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2024年1月号特集1経済・社会・技術

新年の内外経済展望|2024年

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2024.1.1

English version: 22 March 2024

政策・経済センター森重 彰浩

POINT

  • 2023年世界経済は底堅い成長維持も、先行きの不確実性は高まる。
  • 「インフレ」「供給途絶リスク」「債務」の抑制から2024年は成長減速へ。
  • 日本経済はデフレ脱却の重要局面。賃上げ・価格転嫁・生産性上昇が鍵。

先行きの不確実性が高まる世界経済

2023年の世界経済は物価高と金利高で大幅な成長減速が見込まれていたが、予想以上に底堅い成長となった。人手不足を背景とする賃金上昇や半導体の供給制約の緩和などの要因がプラスに働き、内需が持ちこたえた。世界主要82カ国のうち、3分の2が潜在成長率を上回る成長を達成できる見込みだ※1

ただし、足元の景気の底堅さとは裏腹に先行きの不確実性はむしろ高まっている。背景には、3つの構造要因がある。

1. 国際社会の多極化

G7は1980年代に70%近くあった世界GDPシェアが50%を割り込んだほか、内政の不安定化によって自国を第一とする政策運営の傾向も強まっており、国際社会をリードする力は低下している。代わって近年存在感を強めているのが、インドやASEAN、中東などグローバルサウスと呼ばれる国々である。G7、中国・ロシアと価値観を共有せず、独自の立ち位置を確保している。これら第三の勢力は2050年に世界GDPシェアがG7に肉薄するとみられる(図1)。G7、中国・ロシア、グローバルサウスと多極化する国際社会で、国際的な課題に対する共通解を見いだすことは一段と困難になっている。
[図1] 世界主要勢力のGDPシェア
[図1] 世界主要勢力のGDPシェア
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出所:1980年以降は国際通貨基金(IMF)、予測は三菱総合研究所

2. サプライチェーンの脆弱性の顕在化

グローバル化が進展した結果、機微技術や重要物資も含めて国家間の相互依存性が高まっている。前述のとおり国際社会が多極化する中で、政治体制や価値観の異なる国への経済的依存度は上昇している。裏を返せば、対立する相手国への輸出入を止めるなど、経済的な結びつきが一方の立場を有利にする手段として悪用されるおそれがある。実際、ロシアによる天然ガス輸出の停止によって欧州がエネルギー危機に直面したことは記憶に新しい。米国も中国の先端半導体製造に寄与する輸出・投資の規制を強めている。経済合理性に基づく既存のサプライチェーンの脆弱性が、地政学的対立の強まりによって顕在化している。

3. 債務依存度の高まり

国際決済銀行(BIS)によると、全世界の政府・民間を合わせた非金融部門の負債はGDPの約2.5倍に膨らんでいる。コロナ禍のもとで一段と拡大した政府債務に対して市場の懸念が高まっており、2022年には英国でトラスショック※2が発生したほか、2023年には12年ぶりに米国債が格下げ※3された。また、新興国も中国を中心に債務が経済成長を上回るペースで拡大している。さらに脱炭素・経済安全保障・軍事費など構造的な歳出拡大圧力も高まっている。債務返済負担の増加によって必要な投資が先送りされかねないほか、過剰債務が不良債権化すれば金融機関の損失拡大を通じて金融システムが不安定化する懸念もある。

「3つの抑制」により世界経済は成長減速へ

2024年の世界経済は、高い不確実性に対応するための「3つの抑制」により、成長は減速するとみられる。米国、中国、欧州いずれも潜在成長率を下回る成長にとどまる見込みだ。

第1の抑制は「インフレの抑制」である。インフレは国民の不満に直結しやすく、政治的にも優先度の高い課題だ。米国ではバイデン政権を支持しない理由としてインフレが挙がっている。世界的な高インフレの波は、2023年前半にようやくピークアウトしたが、依然として物価目標を数%上回る状況の国が多く残る。

