マンスリーレビュー

2022年8月号特集1エネルギー・サステナビリティ・食農

脱炭素社会をめぐる4つの将来像

2022.8.1

POINT

  • エネルギー市場の混乱は続くも、脱炭素化の流れは強固に。
  • カーボンニュートラルはエネルギーだけでなく社会・経済全体に影響。
  • 「行動変容」と「技術革新」の両方が、円滑な移行に不可欠。

ウクライナ侵攻でも脱炭素化の流れは不変

現在、世界のエネルギー市場は過去に類を見ないほど混乱している。

2021年半ばの時点で、コロナ禍からの経済回復や、脱炭素潮流に伴う資源開発などの上流投資の停滞などを背景に、化石燃料の価格は記録的に高騰していた。これに、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻が拍車をかけた。WTI原油価格は2022年3月に2008年以来の高値となるバレルあたり130ドル台を記録し、天然ガス・石炭は過去最高値を更新し続けている。

エネルギー価格の高騰は物価全般に影響を与えており、2021年3月以降、消費者物価上昇率に占めるエネルギー価格の寄与は日米欧平均で約4割を占めるまでになっている。

ウクライナ侵攻は「エネルギー安全保障」という昔からの命題の重要性を改めて認識させることになった。例えばドイツはロシアへのエネルギー依存を下げるため液化天然ガス(LNG)も含めた調達の多角化、天然ガス・石炭の国家備蓄などの検討を進めている。英国では国産エネルギーとしての北海油田の位置づけが再認識されている。

しかしながら、安全保障意識の高まりは、化石燃料への単純な回帰を意味しているわけではない。欧州委員会が2022年3月に発表した、ロシア産化石燃料依存からの脱却計画「REPowerEU」は、再生可能エネルギー(再エネ)への転換などが、欧州域内のエネルギー自給率を高めると位置づけている。

ウクライナ侵攻により脱炭素化の流れは、中長期的に、より強固となったと見るべきだろう。各国は脱炭素化と安全保障の両立を目指して、エネルギー戦略を練り直している。

2050年に向かう4つの道筋

世界全体の脱炭素化の潮流がますます強くなり、エネルギー市場の混迷も続く中、日本のエネルギー政策にはどのようなかじ取りが必要になるだろうか。当社は、日本政府がカーボンニュートラル(CN)達成目標としている2050年に至る道筋について、「需要側の行動変容」と「供給側の技術革新」を軸に4つのシナリオを想定した(図1)。
[図1] 4つのシナリオによる将来像
[図1] 4つのシナリオによる将来像
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出所:三菱総合研究所
ここでの「需要側の行動変容」とは、エネルギーを利用する企業・消費者(需要家)が、価値観の変化やインセンティブなどを契機として脱炭素に向かう選択をすることを指している。その中には、節電や省エネルギー(省エネ)といった合理化だけでなく、調達するエネルギーの種類の変更や、利用機器を切り替えるケースなども含んでいる。

シナリオ1では、行動変容・技術革新のブレイクスルーが起こらないまま縮小均衡に陥り、日本政府が目標として掲げている2050年までのCNは達成されない。

シナリオ2と3では、行動変容と技術革新がそれぞれ片方ずつ実現することになる。シナリオ2では省エネ・省資源・脱消費によってCNを目指すが、大規模な技術革新は起こらない。

シナリオ3では、供給側のイノベーションが実現するが、これまでの価値観・行動様式を維持しながらCNを目指す。

そしてシナリオ4では、行動変容および技術革新の両輪によって、CNが実現する。

CNは社会・経済の全体に影響

これら4つのシナリオによって生み出される、それぞれの未来の共通点と違いは何だろうか。当社が構築したエネルギー需給モデル(TIMES)※1と経済モデル(未来産業連関表)を用いて、①需給構造、②経済安全保障、③産業・雇用・家計の3点から、その具体像を定量的に示した。

①需給構造への影響

CNに向け2050年のエネルギー需給構造は現状から大きく変わることになるが、CN達成を目指すシナリオ2~4では共通点が確認される。

まず、一次エネルギー供給に占める脱炭素エネルギーの比率はシナリオ2~4において7~8割となっている。需要側の省エネや電化が大幅に進展する点も共通しており、各シナリオとも最終エネルギー消費量が現状から半減する一方、電化率は倍増する見通しとなっている。

発電構成では相応の電力系統増強や蓄電池増加などを見込んだとしても、約3割の火力系電源が残る結果になった。調整力として水素やアンモニア発電など火力系電源を脱炭素化することも、CN達成に向けた必須要素となる。

すなわち、最大限の再エネ導入、需要側の省エネ・電化、そして火力発電の脱炭素化といった要素はCNを目指すシナリオがどれであるかに関わらず、必須となる。

②経済安全保障への影響

化石資源に乏しい日本では、再エネや原子力といった脱炭素エネルギーの増加はエネルギー自給率改善に寄与する。他方、太陽光や風力などの再エネ設備に必要となる部材は海外依存の比率が高いため、国内調達を考慮した技術自給率の観点も重要である。エネルギー自給率と同時に、資源や部材の国内調達比率向上が求められる。

