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2023年6月号特集1エネルギー・サステナビリティ・食農

カーボンニュートラルへの円滑な移行に向けて

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2023.6.1

政策・経済センター志田 龍亮

POINT

  • 経済安全保障や成長を損なわない現実的な脱炭素化が必要。
  • セクターごとの特性を踏まえた段階的な移行プランを。
  • 円滑な移行実現の鍵は資金移動、資源循環、国際連携。

脱炭素化への道筋は不透明なまま

2023年4月15、16日に札幌でG7気候・エネルギー・環境大臣会合が開催された。共同声明には、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新の見解を踏まえ「世界の温室効果ガス排出量を2035年までに2019年比で60%削減することの緊急性が高まっている」との記述がある。

IPCCが2023年3月に約8年半ぶりに発表した統合報告書(第6次)によると、人間の活動により産業革命以前と比べ1.1℃の温暖化が進み、多くの損失と損害が顕在化している。「平均気温上昇を1.5℃に抑える」※1ために残された時間は、決して多くはないのである。

しかしながら、脱炭素社会への移行は順調とは言いがたい。2020年にコロナ禍による経済停滞で減少した世界全体の二酸化炭素(CO2)排出量は2021年に再び増加して過去最大となった。2022年にはロシアのウクライナ侵攻が決定打となりエネルギー市場は大きく混乱し、世界各国の政治・経済全体に影響を与えた。気候変動対策に残された時間が短くなる中で、カーボンニュートラルへの道筋はますます不透明な状況にある。

エネルギー・経済安全保障の強化が進む

ウクライナ侵攻や米中対立激化などによって国際社会の分断が進む中、第三極としてのグローバルサウス※2の存在感が増している。世界のパワーバランスは旧来の東西陣営よりも複雑化しており、脱炭素化にとって重要な国際協調・ルール形成はますます難しくなってきている。

国際社会の分断を受け、各国でエネルギー・経済安全保障の確保に向けた動きが活発化している。欧州委員会はウクライナ侵攻を受け2022年3月に、ロシア産化石燃料からの脱却を目指す計画「REPowerEU」を発表した。さらに2023年2月に「グリーンディール産業計画」を発表している。同計画には、太陽光や風力など欧州連合(EU)域内の脱炭素産業の競争力強化を狙った「ネットゼロ産業法案」と、環境やデジタルなどの分野で重要な原材料の安定供給を狙いとした「重要原材料法案」が含まれている。

米国でもエネルギー・経済安全保障が大きな課題だ。2022年8月にインフレ抑制法(IRA)が成立し、過去最大3,690億ドルの予算がエネルギー安全保障と気候変動分野に振り分けられることとなった。同法における電気自動車の税額控除適用には、北米地域での車体組み立てや電池部品製造などについて厳しい数値要件が課されている。

経済合理性によって構築されてきたグローバルサプライチェーンは現在、そのリスクが顕在化したことにより見直しを迫られている。しかしながら再構築は決して容易ではなく、各国間の利害を調整し企業活動との折り合いをつけるなど、解決すべき問題が多いのが現実だ。エネルギー・経済安全保障という制約の中でどのようにカーボンニュートラルを達成するのか、それは本当に可能なのか、各国で大きな課題となっている。

脱炭素化に向けて現実的な移行を考える

日本においてもエネルギー・経済安全保障の重要性が高まり、課題山積の状況が続く中、理想論・楽観論だけでは脱炭素化への道筋はおぼつかない。現実と将来の両方を見据えてカーボンニュートラルへの移行を図っていくことが重要となる。

それでは日本に求められる移行のシナリオはどのようなものだろうか。当社はすでに、2050年に向かう4つのシナリオ※3を示した。具体的には、円滑な移行のために、需要側が脱炭素化に向かう選択をする「行動変容」と、脱炭素関連技術が商用レベルまで向上して社会実装へと進む「技術革新」が両輪となるべきだとしている。

図1は当社の長期エネルギー需給モデルに基づき、①現状延長、②行動変容のみが実現、③技術革新のみが実現、④行動変容と技術革新が両輪で実現、の4つのケースにおける温室効果ガス排出量見通しを試算したものである。
[図1] 各シナリオの温室効果ガス(GHG)排出量推移
[図1] 各シナリオの温室効果ガス(GHG)排出量推移
出所:三菱総合研究所試算。CCS(CO2回収・貯留)や森林吸収などのネガティブエミッションを考慮した値
2030年までは行動変容が、2050年に向けては技術革新とその社会実装が重要な役割を果たす見込みだ。最終エネルギー消費で見た場合は大別して民生部門、運輸部門、産業部門の順で徐々に構造変化が進む。

特に民生部門では電化や電源の脱炭素化の寄与度が大きく、運輸部門や産業部門ではそれらと併せて非電力部門での対策によるCO2削減の貢献度が大きくなる。セクターごとの特性を踏まえた段階的な移行プランの設定が必要だ。

なお、気温上昇と相関するのは単年の排出量ではなく累積での排出量であり、2050年単年でカーボンニュートラルが達成されていればよいわけではない。早期対策による累積排出量削減のためにも行動変容を推し進め、その後の技術革新につなげていく流れが重要になる。

