コラム

技術で拓く情報通信

M2Mシステムの展望

新たな技術開発による用途拡大

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2014.9.16

経営コンサルティング本部 商品・サービス戦略グループ大山元

1. はじめに

米国では2013年より”Trillion Sensors Universe”という考え方がICT業界を中心に広まりつつある。「1兆個のセンサーを使う社会」が到来し、世界人口70億人で、1人当り平均150個のセンサーに囲まれると想定されている。

本レポートでは、M2M(Machine to Machine)と呼ばれる「機器間の通信」システムについて、センサー等の技術進化と用途拡大の動向を展望する。

2. M2Mの市場・技術開発のトレンド

従来のM2Mの代表的用途は、(1)大型機械・設備(例 建設機械、工場・プラント、エレベーター等の遠隔監視)、(2)販売・決済端末(例 POSレジ端末や自動販売機等からの売上・在庫データ等の収集・管理)、(3)交通関連システム(例 自動車分野におけるテレマティクスサービス)である。

これまでのM2Mは、センサーやカメラ等のデバイスを数多く設置・活用することで、大量の設備・機器の監視・管理を実現する方向へと成長してきた。そのためM2Mの技術開発は、小型化・省電力化・低コスト化など「性能・スペック向上」が重視されていた。

近年、従来型用途のM2M導入が一巡し、新たな用途開発が模索されている。これに伴い、技術開発は「性能・スペック向上」型から、デバイスに新たな機能を付加する「機能開発」型に移りつつある(図1)。
図1 M2Mにおける技術開発のトレンド
図1 M2Mにおける技術開発のトレンド
出所:三菱総合研究所
用途開発・技術開発の進展により、M2M市場の将来的な拡大が予測されている。

ROA Holdings社の予測によれば、国内M2M市場規模は2013年度に約2,000億円、2015年度に約3,300億円まで成長すると見込まれている(図2)。
図2 M2Mの国内市場規模
図2 M2Mの国内市場規模
出所:「ROA Holdingsの発表資料(2012年)」より三菱総合研究所作成
世界市場規模はInfonetics Research社が、2017年には310億ドル(約3兆円)に拡大すると予測している(図3)。
図3 M2Mの世界市場規模
図3 M2Mの世界市場規模
出所:「Infonetics Researchの発表資料(2013年)」より三菱総合研究所作成
以下では、最新の用途および関連技術の開発動向(図1の赤枠部分)に関する具体的事例を取り上げ、M2M市場の発展の方向性を分析する。

3. M2Mによる「見える化」を目指す技術開発

従来計測・感知できなかった、モノ・ヒトの状況・内部等をM2Mで「見える化」する技術開発が進展している。

3.1 モノの見える化

モノの「見える化」が進められている分野の一つは、インフラ等の構造物の点検・メンテナンス分野である(図4)。富士電機はMEMS(微小電気機械システム)技術を採用した新たな感振センサーを開発している。従来の振動感知装置では難しかった、水平2方向と垂直方向の計3軸で揺れを感知できることが同センサーの特長だ。ビル・建物、橋梁、トンネル等の構造物で発生する振動測定への用途拡大を想定している。例えば、センサーで収集した振動を診断サーバーに送り解析することにより、表面の損傷、構造内部の不具合など構造物の状態変化を検出。地震発生後には構造物がどの程度変形したかを診断できるとしている。

センサー部分を光ファイバーやガラス部品で構成することで電源無しで動作する光ファイバーセンサーや、カメラ等を搭載したロボットなどの開発も進んでおり、人が入りにくく監視が困難な場所への活用が期待されている。

図表2-1 各国政府によるEV・シェアリング・自動走行・MaaSに関わる取り組み

富士電機 MEMS(微小電気機械システム)技術を採用した新たな感振センサーを開発。水平2方向と垂直方向の計3軸で揺れを感知する同センサーを活用し、構造物で発生する振動測定への用途拡大を目指す。
NTTデータ 橋梁に光ファイバーセンサ等を取り付け、異常検出や経年劣化予測、保守計画の策定などに活用。 東京ゲートブリッジに設置したセンサー48個で、一秒あたり約2800程度のデータを測定。
NEC/日本下水道事業団 下水道管のひびや崩落を診断する自走式ロボットを開発。千葉県船橋市の下水道で実証実験を実施。
三井造船 水道管内部の状況を検査する水中ロボットを開発。これまで人が入れなかった水道管の腐食状況などを確認できるほか、断水せずに検査できる。

出所:各社公表資料等より三菱総合研究所作成

3.2 ヒトの見える化

半導体大手メーカーのロームは、身体の可視化に向け新たなセンサー開発に取り組んでいる。近赤外光には人体を数cmほど透過する特性があるが、同社はこれを活用したイメージセンサーを開発。従来のセンサーでは捉えきれなかった血管や血流の映像を、新センサーで鮮明に映像化する。生体認証システムの高精度化への用途拡大を想定している。また例えば体内のガン細胞などを体外から可視化できるため、医療分野での活用も期待される。

ヒトの心理・感情まで可視化するM2Mでは、特に脳波センサーが注目される。代表的企業は米国のNeuroSky(ニューロスカイ)社である。従来、医療用の脳波計測器の相場は数百万円したが、同社は脳波センサーの用途を、一般個人用のウェアラブル端末や玩具などの分野に広げることで、測定精度とのバランスを図りつつ、コストを1個数ドルにまで低減。脳波センサーの出荷実績は全世界で100万個以上にのぼるという。