背景には、期待インフレの上昇や人手不足による賃金上昇など、内生的な物価上昇圧力の強さがある。米欧の中央銀行は、根強いインフレの抑制に向け、2024年前半まで高い政策金利を維持するとみられ、これが内需を抑制する。

第2に「供給途絶リスクの抑制」がある。対立国からの経済的威圧や、物流網の混乱による損失リスクを抑制すべく、近隣国や友好国との間で供給網を構築する動きが強まっている。脱炭素化でもエネルギー安定供給との両立が不可欠だ。これらは、投資拡大を促し景気を押し上げる面はあるものの、サプライチェーンの再構築に伴うコスト増は企業収益の圧迫要因でもある。さらに最終的には物価上昇を通じて消費者に負担を強いる可能性がある。構造的インフレ圧力として景気の下振れ要因にもなりうるだろう。

そして第3の抑制が「債務の抑制」である。米欧では金利上昇による利払い費の増加が予想され、コロナ禍で一段と積み上がった債務の抑制が急務となっている。また、新興国の中でも特に深刻な問題を抱えるのは中国だ。民間非金融部門の債務残高が2023年に40兆ドルを突破、米国を上回り世界最大の債務国となった。一人あたりGDP(購買力平価ベース)が2万ドル程度という所得水準と比較しても過剰な債務を抱えており、日本のバブル崩壊局面と類似する。債務圧縮に向けた取り組みにより、今後の成長減速は不可避だ。詳細については特集2「『失われた30年』をなぞるのか、岐路に立つ中国経済」を参照されたい。


3つの抑制によって不確実性は徐々に緩和される一方で、先行きの不確実性を一段と高めかねない火種もいくつかある。例えば、イスラエルとハマスの紛争が中東地域を広く巻き込む事態に発展すれば、原油の価格高騰や供給制約につながる。第三次中東戦争時のようにスエズ運河が封鎖されれば世界の物流に大打撃となる。また、2024年は台湾、インドネシア、ロシア、インドで重要選挙が相次ぐほか、11月には米国大統領選が控えている。トランプ前大統領が当選すれば、自国第一主義のもと、外交面では多国間協調の後退、内政面では脱炭素政策の後退などが予想される。

日本経済は「デフレ完全脱却」に向け重要局面に

不確実性の高い世界経済のもとでも、日本は2023年と2024年の2年連続で潜在成長率を上回る成長を達成できる数少ない国となりそうだ※4。2023年以降、賃上げによる消費下支えや企業の設備投資積極化などの動きが強まっていることが背景にある。2024年後半には、政府がデフレ脱却の判断材料として例示した4指標が、33年ぶりに安定的にプラスに転じる見込みだ(図2)。
[図2] 政府がデフレ脱却の判断基準として例示した4指標
[図2] 政府がデフレ脱却の判断基準として例示した4指標
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出所:総務省、内閣府より三菱総合研究所作成
デフレ完全脱却に向け、物価高による景気腰折れを回避できるかがポイントである。国際情勢がこれ以上悪化しないことが前提だ。原油の供給制約などから交易条件※5が一段と悪化すれば、日本から富が流出し国内需要の抑制要因につながってしまう。これを回避した上で、景気腰折れ回避に向けては次の3つの方策を実現する必要がある。

第1の方策は「持続的かつ広範な賃上げ」だ。2023年の春闘賃上げ率は、30年ぶりの歴史的な水準となったが、面的な広がりでは課題がある。厚生労働省の調査によると、大企業の賃上げ率4.0%に対し、中小企業は2.9%にとどまる※6。大企業と中小企業、正規社員と非正規社員の賃金格差はむしろ拡大している。例えば、中小企業や非正規社員の賃金を10%底上げできれば、日本の平均的な一人あたり賃金は約2%上昇する。ただし、中小企業の労働分配率はすでに高い。物価高の中での持続的な賃上げには限界もあり、次に述べる価格転嫁とセットで進めることが重要だ。