実現の鍵は資金移動、資源循環、国際連携

カーボンニュートラルへの円滑な移行のためには、前述のような「行動変容と技術革新をいかに結び付けていくか」「変化する産業構造の中、脱炭素社会での経済成長をどう実現していくか」、そして「各国のパワーバランスが変化する中でエネルギー・経済安全保障をどう確保していくか」、といった論点の方向性を示すことが必要になる。

答えを出すのは容易ではないが、当社としては鍵となるアプローチに、(1)資金移動、(2)資源循環、そして(3)国際連携の3点を挙げたい(図2)。
[図2] 円滑な移行にあたっての論点と鍵となるアプローチの関係
[図2] 円滑な移行にあたっての論点と鍵となるアプローチの関係
出所:三菱総合研究所

(1)資金移動

円滑な脱炭素社会への移行にあたっては、必要な領域に資金移動を促し、日本の産業構造や経済を脱炭素型にシフトさせることが不可欠だ。CO2排出に価格付けを行うカーボンプライシングには、「炭素価格の顕在化を通して需要側の行動変容を促す効果」と「歳入により脱炭素技術の研究開発や社会実装に関わる必要投資を支える効果」の両方が期待される。早期対策である行動変容と中長期に必要となる技術革新の架け橋にもなりうる。

前者については、価格設定が行動変容を促すのに十分かどうかが論点になる。当社が2023年3月に実施した企業・消費者向けアンケート調査※4によると、CO2排出に課される「炭素に対する賦課金」が現在想定されるトン当たり2,000円程度のままでは、行動変容を起こす消費者・企業の割合は15〜40%程度にとどまる。国際水準とも照らし合わせ、行動変容を促すための適切な炭素価格設定が必要だ。

後者について当社は、脱炭素化に必要な投資が2030年以降に拡大すると予想している。脱炭素投資を支えるには、政府の主体的な関与と同時に、民間の投資予見性を上げるための中長期的での方向性の明確化が必要だろう。

2050年のカーボンニュートラル達成に向けて資金移動面から必要になると思われる要素については、特集2「『日本型カーボンプライシング』の制度像を考える」で詳述する。

(2)資源循環

脱炭素化が進むにつれ、資源循環の必要性と重要性が増してくる。当社が以前※5も指摘したように、特に国内資源に乏しい日本にとって、資源循環は重要なアプローチとなる。

脱炭素化に関連した資源・製品が戦略物資となりつつある中で、金属資源は注目度が高い。日米欧共通で指定されている重要金属資源には、再生可能エネルギー、蓄電池、水素製造といった脱炭素化に不可欠なものも含まれているが、これらは生産国が偏り、市場が寡占的な状況にある。資源循環により将来的な必要輸入量を減らし、経済安全保障上のリスクを低減させていくことが必要だ。

加えて資源循環は、削減困難とされる素材分野でのCO2削減にも有効になる。例えば、図1でも示した長期エネルギー需給モデルを用いた分析では、化学産業でのプラスチックの積極的な循環利用によって、追加的に20%程度のCO2削減が期待できるとの結果が出ている。

個々の削減効果について適切な定量化を図り、資源循環を脱炭素化の移行プランに組み込んでいくことが重要になる。

(3)国際連携

最後に、世界全体の脱炭素や今後の日本の経済成長に加え、経済安全保障の観点からも国際連携の重要性について触れたい。

特に脱炭素化の文脈では、世界全体の排出の大きな部分を占めるアジアの中でも成長著しい東南アジア諸国連合(ASEAN)との連携が近年大きなテーマとなっている。ASEANは人口規模ではEUや米国を上回り、今後も堅調な経済成長が見込まれている。

日本のASEANに対する直接投資残高は中国によるASEAN投資残高の2倍近くになっており、経済的な結びつきはますます深まっている。

ASEANにとっても、米国や中国といった大国への貿易依存度が上昇する中、貿易相手国の適度な分散によって通商リスクを低減させ、将来的な脱炭素化要請に備えるためにも日本との連携を強化する意義は高まっている。

人口減少で日本市場の成長が鈍化する中、脱炭素化による成長の道筋は海外展開と切り離せない。経済成長・経済安全保障の観点からも、ASEANとの補完関係構築はますます重要になろう。特集3「脱炭素を契機に日本とASEANの連携強化を」にてその中身を詳述したい。


カーボンニュートラルという言葉が日本の政策に現れてからまもなく3年がたとうとしている。その間、国際情勢も大きく変わり、日本を取り巻く状況は一層厳しさを増している。

カーボンニュートラルは議論からアクションの段階に移っている。望ましい移行に向けた歩みを進めることが必要だ。

※1:2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定では、産業革命以前と比較した世界の平均気温上昇を2℃未満、できる限り1.5℃に抑えることを目標としている。

※2:本稿では、G77(1964年の第1回国際連合貿易開発会議総会時にアジア、アフリカ、中南米の77カ国・地域で形成されたグループ、現在は134カ国・地域に拡大)をグローバルサウスと記載している。

※3:MRIマンスリーレビュー2022年8月号「脱炭素社会をめぐる4つの将来像」

※4:消費者2,000人と企業2,000社を対象に実施。

※5:MRIマンスリーレビュー2023年2月号「カーボンニュートラル資源立国実現に向けて」

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