日本のベンチャープロジェクトグループのneurowear(ニューロウエア)は、NeuroSkyの脳波センサーを活用したウェアラブル端末を開発している。各端末には、脳波センサーで測定・検出した各周波数からヒトの心理・感情の状態を判定するアルゴリズムが組み込まれている。昨年開発したヘッドセット型の端末は、装着したユーザーが興味・関心を強く持ったときに、自動的に目の前にある対象物などを動画撮影する機能を有する。

ヒトの心理・感情を測定できるウェアラブル端末は、将来的な用途拡大が期待される。例えば店頭での商品選択・購入時の心理・感情データを、消費者から直接的に収集・分析することも実現可能だ。これらのデータは、商品開発戦略や販売・マーケティング戦略の精緻化に寄与すると考えられる。

4. M2Mの「インテリジェント化」を目指す技術開発

カメラ、センサー等のデバイスを中心に、M2Mの「インテリジェント化(知能化)」も進展している。

4.1 デバイスのインテリジェント化

インテリジェント化の代表例は監視カメラ分野である。以前は監視カメラシステムを通じて送られてくる映像を監視員が目視していたが、負担が大きかった。2000年代後半からは人間に代わって、サーバーが監視カメラの映像を解析するM2Mが登場・普及した。サーバーの映像解析で不審者等を検知すると、自動的にアラートを発報するシステムである。その後、解像度の高い映像を撮影できるカメラが登場し、映像データのサイズが大きくなった結果、サーバーやネットワークの負荷が高まり、処理スピードが低下するといった新たな課題が生まれた。

近年は、カメラ等のデバイスの「インテリジェント化が進んでおり、高性能CPUを搭載したカメラが、撮影したデータをカメラ自身で解析・処理する、といった製品が登場している。

東芝ソリューションはCPUを搭載した超小型カメラを開発。同カメラで撮影することによって性別、年齢、表情などはカメラ側でデータ化し、個人が特定できる顔の映像は記録せず、数値化された数値データだけをサーバー側に送る機能を備えている。
カメラのインテリジェント化は、前述したサーバーやネットワークへの負荷の軽減に貢献するだけでなく、実は監視カメラシステムの新たな用途まで拡大させる可能性を有している。

一例はカメラ映像のマーケティング活用である。これまでも店内などに設置した監視カメラの映像データについて、来店者の人数・属性把握などマーケティング目的の利用が検討されてきた。しかし顔などの映像データを監視目的以外に利用することに関して、個人情報やプライバシーに抵触する問題も指摘されていた。

インテリジェント化したカメラでは、カメラからサーバーにデータを送信する時点で、顔などのデータが省かれ、個人が特定されない性別・年齢などのデータのみが送信されるため、マーケティング用途での活用が期待される。

4.2 ネットワークのインテリジェント化

デバイス側だけでなく、デバイスとクラウド(デバイスからデータが送られるサーバー等)の中間に位置する「ネットワーク」をインテリジェント化する動きも加速している。

シスコシステムズはクラウド・コンピューティングに代わる新たな概念として「フォグ(霧)・コンピューティング」を提唱している。ネットワーク上に、デバイスから送られてくるデータを処理する分散ノード(ネットワーク機器等)を配置することで、より高度・高速なM2Mを目指している。

国内では日立が同様のコンセプトで技術開発を進めている。リアルタイムに反応・対応しなければならない状況下では、クラウド側ではなく分散ノード側で「反射神経的」に対応させるシステムを開発中である。同社は、1,000個相当のセンサーからデータを送出し、それらデータの処理結果をセンサー側に戻す実験を実施。従来よりも通信遅延を1/10以下にまで低下させることに成功している。
ネットワークのインテリジェント化で期待されるのは、大きく二つの分野である。一つはデバイスが設置されている現場で迅速・リアルタイムな対応が求められる分野、もう一つはデバイス自体が大量に設置されるなど、収集データ量が膨大になりネットワークへの負担が大きい分野である。

シスコシステムズはフォグ・コンピューティングの活用分野としてスマート交通システムを想定している。交通事故が発生した現場で、緊急車両の点滅光を感知すると周囲の信号機が即座・自動で変わり、緊急車両が空いた車線を通行可能にする、といった活用イメージを提唱している。

交通分野以外にも、迅速性・リアルタイム性が求められる医療分野、スマートメーターなど、大量のデバイス設置が将来的に想定されるエネルギー・インフラ分野などにおいても、インテリジェント・ネットワークによるM2Mシステムの活用が期待される。

5. まとめ

日本政府もM2Mやセンサー等の活用に向けて取り組み始めている。今後のIT戦略の方向性をまとめた「世界最先端IT国家創造宣言」(平成25年6月に閣議決定。平成26年6月改定)では、「健康で安心して快適に生活できる、世界一安全で災害に強い社会」に向けて取り組むべき目標などを掲げている。特に本レポートでも取り上げた医療分野や構造物の点検・メンテナンス分野において、センサー、ロボット等の技術開発の実証・実用化を目指すとしている。

わが国は現在、高齢化に伴う医療・福祉費の増大、高度経済成長時に建設・整備した社会インフラの老朽化などさまざまな課題に直面しており、M2Mへの期待も大きい。

同時にM2Mをめぐるグローバル競争において、課題先進国である日本こそが技術開発・実用化で世界をリードしていくことが期待される。

6. 参考文献

・ROA Holdings、「日本国内M2Mマーケット市場展望2012」(2012年)
・Infonetics Research, “M2M Connections and Services by Vertical report”(2013年)
・高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)、「世界最先端IT国家創造宣言改定について」(平成26年6月24日)