第2は「価格転嫁の進展」である。日本の価格転嫁力を見ると、大企業では仕入れ価格の伸びを上回って販売価格の引き上げを実現している一方、中小企業では実現できていない※7。既存の取引関係の見直しを通じて中小企業の価格転嫁力を高め、賃上げ余力を拡大する必要がある。日本商工会議所が取り組むパートナーシップ構築宣言が一例だ。東京商工リサーチが実施したアンケート調査によれば、素原材料コストを価格転嫁できた割合が高い企業ほど賃上げ率も高くなっている※8

そして第3に、「生産性上昇への投資」である。コスト上昇分を価格転嫁するだけではなく、製品・サービスの付加価値を高めることで企業の収益性を上げていくことも不可欠である。世界の不確実性が高まる中で比較的安定している日本国内への投資を重視する動きが強まっており、これが追い風となる。さらに、2024年は最低賃金の引き上げや時間外労働の上限規制など、既往の「安い」労働力への制約が一段と強まる。雇用コストの増加に直面した企業は、デジタル化などの省力化投資を進めるとともに、省力化で得た余力を付加価値向上への投資や労働力の質を高める人的資本投資へ配分することが期待される。


世界経済の不確実性が高い中ではあるが、日本経済はこれら3つの取り組みを通じて物価高に伴う景気腰折れを回避し、内需主導の景気回復を持続すると見込む。GDPギャップは年後半にはプラスに浮上し、デフレ完全脱却を達成する可能性が高い。消費者物価は賃金上昇がサービス物価上昇に波及し、2024年にかけて2%をやや上回る伸びが継続するだろう。物価の安定的上昇に伴い、日本銀行は2024年春ごろにマイナス金利の解除およびイールドカーブ・コントロールの撤廃など金融政策の正常化に着手するだろう。

デフレ完全脱却の先に持続的成長の実現を

デフレ完全脱却は日本経済のゴールではない。持続的な経済成長の実現こそが真のゴールであり、そのためにデフレ脱却と物価安定という環境が必要との位置付けだ。

日本経済はバブル崩壊以降、物価は上がらず、金利は下がり続けることが常態化したが、それが今変わろうとしている。企業・政府・家計に求められるのは、「物価も金利も上がらない」世界で定着した「デフレ下での行動」からの転換だ。

デフレ下では、企業も家計も先行きの不透明感から投資や消費を抑制することが定着し、余剰資金は政府による低利の資金調達を可能とし、財政赤字が膨らんだ。今後は資金の流れを民間主導に戻していく必要がある。それには企業による生産性上昇への投資増加に加えて、労働市場改革を通じたリスキリングや成長分野への労働移動の円滑化などが求められる。詳細について特集3「『物価も金利も上がる日本』に必要な行動変化」に記した。

2024年の干支は「辰」。振動の「振」のつくりであり、草木が盛んに伸びる、整うという意味があるそうだ。「静」から「動」への転換期にある日本だが、持続的成長の起点の年とできるか注目だ。

※1:USドルのGDPシェアをもとに計算。

※2:当時の英トラス政権が発表した大規模減税策に対して市場は財政への悪影響を懸念し、英国債の金利が急騰。最終的には財務相および首相の辞任につながった。

※3:主要格付け機関の一つ「フィッチ・レーティングス」が米国債の格付けを最上級のAAAから一段階引き下げAA+とした。

※4:当社の内外経済見通し(2023年11月16日)「ポストコロナの世界・日本経済の展望|2023年11月」。

※5:貿易での稼ぎやすさを示す。輸入物価が上がり(下がり)輸出物価が下がる(上がる)と交易条件は悪化(改善)する。

※6:厚生労働省(2023年11月28日)「令和5年賃金引上げ等の実態に関する調査の概況」。

※7:MRIエコノミックレビュー(2023年4月20日)「中小企業で賃上げは定着するか?」の図表3を参照。

※8:東京商工リサーチ(2023年2月7日)「価格転嫁と賃上げに相関関係、転嫁進む企業ほど賃上げ率アップ『全額転嫁』企業の賃上げ率平均3.9%」。

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