にあるものの、その分布は拡大しており、上位25%層では6%となっている。前述の要因から賃金の高い伸びが続けば、期待インフレ率も高止まりしかねない。

石油危機による物価高騰に見舞われた1970年代には、景気悪化を懸念して利上げと利下げを短期間に繰り返した結果、家計の期待インフレ率が高止まりし、その後の高インフレを招いた。こうした状況下で1979年にFRB議長に就任したボルカー氏はインフレ期待を安定させ、インフレを抑え込むべく、景気を犠牲にしてでも強力な金融引き締めを継続した(図)。
[図] 1970〜80年代米国の消費者物価、需給ギャップ、金融政策スタンス
[図] 1970〜80年代米国の消費者物価、需給ギャップ、金融政策スタンス
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出所:アトランタ連邦準備銀行、CEICのデータをもとに三菱総合研究所作成
くしくも足元のインフレは40年ぶりの水準だ。早すぎる利下げは将来の高インフレの芽となりうる。FRBとしては金融引き締めによる景気押し下げリスクよりも、物価が制御不能になるリスクを警戒しており、早期の方針転換は考えにくい。石油危機時の教訓も踏まえ、物価抑制能力への信認が得られ期待インフレ率が安定するまでの間、FRBは利下げを先送りし景気に対して引き締め効果をもつ金利水準を継続するだろう。利下げに転じるのは、労働需給が緩和し期待インフレ率が安定したことを見極められる段階であり、その時期は2023年10~12月期以降になると予想する。

※1:MRIマンスリーレビュー2022年1月号「物価をめぐる3つのシナリオ」。
2022年以降のシナリオとして、「高インフレと成長鈍化の並走」「低成長・低インフレへの逆行」「成長を伴うインフレ」の3つを提示した。