加えて、送電線や再エネ、蓄電池に必要とされる資源は世界的に見て偏在しており、化石燃料に比べると寡占的かつ権威主義国に偏る資源も確認される。エネルギー供給と部材・資源供給では途絶リスクが発生する時期にずれがある。脱炭素社会の構築に向けては、このように、従来とは異なる視点での経済安全保障の考え方が重要になる。

ウクライナ侵攻により一部の金属資源価格は高騰している。CN社会への移行に伴う資源制約の顕在化は、サーキュラーエコノミー(循環型経済)の重要性を増すことにもつながるだろう※2

③産業・雇用・家計への影響

CNへの移行は産業全体に対しても大きな影響を与える。図2は未来産業連関表を用いたシナリオ4(行動変容と技術革新の両輪達成)とシナリオ1(現状延長)の付加価値額の変化を、産業分類別に示したものである。
[図2] シナリオ1がシナリオ4になった場合の付加価値額の変化
[図2] シナリオ1がシナリオ4になった場合の付加価値額の変化
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出所:早稲田大学・スマート社会技術融合研究機構・次世代科学技術経済分析研究、2015年次世代エネルギーシステム分析用産業連関表をベースとして三菱総合研究所試算。
脱炭素化は経済全体で見た場合、日本国内にプラスの波及効果をもたらすと期待される。しかし、その波及は一律ではなく、拡大する産業と縮小せざるをえない産業が存在する。

拡大する産業としては電力関連※3が挙げられる。火力発電のマイナス効果を再エネや水素発電産業のプラス効果が上回り、特に既存電力の送配電設備・施設建設、太陽光・風力などの施設建設や部品関連産業において大きな波及効果が見込まれる。

縮小せざるをえない産業としては自動車関連が挙げられる。車両電動化に伴うプラスの波及効果はあるものの、部品点数の減少などに伴い、既存の自動車製造や自動車部品、自動車用内燃機関で発生するマイナスを埋め合わせるには至らず、結果として付加価値は大きく減少する。また、産業別だけでなく、同一の産業内でも、事業別で成長や縮小が現れる。

こうした産業構造の変化は雇用にも影響を与える。脱炭素化による構造変化が進むにつれ、成長領域の労働需要増と、従来型事業の労働需要減が同時に発生する※4。そこで求められるのは成長領域でのスキル獲得を目指したリカレント教育である。成長領域への円滑な人材移動がCN実現にとっても不可欠になる。

家計への影響も見逃せない。当社試算では、脱炭素化に伴い化石燃料の輸入減少や再エネの低コスト化を織り込んでも、新規設備投資に起因する資本費が大幅に増加することから、全シナリオで電気料金は現在よりも上昇する蓋然(がいぜん)性が高い。電気料金上昇やそれに起因する物価上昇がもたらす負の影響を最小化するため、分配の在り方をどう変えるかが、今後の重要な課題となる。

「行動変容」と「技術革新」が両輪

ここまでは主にCN達成を想定した際の共通点や、そこから派生する社会・経済影響に触れてきたが、シナリオ間で差異も存在する。

代表的なものとしては、温室効果ガスの排出削減があり、シナリオ4において行動変容と技術革新の相乗効果が確認される。大気中のCO2を回収・吸収し、貯留・固定化するネガティブエミッション※5前の温室効果ガス削減率はシナリオ4において最も高く、2013年度比90%減となる。

さらに温室効果ガスの平均削減費用はシナリオ4が最も低い。社会費用の減少は、企業や消費者への過度な負担を抑えることにつながり、円滑なCN社会への移行にとって非常に重要な要素である。行動変容と技術革新を組み合わせる重要性が示唆されている。

行動変容と技術革新はCN移行のための両輪であるが、行動変容は技術革新と違い早期に効果が期待できるため、当初から最優先で取り組むべきである。

日本政府は2030年に温室効果ガスを2013年比で46%削減する野心的な目標を掲げているが、その達成には行動変容の実現が不可欠となる。また、上述のような資源制約に伴うサーキュラーエコノミーへの移行や、雇用移動など幅広い分野においても、行動変容は鍵になる。

今号の特集2「脱炭素化に向けた行動変容の促進のために」では、CN達成に向けた行動変容のボトルネックと、解消に必要なものは何なのかについて分析している。特集3「再エネ価値の顕在化に向けて」では、行動変容を促す施策の具体例として、再エネ価値の顕在化を実現するプラットフォームの具体像を示している。

円滑なCN社会への移行のためには行動変容と技術革新の両方が欠かせない。中長期的な脱炭素化への道筋を見誤ることなく、構造変化を新たな機会に変えていくことが求められる。

※1:TIMES(The Integrated MARKAL-EFOM System)モデルは国際エネルギー機関(IEA)が開発し、多くの研究機関で採用されている。多数の制約式のもとで、対象期間におけるエネルギーシステムコストが最小となる組み合わせを、線形計画法による分析で導き出す。

※2:MRIマンスリーレビュー2021年11月号「カーボンニュートラルで加速するサーキュラーエコノミー」。

※3:電力関連産業には建設や設備製造なども含まれるため、標準産業分類における電気事業よりも広範となっている。

※4:MRIマンスリーレビュー2022年4月号「DX・GX実現に向けたキャリアシフト」。

※5:例:植林・再生林など。

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