マンスリーレビュー

2023年6月号特集3エネルギーサステナビリティ

脱炭素を契機に日本とASEANの連携強化を

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2023.6.1

政策・経済センター石田 裕之

エネルギー

POINT

  • 日本の国際連携、特にASEANとの連携の重要性が増す。
  • 脱炭素起点で経済成長・経済安全保障にも資する補完関係を。
  • 対等なパートナーとして共に発展する道筋を描くことが重要。

複合的視点からASEAN連携の重要性が高まる

円滑な脱炭素移行に向けて日本の国際連携、特に東南アジア諸国連合(ASEAN)と連携する重要性が増している。第1の理由は、世界全体で二酸化炭素(CO2)排出削減が求められる中、アジアでも特に大きな成長が今後予想されるASEANの脱炭素移行が、1.5℃目標※1の達成に重要な意味を持つ点である。

第2に経済である。日本が人口減少下でグリーン成長※2を実現するには、グローバル市場とのつながりが欠かせない。日本の経常収支黒字の主因は近年、貿易収支から第一次所得収支※3へと変化している。特にASEANへの直接投資は加速しており、足元の投資残高は対中国の約2倍となっている。ASEANの側にとっても、直接投資の呼び込みは今後の成長に不可欠な要素だろう。

第3に経済安全保障の視点である。脱炭素に伴う資源産出地や製造サプライチェーンの構造変化が避けられない中、特集1で触れたように欧州のグリーンディール産業計画や米国のインフレ抑制法には経済安全保障への意識も強くにじむ。米中対立激化やコロナ禍での供給制約などからサプライチェーン複線化の動きも強まっている。ASEANは米国・中国など大国への貿易依存度を近年高めており、サプライチェーン強靱化は日本とASEAN共通の課題となっている。

「なりゆき脱炭素」では日本・ASEANに懸念も

脱炭素に向かうことで日本やASEANに何が起きるのだろうか。ここではGTAP(Global Trade Analysis Project)モデルを用いて、脱炭素が国際貿易に与える影響を分析した※4

脱炭素に必要なエネルギーシステムの構造変化が起こらずに、CO2排出に高額な価格付け※5が行われるとの想定に立った「なりゆき脱炭素」シナリオでは、日本・ASEANとも貿易収支に打撃を受ける(図の左側)。日本では特に化学や自動車といった産業、ASEANでは石炭を中心とした化石資源産業で、負の影響が大きい。このようにエネルギーコストの変化は世界の貿易構造にダイナミックな影響を及ぼす。

脱炭素の影響は産業競争力の面にとどまらない。輸入相手が変わることも意味する(図の右側)。日本は化石燃料の輸入が減少して中東依存度が低下する一方、中国からの化学や電子機器などの輸入が増加する。ASEANでは域内取引が増加してインドや中国からの輸入は減少傾向となった。ただし、中国からの輸入減は石油製品が中心であり、鉄鋼や化学分野では輸入が増加している点に注意が必要である。
[図] 「なりゆき脱炭素」での貿易収支変化と輸入構造変化
[図] 「なりゆき脱炭素」での貿易収支変化と輸入構造変化
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出所:三菱総合研究所

脱炭素の先を見据えた対等なパートナーへ

エネルギーは産業活動の血脈とも表現される。そのコスト水準は産業競争力を左右し、経済安全保障にも波及する。もともと化石資源に乏しく、人口に対する国土面積も限られる日本においては、国内に閉じずに広い視点でエネルギーコスト最適を目指すことが重要である。

ASEANは日本と共通の課題に直面する可能性も高い。アンモニアなど脱炭素燃料の技術開発や第三国からの調達力強化、次世代太陽光発電の普及拡大、原子力技術など、ASEANの脱炭素を後押しできる分野は多いだろう。早期の脱炭素化は、中長期的な通商リスクの低減にもつながる。

今後はこうしたエネルギーコスト最適化の視点を含めたASEANへの直接投資の重要性も増すだろう。日本はこれまでの貿易立国から投資立国に転換して、その立ち位置を強固にしていく必要がある。電力や鉄鋼、自動車などの分野で日本が培ってきた技術力を生かしつつ、高い投資効率や生産性向上を実現して、日本とASEAN双方の成長につなげたい。

また、特集1で触れた資源循環についても、日本国内に閉じない海外との連携が有効である。資源調達では特定国への依存が避けられないとしても、一度輸入した資源を循環させれば経済安全保障への道も開ける。

地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の発効による中国とASEAN間の関税引き下げや撤廃を通じて、ASEAN内での素材・資源の流通量が増加することも考えられる。こうした中で、日本とASEANが一体となった資源循環はいっそう重要性を増すだろう。サプライチェーン再構築には時間を要するが、このような経済安全保障への波及効果も見据えた上での戦略策定が求められる。

脱炭素を契機としたASEANとの連携を、経済成長や経済安全保障まで含めた複合的な視点で捉える必要がある。重要な点は相互にメリットのある補完関係を、対等なパートナーとして構築していくことだ。ASEANの多様性や個別性を高い解像度で理解した上で共に発展する道筋を描きたい。

※1:2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定では、産業革命以前と比較した世界の平均気温上昇を2℃未満、できる限り1.5℃に抑えることを目標としている。

※2:政府は脱炭素の加速による経済成長の実現を目指している。

※3:対外直接投資収益を含む。

※4:世界の貿易関係を分析することが可能な応用一般均衡モデル。今回はエネルギー部門を詳細にモデル化したGTAP-Eモデルを使用した。

※5:国際エネルギー機関(IEA)のネットゼロシナリオ水準の高額なカーボンプライシング導入(国の経済発展段階に応じて水準は異なる)を想定した。

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